弱虫な勇者の話②
「……あっはは! 全然懐かねえな、この鳩」
バサバサとベッドの方に飛び去ってしまった悪魔を視界に収めつつ、同時にヴァリシュの様子もうかがう。
悪魔に取り憑かれた者には特徴がある。目が虚ろだったり、声に抑揚がなくなっていたりと様々だが。
今のヴァリシュはやたら上機嫌であること以外、特に変わった様子は見られない。いや、考えてみれば心理戦や頭脳戦に関しては俺よりもヴァリシュの方が上だ。これが演技だという可能性もある。
ならば、先に仕掛けてみるか。
「可愛いペットのおかげか、それとも可愛い恋人のおかげか?」
「は? 恋人?」
「結局どっちなんだよ、本命は。マリアンか、それともリネットか?」
マズい、全然わからねぇ! 必死に取り繕ってはいるが、心の中のオレはゴロゴロ転がりながら頭を抱えて喚いていた。
ヴァリシュはプライベート、特に人付き合いのことを突っつかれることが嫌いだから、少しはボロを出すかと思ったのだが。
「何を言ってるんだ、お前」
……呆れたように見てくる、その視線が痛い。やばい、泣きそう。
いや、これくらいでめげてたまるか!
「ほう、その反応はマジなやつだな。ということは、本命はまだ別に居ると見た。へえー、あのヴァリシュがなー」
からかうように言えば、なぜかベッドの上で悪魔がそわそわし始めた。なんだその反応。悪魔が反応を見せるのに、なんでヴァリシュは無反応なんだ。
やはり、何か隠しているのか。
「悪いが、これ以上暇人に付き合ってやる余裕はない」
「……え、おいヴァリシュ。どこか行くのか?」
オレがあれこれ考えごとをしている内に、ヴァリシュは身支度を整えていた。悪夢では禍々しい黒い鎧を着ていたが、今の彼は見慣れた白銀の鎧姿だ。
それだけでほっとするが、ヴァリシュの次の言葉は思いもよらないものだった。
「どこかって、仕事に決まってるだろ」
仕事……だと? あのヴァリシュが? 嘘だろ。
「あー、そうか仕事か……よし、オレが手伝ってやるよ。早く終わらせて、一緒に遊びに行こうぜ!」
「一緒にって……馬鹿なことを言うな。忙しいんだ、俺は。お前は俺のことなど気にせず、貴重な自由時間を好きなだけ有意義に過ごすと良い。じゃあな」
「お、おいヴァリシュ!」
呼び止める声を無視して、ヴァリシュがひらりと手を振りながら部屋を出て行った。
え、マジで仕事? サボり魔のヴァリシュが?
誘いを断られたことと、彼が自ら仕事に向かったこと。二重の衝撃に打ちのめされたオレは、しばらくその場から動けなかった。
だから、仕事に行ったヴァリシュに、鳩が不満そうにベッドの上を転がり始めたことすら、気が付けなかった。
冷静に考えてみても、やっぱりおかしい。少し前までは、ヴァリシュは騎士団長という立場にあるまじき不良だった筈なのに。
「おはよう御座います、ヴァリシュ様。今日はいつもより早いですな」
「おはよう、メネガット隊長。今朝はどこかの勇者に叩き起こされて朝食を作れと喚かれたからな」
「ははは、なるほど。仲直り出来たようで、何よりです」
動けるようになってから、慌ててヴァリシュの後をつけてみると本当に騎士団の訓練場に来てしまった。
しかも、先に訓練場に来ていたメネガット隊長と和やかに話をしているではないか。驚愕の光景に、オレは死角に隠れて様子を窺うことにした。
なんか……意図せず覗き見みたいになったが、勇者が覗き見だなんて気にしたら悲しくなるので考えない。通りすがりの女性騎士が「うわっ」と声を上げて引き返したけど、きっと忘れ物を取りに戻ったのだろうと自分に言い聞かせる。
そんなことよりも、だ。メネガット隊長は堅物だから、ヴァリシュの不真面目な態度には一番不満を訴えていた。オレでも宥めるのが大変だったくらいに。
……それなのに、
「せっかくですから、ラスター様とお出かけしてきてはいかがですかな。昨日はヴァリシュ様のことをずいぶん心配されていたようですよ」
め、メネガット隊長が、ヴァリシュを気づかっている!? 嫌味でもなんでもなく、忙しい息子を見るような優しい目で!
