どちらも譲れないなら、譲らなくてもいいよね!

悩める錬金術師の話①

 拝啓、親愛なるお父さんお母さん。お元気ですか、錬金術の研究は進んでいますか?


 アタシは今、なぜかオルディーネ王国の王様と謁見しています。

 しかも、一人で。


「リネットや、忙しいのに呼び出してすまぬ。本当はこのような堅苦しい謁見などではなく、庭園辺りでお茶会に招待しようと思ったのじゃが、この大臣がうるさくてのう」

「当たり前です! 未婚の女性、それもまだ成人もしていない少女を個人的な茶会に呼ぶなんて、しょうもない噂しか立ちませんからな!」


 ギャンギャンと吠える大臣と、耳を塞ぐ王様。話には聞いていたが、本当にこんな和やかな雰囲気なのね。

 いやー、突然お城から「陛下が呼んでるので同行してください」って文官の人が来た時は流石にビビったわ。呼び出される心当たりが多すぎるもの。もちろん、いい意味でね。

 シズナも一緒にって言われてたけど、お腹が痛いって喚いて引きこもってしまったので結局一人で来た。用事があるのはアタシみたいだし。

 でも……正直、ちょっと心細い。王様たちはもちろん、文官の人も初めて会う人だし。控えてる騎士は見覚えはあるものの、お話したことない人ばかりだし。


「では、早速本題に入ろう。こうして呼び出したのは、お主に褒美を与えるためと、仕事を依頼するため、それから頼みごとをするためじゃ」

「い、いっぱいあるわね……じゃなくて、ありますね」


 危ない危ない。流石に王様相手にタメ口はマズいわよね。大臣さんにも睨まれたし。


「うむ。しかし先に礼を言わせて欲しい。大悪魔アスファが襲来した時に、ヴァリシュを助けて剣を授けてくれたそうではないか。すっかり遅くなってしもうたが、お主のおかげでヴァリシュが死ぬことなく、この国を守ることが出来た。ありがとう」

「い、いいえ! アタシは、ヴァリシュに恩返しがしたかっただけで」


 しどろもどろになりながら、そう言った。オルディーネに来てからずっと、助けてくれていたのはヴァリシュの方だ。語られざる英雄の剣は、本当にお礼がしたくて作っただけ。

 ……ていうか、語られざる英雄の剣って名前、全然浸透してないわね。なぜかしら、名剣に名前って必要不可欠なのに!


「うむ、ヴァリシュもよくお主のことを褒めておる。それでな、ワシもお主に仕事を依頼したい。半年後に『五大国会議』があるのは知っておるかの?」

「えっと、四年に一度、各国の王様や代表の人が集まる会合ですよね」

「そうじゃ。今回開催される国は『アルッサム皇国』でな、少々遠出することになる。リネットはアルッサム皇国には行ったことがあるかの?」

「いいえ。いつかは行ってみたいと思っているのですが、とても遠いので」


 そっか、もうそんな時期か。平民にはあんまり馴染みがない催しだけど、開催国になると他国からの旅人やお客さんが増えてお祭り騒ぎになったりするんだよね。


「そうかそうか。ではリネットよ、一緒に行こう」

「ほえ?」

「陛下、説明が足りなさすぎます」


 あまりにも突拍子がない申し出に、大臣もびっくりしたみたい。マヌケな声が出ちゃったけど、叱られずに済んだ。


「ほっほっほ、すまぬ。しかし冗談などではないぞ。というのも、アルッサム皇国はお主が言うように遠い。ワシを含め、とにかく皆の体調が心配でな。医師はもちろん同行するよう手配しているが、優秀な錬金術も居てくれれば心強いと思ったのじゃ」

「ふむふむ、なるほど」

「何より、騎士たちの体調管理は重要じゃな。特に我らが誇る騎士団長は、こちらの予想の斜め上の理由で無茶をするからの。実績があるお主になら、補助出来るのではと思ってのう」


 そう言う王様の目は遠くを見つめ、大臣は頭を抱えている。アタシの頭の中にも、色々な想像が脳裏を鮮明によぎった。

 うん、そうね。王様が言う斜め上の理由とは、ヴァリシュの魔法のことよね。旅の途中に魔力不足で倒れたら、お医者さんじゃどうしようもないわよね。前科もあるし、道中でそうならない保証はどこにもない。

 でもそんな建前を抜きに考えても、ヴァリシュと旅が出来るのは楽しそうかも!


「わかりました! ぜひぜひ、同行させてください!」

「うむ、助かる。詳細は後程書面で知らせよう。それから仕事の依頼なんじゃが、道中で持ち運び可能な薬を用意して欲しい。アボット、発注書を渡すのじゃ」


 大臣さんから発注書を受け取る。傷薬や鎮痛薬、それからヴァリシュ用の魔力回復薬。品質はもちろん、持ち運び可能ってところが一番重要だわ。

 かなりの量ではあるけど、まだ半年もあるし。余裕があるから、なんとかなりそう。


「それにしてもリネットや。頼んでおいてなんじゃが、少々量が多すぎると思わんか?」

「え? いえ、そんなことは――」

「聞くところによると、お主の工房は街外れにある上に古くて狭いそうではないか。二人の才能溢れる少女が、そのような場所で暮らしているなどとは、考えるだけでも心配じゃ」


 あれ? アタシの声が王様に届いてない? 騎士たちが見回っているおかげで街外れでも治安はいいし、古くて狭いからこそ気兼ねなく思いっきり錬金術の練習が出来るわけだし、シズナは女の子だけど悪魔だから防犯には困らないしで結構パラダイスなんだけど?

 と、シズナのことは伏せて王様に言おうとするも、先に切り出された言葉に飛び跳ねる程驚いてしまった。


「というわけでリネットや、助手の子と一緒にこの城に住んでみないか?」

「一緒にって……え、ええ⁉」

「正確に言うと、これまでの働きの褒美としてそなたを国王の直属、つまりは王国錬金術師に召し上げようという意味だ」


 大臣さんの補足説明によると、元々オルディーネには錬金術という技術は存在しなかった。

 でも、これまでのアタシの功績を評価して、国としての正当な役職に錬金術師を加えることにしたのだという。

 条件としては、国のための錬金術師として働くこと。そのために城内に工房を設置し、材料や備品は全て国が用意してくれる。もちろん衣食住も提供されるし、お給料だって支払ってもらえる。

 控えめに言っても最高じゃない?


「ゆくゆくは、この国でも錬金術師を増やしていきたいし、錬金術を料理と同じくらいに馴染み深い技術にしたいと思っておる。どうじゃリネット、錬金術師としてどう思うかの?」

「は、はい! 素晴らしいです、最高です! 錬金術を広めることがアタシの夢で、そのためにオルディーネ王国に来たんです!」

「頼もしいのう。では、よい返事を期待しておる。そうじゃ、せっかくだから城内の工房を見ていくといい。とは言ってもまだ何もないが、場所だけでも知っておればイメージは出来るじゃろう?」


 そう言って王様が、傍に居た女性の文官にアタシを案内するよう指示した。謁見はそれで終わりだ。

 王国錬金術師! アタシはほわほわした気持ちのまま、文官の後をついて行った。



「ここがリネットさんの工房、こちらが倉庫です。今はまだ何もないのですが、いずれは必要な器材を用意する予定です」

「わああ! すごい、広いわね!」


 案内された部屋は、想像以上に広かった。錬金釜を二つ、いや三つは余裕で置ける。他のガラス器材や本棚を置いても十分過ぎる。

 更に倉庫までついているとか天国では! これなら、置く場所がないからって採取に悩む必要はなくなるわね。


「あの! 本当にここをアタシの工房にしていいの?」

「ええ。王国錬金術師になっていただければ、ですが」

「王国錬金術師かぁ……なんていい響き」


 これまでの苦労が一気に報われた感動をかみしめる。努力は裏切らないって、本当だったのね。

 この溢れんばかりの思い、今すぐ誰かに伝えたい! やはり引きずってでもシズナを連れてくるんだったと後悔していると、うってつけの相手が歩いてくるのが見えた。


「あ、ヴァリシュ!」

「うん? リネットじゃないか、妙な場所で会ったな」

「おや、ヴァリシュ様。また図書室で調べ物ですか? 何を調べているのか教えてくだされば、お手伝いしますのに」

「いや、個人的な用事だからな。気にしないでくれ」


 文官の申し出にヴァリシュは首を横に振りながら、改めてアタシを見やる。


「それで、リネットはどうしてこんな場所に居るんだ? この辺りは医務室や図書室、あとは空き部屋くらいしかないぞ」

「ふっふっふ。実はアタシね、王様から王国錬金術師にならないかってお誘いをもらったの!」


 これまでの経緯をヴァリシュに説明する。アタシはもちろん頑張ったけど、ヴァリシュが手を貸してくれたから王様にも認めてもらえるくらいの錬金術師になれたのだ。

 だから、てっきり彼も喜んでくれると思ったんだけど。


「王国錬金術師……確かに素晴らしい栄誉ではあるが、リネットはいいのか? 王国錬金術師になれば、今までのような民間の仕事を受けることは出来なくなるぞ」

「……へ? なんで?」

「やっぱり説明されていなかったのか」


 ヴァリシュが呆れたようにため息を吐くと、文官がしまったとアタシを見た。


「あ……すみません、その辺りを説明しないと駄目だったんですね。ヴァリシュ様がおっしゃるように、王国錬金術師は王国のための役職になるので、個人で民間のお仕事を受けることが出来ません。城内の仕事、あとは研究が主な内容になるかと」

「そうなの!? でも、ヴァリシュも王国騎士でしょう? アナタはアタシの依頼を受けてくれたじゃない」

「お前の依頼は勤務時間外に、無償で請け負っているからな。仕事の範疇には含まれないんだ」

「タダ働きしてたのアナタ!?」

「給料は貰っていないが、お前からは剣や薬を貰ったからな。別に損しているわけじゃない」


 なんということなの。てっきり騎士団から臨時収入的な報酬が出てると思ってヴァリシュを連れ回してたのに、タダ働きだったとは……いや、それに関しては今後も薬やアイテムなどを渡すからいいとして。

 つまり、王国錬金術師になるには今までのお仕事を全て終わらさなければならない。単発のお仕事なら、特に問題はないけど。

 でも、ミラージェス伯爵のお薬とか、定期的に納入を依頼されているお仕事まで辞めなければならないとなると難題だ。

 なにより、今までお世話になった人たちを蔑ろにするような形になってしまう気がする。


「王国錬金術師を諦めろと言っているわけじゃない。むしろ、あの工房の状態を考えると受けてくれた方が個人的に安心できる。どちらを選んでもメリットとデメリットはある、よく考えてから決断するといい」


 そう言い残して、仕事に戻るために足早に立ち去るヴァリシュを見送る。結局、アタシはどうしようもないもやもやを抱えたまま帰るしかなかった。




 

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