勇敢な騎士の話③
※
流石にデルフィリードの闘技場まで行くわけにはいかないので、決闘は訓練場で行われ、ヴァリシュ様が勝ちました。圧勝でした。
レジェス殿が劣っていたわけではありません。むしろ、流石はデルフィリード副騎士団長。無駄がなく、洗練された剣は正に騎士としてお手本のようでした。
でも、はっきり言ってヴァリシュ様は格が違います。
「なっ、なんだ今の剣は……手も足も、出せなかった」
剣を弾き落とされ、がくりと膝をつくレジェス殿。そして、
「ふむ。遊ぶ余裕はなかったが、本気を出すまでもなかったな」
剣を収め、髪をさらりと払いながらヴァリシュ様が満足そうに言いました。最近知ったのですが、ヴァリシュ様が言う『遊ぶ』は新しく考えた魔法を試してみる、『本気』は魔法でも何でも使ってとにかく全力で、という意味のようです。
つまりどちらも否定している以上、今回は魔法を使われなかったのでしょう。それでも、ヴァリシュ様の剣は我々とは違います。
捕らえたと思えば水のようにすり抜け、瞬きの間に喉元へ突きつけられる刃。静かでありながら眩く、柔らかくも絶対に折れない強さ。
これが勇者と並ぶ、英雄の剣。ヴァリシュ様は否定しますが、この方は確実にラスター様と同じ場所に居られる方なのです!
「まあ、なんと美しい剣技なのでしょう!」
「てっきりうちのレジェスが勝つと思っていたが……なるほど、これが大悪魔を屠った騎士か」
「ひいやあああ! 流石はヴァリシュ様! 今日も格好いいです、最高です! もがががが」
ちゃっかり野次馬の一部になっていたデルフィリードの方々も、すっかりヴァリシュ様に見惚れています。
いや、最後の奇声はランベールくんのもので、今はエルー隊長に口を塞がれているんですけど。
「レジェス殿、お付き合い頂き感謝する。剣を交えてよくわかった、貴殿は少々正直すぎるな」
「正直、ですか?」
「ああ。俺はこの通り隻眼だが、貴殿は決して左側から攻め込むことはしなかった。真正面から勝負を挑んでくる姿勢は、俺よりも騎士らしい」
言われてみれば、確かにそうでした。実力差が圧倒的なので、たとえ左側から攻められたとしても勝敗は揺るがなかったでしょうが。
「貴殿は誰よりも真っ直ぐなのだな。まだ見ぬ主君に焦がれ、命の限り尽くしたいという忠義。剣を交わすだけで伝わってきた。なんならラスターよりも情熱的だ、火傷するかと思った」
「ヴァリシュ殿……しかし自分は、間違っていたのでしょう?」
「間違うことなんて、誰にでもある。夢を見ることは間違いではない。貴殿のやり方がマズかっただけだ。それに、俺も流石に言い過ぎた。謝罪させていただく、申し訳なかった」
そして。ヴァリシュ様がレジェス殿に手を差し伸べます。
「貴殿の剣を望む主君は、きっとどこかに居る。腐らずに鍛錬に励んでいれば、いずれ向こうの方が貴殿を見つけることだろう」
「ヴァリシュ殿……!」
引っ張るようにレジェス殿を立ち上がらせ、ふっと小さく微笑むヴァリシュ様。わあ! と歓声を上げる観客たち。そこに国境はありません。
自分も感動し、目頭が熱くなりました。すぐ後ろで聞こえたアレンス様の「格好つけながら、当たり障りのない言葉で纏めたな」という呟きのせいですぐに落ち着きましたが。
「ほお? これはこれは、ずいぶんと盛り上がっているではないか」
「うわ、大臣」
「さあて、ヴァリシュよ。あれだけ念入りに確認した計画を台無しにしおって、さぞ重大な意味のある決闘だったのだろうな?」
騒ぎを聞きつけたのでしょう、アボット様が満面の笑みでヴァリシュ様を手招きします。お顔は笑顔なのですが、額に浮き立つ血管が今にも破裂しそうです。
「ちょっと今後のことで色々と相談したいから、わたしの執務室に今すぐ来てくれないか? ちなみに拒否権はなしだ、今すぐ秒で来い!」
「頼みに見せかけて命令してくるとは……やれやれ、相当怒っているようだな」
顔だけ笑顔のまま、訓練場を出て行ってしまう大臣。ヴァリシュ様は苦笑しながら肩を落とします。
「さて、今度はどんな処分を受けるかな。謹慎か罰金か」
「そ、そんな」
「アレンス、後を頼む。全部任せた」
「ええー、早めに戻って来てくださいよ」
軽口を言って、ヴァリシュ様も訓練場を後にします。アレンス様の指揮で、皆様もそれぞれの仕事や持ち場に戻っていきます。自分も、この後はやることがたくさんあるのです。
……でも、
「ま、待って……お待ち下さい、ヴァリシュ様!」
考えるよりも先に、自分はヴァリシュ様を追いかけます。廊下の先で振り返ったヴァリシュ様と、目が合います。
「どうしたマリアン、血相を変えて」
「ど、どうしたじゃないですよ……この決闘は、自分のために申し込んでくれたんですよね? だったら、処分は自分が受けます」
「別にお前のためじゃないぞ。レジェス殿の言い分と、デルフィリードがデカい顔をしているのが気に食わなかっただけだ。そもそも、あの大臣の説教など慣れている、夕飯の献立を考えるには丁度いい休憩時間だ」
「待ってください! それでも、あなたの不利益になるようなことはしたくない。自分は、あなたのこと……を」
あ、と思った時にはすでに遅く。勢いのままに、切り出してしまいました。
俺のこと? ヴァリシュ様が不思議そうに見返してきます。絶対に今ではないことはわかっているのですが、昨日のアレンス様の言葉が何度も脳裏をよぎるのです。
直球勝負。後戻りは出来ません。
「じ、自分は……その、好きなんです。あなたのことが」
「え?」
「だから自分は! マリアン・ドレッセルは! ヴァリシュ様、あなたのことが好きです!!」
言った、言ってしまいました。顔面が熱いを通り越して、火を吹いているのではないかと思うくらいです。泣きそうです、ていうか多分泣いてます。
それなのにヴァリシュ様は、
「…………はあ、そういうことか」
ため息! ため息を吐かれました!
いえ、考えてみれば無理もありません。今は仕事中、騎士としての自覚がないと言われれば頷くしかありません。
でも、ヴァリシュ様が呆れた理由は別にありました。
「いくら見合いを断るためとはいえ、娘に嘘の告白までさせて恥ずかしくないんですか。ジョセフ殿」
「へ?」
「げえ! な、なんでわかった。動いていないどころか、息すら止めてたっていうのに」
振り向いたヴァリシュ様の視線を追うと、十字に分かれている廊下の死角から父が姿を現したではありませんか!
酷い腰痛持ちのため、自分で車椅子を巧みに操っておりますが。どうやら自分とヴァリシュ様が話を始めるよりも前にここに居たことは、間違いないようです。
「お、お父様!? どうして、ここに」
「いやあ、ヴァリシュがレジェス殿に決闘を申し込んだって聞いたからよ。面白そうだと思って見物に来たんだが、終わっちまったみてぇだな」
ははは、と乾いた笑いで誤魔化す父に頭痛がしてきました。不可抗力とはいえ、結局のところ娘の告白を覗き見していたというわけですか。
そして覗き見している父に、ヴァリシュ様は気がついていたと。自分の気持ちも同じくらい敏感に感じ取って欲しいのですが。
「ふん。あなたは雰囲気がやかましいので、どれだけ息を止めても無意味ですよ」
「まったく、久しぶりに会いに来てやったっていうのに相変わらず口が減らねぇなお前は。でもまあ、ちょっとはいい男になったじゃねぇか」
拳を突き合わせる姿は、まるで親子か友人同士に見えます。口には出しませんが、父はヴァリシュ様のことを凄く気にかけていたのです。
「で、話を戻しますが。マリアンの見合いの件は俺が片付けましたので。これ以上、彼女の努力やプライベートに水をさすような真似は止めて頂きたい」
「確かに盗み聞きしたのは謝る。だ、だがなヴァリシュよ、マリアンは嘘を吐いたわけじゃなくて、その……」
ぐうの音も出ない正論を前に、しどろもどろな父。かつての騎士団長はどこへやら。今では当時の威厳などひと欠片も残っていないようです。
情けない姿に呆然としているも、追い打ちは更に続きます。
「ヴァリシュ殿、こちらに居られましたか!」
「え、レジェス殿!?」
追いかけてきたのは、なんとレジェス殿です。慣れない城内で少し迷いました、と呼吸を整えながらおっしゃいました。
「ああ、ジョセフ殿にマリアン嬢。お二人もいらっしゃったのですね。この度は自分の不義理のせいで、多大なご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ない」
「いや、気にしなくていい。迷惑云々に関してはお互い様だ。それで、ヴァリシュに何か用か?」
「はい。ヴァリシュ殿にお話がありまして」
父が不問にしたことで、ほっと安堵の表情を浮かべるレジェス殿。しかしそこから続く言動に、今度は我々が驚く羽目になるのです。
片膝をつき、子供のようなキラキラとした目でヴァリシュ様を見上げるレジェス殿。その手をとって、堂々と宣言しました。
「ヴァリシュ殿……いいえ、ヴァリシュ様。あなたの剣、そして生き様を目の当たりにして確信しました。静かな水面のようでありながら、鮮烈な光のごときお方。あなたこそが、自分が探し求めていた主君そのものです! ぜひ、自分をオルディーネ騎士団に入団させてください!」
「はあ!? な、何を寝ぼけたことを言っているんだ、貴殿はデルフィリードの騎士だろうが! しかも、副騎士団長!」
レジェス殿に掴まれた手を、ヴァリシュ様がブンブンと振り払おうとします。ですが、ガッチリ掴む手には凄まじい意志の強さを感じます。鉄や鋼を通り越してオリハルコン級です。
……って、違う違う。まるで物語の騎士のようなレジェス殿に圧倒されましたが、感嘆している場合ではありません。
「お、落ち着けレジェス殿。私兵と騎士は違う。いくら友好国とはいえ、そんな簡単にデルフィリードの騎士をオルディーネで受け入れるわけにはいかねぇ」
「そ、そうですよ! それに、レジェス殿はトールヴァルド家の跡継ぎなんですよね。間違っても廊下で決めるようなことではありません!」
父と共に、レジェス殿をなんとか説得しようと試みます。
でも、オリハルコンをどうやって曲げろというのでしょう。
「もちろん、デルフィリード方面の説得は自分が行います。反対を訴える者には片っ端から決闘を申し込み、全て黙らせますのでご安心を」
「誰だ、最初にこの男を温厚だなんて言ったやつは! ただの脳筋じゃないか!!」
「それから、自分の下には三人の弟が居りますゆえ跡継ぎは問題ありませんし、トールヴァルド家とは縁を切ります。デルフィリードには二度と帰りません。この命、ヴァリシュ様に捧げます!」
「せめてオルディーネに捧げろ! それに、今年の騎士団員募集はとっくに終わったのだ。次回の募集まで頭を冷やすことをオススメする!」
「では、これから大臣殿とオルディーネ国王陛下に謁見させて頂きたい。来年の募集まで入団出来ないとおっしゃるなら、それまでヴァリシュ様のためにお茶汲みでも掃除でも何でもします!」
さあ、行きましょう! とヴァリシュ様を引きずるレジェス殿。彼を止められる人、そして止める人のどちらも居らず。
結局、デルフィリード王国とトールヴァルド家の両方から「本人がやりたいのなら好きにさせてあげてくれ」とさじを投げられ……ではなく、送り出されたレジェス殿は特例として、オルディーネ騎士団へ入団という形になりました。
想像していない形で騒動は幕引きとなったわけですが。結果として、ヴァリシュ様はデルフィリードからも一目を置かれる存在になってしまったことに、この時は誰も考えようとはしなかったのです……。
ちなみに、ありったけの勇気を振り絞った自分の告白は完全にうやむやになってしまったわけですが。
「嘘とはいえ、マリアンはよくあんなに堂々と告白が出来るものだな。お前のそういう思いきりのよさは、俺も見習いたいものだ」
と、後でヴァリシュ様に褒めていただけたので、これはこれでよかったと思うしかありません。
思いきりのよさと諦めの悪さこそが、マリアン・ドレッセルの長所なので。今度はちゃんと二人きりの時に挑戦しようと、心に決めました。
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