「心配って、何をだ?」
「さあ、そこまでは。ご本人に聞いてみてはどうでしょう」
「うーん……面倒だから、いいや」
いいや、じゃねぇよ! ていうか面倒ってなんだよ! 親友なのに!!
「とにかく、悪魔が侵入してきた以上はラスターなんかに構っている暇はない。あとで対策会議を開くから、他の隊長たちを見かけたら声をかけておいてくれ」
「はい、お任せくだされ」
そう言って、メネガット隊長と入れ替わるようにヴァリシュが訓練場に入って行った。前は「汗臭い」とか言って近寄ることすらしなかったのに。
思わず、見回りに行くメネガット隊長を呼び止める。
「メネガット隊長!」
「む、ラスター様。いかがなされました、覗き見ですかな?」
「覗き見って言わないでほしいんだけど……じゃなくて、最近のヴァリシュのことを教えて欲しいんだ。なんか、急にマジメになったみたいで驚いたからさ」
「ヴァリシュ様のこと、ですか? そうですね……そのことに関しては、個人的に少々お恥ずかしいこともあるのですが」
メネガット隊長の話によると、ヴァリシュが急にマジメになったのは約二週間前。彼は急に訓練場に来るなり、それまでのことを皆に侘びたらしい。
らしくない意外な行動に面食らったものの、騎士団の大半、特にメネガット隊長の鬱憤は謝罪程度ではどうにもならず、ヴァリシュに決闘を申し込んだのだとか。
結果は、ヴァリシュの勝利。剣の腕を見せつけたことが、彼の信頼が回復するきっかけになった。
でも、それはあくまできっかけに過ぎない。ヴァリシュが本当に立ち直ったのは、それからだ。
「あの日からまだ一ヶ月も経っていないというのに、騎士団は見違えました。働き方改革などと言い出した時には、最初は何を言っているのかと思いましたが。無駄が減ったことで効率が上がり、時間や気持ちに余裕が出来て、結果的には騎士団全体の志気が向上しました。自分は古い人間なので、騎士ならば寝る間も惜しんで仕事に没頭すべきだと思っておりましたが。ヴァリシュ様はとても柔軟な考えをお持ちなのですな」
「……確かに、昔からぶっ飛んだ考え方をするヤツだったけど」
腹が空いたから、食料がたくさんあるであろう城に忍び込むとかな。
「なんにせよ、今のヴァリシュ様は以前とは別人のように真面目に働いておりますので、心配は無用だと思いますよ。むしろ復帰してから働きづめですので、そろそろ一息ついて欲しいところです。お二人で遊びに行きたいのでしたら、協力しますぞ」
そう言い残して、立ち去るメネガット隊長。大きな背中を見送りながら、オレは思わずその場で膝を折って頭を抱えて唸った。
「うーん……どういうことなんだ、一体」
通りかかる騎士や使用人から向けられる怪訝な視線が痛い。でも、気にしてる余裕がない。頭の中が混乱と焦りでどうにかなりそうだ。
ヴァリシュは確かに変わった。それも、良い方に。傍から見れば、何も問題はないし歓迎すべきものだろう。
でも、その劇的な変化が、オレにとっては違和感でしかなかった。
「やっぱり、あの悪魔に操られているのか……?」
あの悪魔。鳩の姿に擬態しているせいで正体がはっきりしないものの、上級以上の悪魔であることは間違いない。
それなら、目的は何だ。ヴァリシュを利用して、何を企んでいる?
企みの先にあるのは、まさか。
「……駄目だ、それだけは」
最悪の光景が脳裏に過り、指先まで残る感触に手が震えた。ヴァリシュを助けなければ。そのためには悪魔を葬るしかない。
でも、ここだと人が多すぎる。今は仲間たちが居ない。悪魔が暴れだしたら、オレだけでは抑えきれない。
とにかく、ヴァリシュを
それでも、オレは覚悟を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます