弱虫な勇者の話③
それからオレは会議に乱入。悪魔を選別するために天使の鏡を作ることを提案し、ヴァリシュを外に連れ出した。そしてリネットの協力を得てから、古代エリン遺跡へと向かった。
運がいいことに、この遺跡は多少ではあるが悪魔の力を弱める性質がある。その分、独自に進化した魔物が強力なのだが、オレとヴァリシュなら問題ない。
最初はオレや仲間達でも苦戦したキマイラを、ヴァリシュは相手の攻撃を搔い潜りながら的確に急所を斬りつけて倒した。
思わず、圧倒される。
「ヴァリシュって本当にキレイな戦い方するよなぁ。潔癖っていうかなんていうか」
騎士の中では細身で腕力も劣るが、ヴァリシュには柔軟性と瞬発力がある。次々と繰り出される剣技は、まるで舞い踊るかのように優美だ。
自分の不得手を正確に把握し、長所で補う。なかなか出来る芸当ではない。
そういうところ、本気で尊敬しているんだけど。
「……戦いに綺麗も何も無いだろ」
「あ、あれ? 何で怒ってるんだ?」
「疲れただけだ。さっさと砂を探して帰るぞ」
うう、また怒らせてしまった。どうしてこう上手くいかないのかと嘆きながら、先を行くヴァリシュを追いかけた。
※
さて、ここまでヴァリシュの様子を観察していたわけだが、やはり悪魔に操られている様子はない。ということは……考えたくはないが、ヴァリシュと悪魔は協力関係にあるということだ。
こうなったら、もう手段は選んでいられない。オレは勇気を振り絞って、剣を抜き放った。
「なあ、ヴァリシュ。一つ聞きたいことがあるんだけどよ」
「何だ、改まって」
「お前にずっと付き纏っているその悪魔は、お前に何をしたんだ?」
「……へえ。このまま見逃してくれるのかなって思ってましたけど、そう簡単にはいきませんか。流石は勇者さんです。でもあなた、今朝からずっと気がついてましたよね?」
核心をつけば、ついに鳩が正体を現した。漆黒のドレスを着た、小柄な女。容姿は可愛らしいが、酷薄な笑みに背筋が凍った。
こいつは、やばい!
「お前は……まさか、七大悪魔か?」
「正解です。私は色欲のフィア。短いお付き合いになるかと思いますが、よろしくお願いします」
大罪の一つを担う大悪魔。今まで全く姿を見せなかった色欲の大悪魔が、こんなところに居たなんて。
それに、思い出した。あの悪夢で、オレがヴァリシュを殺した時、後ろでこの悪魔が笑っていた。
こいつのせいで、ヴァリシュは……殺す、この場で今すぐ!
でも、
「イチかバチか私を屠ってみようとか考えてたり? それでヴァリシュさんが死んじゃったらどうするんです?」
「それ、は」
「あなたは世界を救う勇者さんですものね? 世界を救う為なら、たとえお友達でも敵なら見逃すわけにはいかないですよね。本当の兄弟のように一緒に育ったヴァリシュさんを殺しちゃうんですね、なんてご立派な勇者さんなんでしょう!」
「だ、黙れ!!」
決意が、揺らぐ。猫を撫でるように優しく、それでいて棘を含んだ言葉が弱みに突き刺さる。
魔法ですらない、ただの言葉。ただの真実。だからこそ、オレの振り絞った勇気をどんどん削ぎ落していく。
あの悪夢が、現実になる。この手で、現実にしてしまう。
そんなこと、出来るわけがない。
「……嫌だ。やめろ、やめてくれ。ヴァリシュを殺すなんて、そんなこと出来るわけねぇだろ」
知らなかったら、あの悪夢を見ていなかったら出来たかもしれない。乗り越えられたかもしれない。でも、もう無理だ。
オレは、親友を殺すことがどういうことかを知っている。たとえヴァリシュが何を企んでいたとしても、オレはそれを止めるだけの気力がない。
ヴァリシュを二度も殺すなんて、オレには出来ない。
「ヴァリシュはオレのたった一人の親友で、家族で、相棒なんだ。オレはヴァリシュが居たから生きてこられた。ヴァリシュが居たから、勇者としてここまで来られた。ずっと支えてくれた相棒に恩返しする為に勇者になったのに、護りたかったから戦ってきたのに……」
もしもヴァリシュがこの世界に居なかったら、オレは勇者どころか騎士にすらなっていなかっただろう。それくらい、彼は大きな存在なのだ。
虚勢が、音を立てて崩れていく。いつの間にか手から剣が離れ、足元に落ちていた。
勇者に相応しくないと、世界の全てから蔑まれているかのように感じた。泣きたいくらい悲しくて、苦しい。
そんな駄目なオレを救ってくれたのは、ヴァリシュだった。
「おっと、手が滑った」
「へ? 何ですかって、きゃあぁー!!」
「……え?」
顔を上げると、視界いっぱいに霧が広がっていた。悪魔が嫌がっているところを見るなり、この霧は聖水のようだ。
そういえば、聖水を広範囲に撒けるような爆弾を作ったとリネットが言っていたが……これのことか? だとしても、どうして。
「……あ、あれ? ヴァリシュ、何で」
何で、それをヴァリシュが悪魔に投げつけたのか。協力関係にあるんじゃなかったのか。大悪魔にはそれほど効果はないだろうけど、行動を制限するには十分な代物だ。
「馬鹿か、お前。俺が悪魔なんかに唆されると、本気で思ったのか?」
「え……」
ヴァリシュと目が合う。紫の瞳に宿るのは呆れと、憎悪。あ、と思った時には遅かった。
目の前で青い髪がさらりと揺れて、そして、
「悪魔を前に剣を取り落とすとはどういうつもりだ? 悪魔の言葉に惑わされ、戦意を喪失してどうする? 殺されたいのか、それとも自分が死ねば俺が助かるとでも思ったのか? どれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むんだ、お前は!!」
「なっ、ぐぁ!?」
渾身の一撃を受けた、顎に。
脳みそを揺さぶる程の衝撃に倒れ込み、全身が砂まみれになるのも構わず激痛に悶え苦しむ。
「はは、あっははは! なんという情けない姿を晒すんだ、ラスター。く、ふふ……勇者のくせに、ははは。あー、清々した」
今までに見たことがないくらいに、腹を抱えて大笑いするヴァリシュ。でも、それは悪に染まったものではなく。
イタズラに成功した、子供のような笑顔だった。
「あのー、ヴァリシュさーん。どうしたんです、勇者さんが憎すぎてついに壊れちゃいました?」
なにより、これは悪魔でさえも予想していなかった出来事らしい。この様子なら、ヴァリシュが悪魔と協力していないと考えていいだろう。
「至って平常運転だ。それに、こいつを恨むのも何だか馬鹿馬鹿しくなった」
「え、恨む? オレ、お前に何かしたか!?」
「別に。俺が忘れていただけだ。お前が、どれだけ情けないやつだったのかを」
わかってはいたが、実際に言われると傷つく。ヴァリシュはオレが立ち上がるのを待ってから、改めて話を続ける。
彼の目に、もう憎しみの感情はなかった。
「ラスター、お前は一体何の為に悪魔と戦っているんだ?」
「お、オレは……お前が、これからずっと平和に過ごせるようにしたくて」
「それなら、なぜ剣から手を離した? 俺が本当に悪魔と契約していたら、どうするつもりだったんだ。まさかお前、自分が親友を殺さなければいけないという恐怖を、俺に押し付けようとしたのか?」
図星だった。オレは、勇者としての役目を果たすと言いながら、どこかでヴァリシュの方が勇者として相応しいのではと考えていた。
今でも、それは変わらない。いや、むしろより大きくなった。
「お前には敵わないが、だからと言って庇護対象にされるのは気に食わない。俺はお前が思っている程弱くない。心配など無用だ。お前は勇者として、悪魔を倒すことだけ考えていれば良い。もう二度と剣を手放すな、わかったか?」
「……お前が弱いと思ったことなんて、一度もねぇよ」
そうだ、彼は強い。剣の腕が優れているとか、頭がいいとか、そういう次元ですらない。
ヴァリシュはきっと、勇者という役目すらも超える存在なのだと、オレの中で引っかかっていたものがストンと理解出来た瞬間だった。
※
でも、あれから数か月経ったにも関わらず、未だに一つだけ腑に落ちないことがある。
「お疲れさまです、ヴァリシュ様!」
「ああ、お疲れ」
「ヴァリシュ様、今日もご指導ありがとうございました」
久しぶりに帰って来ると、ヴァリシュが騎士たちに囲まれている現場に遭遇した。オレはまたもや死角に隠れて、様子をうかがう。
というのも、そこに居る騎士はヴァリシュ以外、全員女性だったから。いや、決して覗き見と言うわけではない。
ただ……なんていうか、
「ヴァリシュ様、明日は自分に剣の稽古をつけてくれませんか? 早く一人前の騎士になりたいのです」
「ああ、いいぞ」
「え、ずるい!」
「そ、それなら自分は一緒に見回りに行きたいです。田舎から出てきたばかりなので、城下街の地理が把握できていないので」
「はあー!? じゃあ自分は、戦術についてお聞きしたいことがあるので、お時間頂きたいんですけども!」
きゃあきゃあが、ぎゃあぎゃあに変わっていく。女性たちの思惑が何かは、傍から見ていて明らかなのだが。
問題は、渦中にいる張本人。
「……ふっ、やれやれ。お前たちは仕事熱心だな」
小さく笑うヴァリシュに、女性たちがほうっとため息を吐いた。整った美貌にいかつい眼帯姿は以前よりも冷たい印象を与えるが、不意に見せる笑顔は前にも増して華やかに見える。
そう、これ。これだよ問題は! あいつ、自分へ向けられる好意に全く気がついていないにも関わらず、それをさらに誑かすかのような振る舞いをしてやがる!
つまり、モテてる! なんで!? いや、確かにヴァリシュは美形だし強いし、気品もあって騎士団の中ではかなり目立つだろうけども。
ていうか、頭の上でしかめっ面をしてる鳩に対して誰か何か言わないのだろうか。倒すタイミングを無くして結局そのままにしてるオレが言えた義理じゃないけど。
「あら、ラスターじゃない。こんなところで覗き見とか、アンタってヒマなの?」
「さ、流石に勇者様でも覗き見は駄目だと思いますよ、ラスター様!」
「げ、リネットにマリアン。覗き見じゃねぇよ、様子をうかがってただけだ!」
「あっそ、つまりヒマなのね。じゃ、アタシ忙しいから」
「今日はお休みだったんですね、それは失礼しました。では、自分もこれで」
リネットは手を振り、マリアンは一礼してから駆け出した。
向かう先はもちろん、ヴァリシュのところであって。
「ヴァーリーシュ! 頼まれていた薬出来たわよー! 今回のも自信作なんだから、ありがたく飲みなさいよねっ」
「ああ、リネットか。相変わらず仕事が早いな。そして瓶の大きさに対してやけにずっしりしているが飲んで大丈夫なのかこれは」
「ヴァリシュ様、自分は頼まれていた書類作成を終わらせました! 確認をお願いします!」
「本当か、助かる。だが……その書類、どこにあるんだ?」
「へ? ……ど、どこでしょう?」
「きいいい! なんなんですかっ、この小娘たちは! どさくさに紛れてヴァリシュさんにいちゃつかないでください! 突っつきますよ!?」
「……悪魔はまだしも、リネットとマリアンはどうしてオレとヴァリシュで態度が全然違うんだ」
いや、その理由はわかってるけどさ。あの二人、最初はもう少しオレにも好意的だった気がするんだが。
ま、まあいいさ。別にモテなくていいし。あんな人たらしとは違って、オレは見ての通り一途な男だから――
「ヴァリシュくーん、今日はリンゴを持ってきたよー! アップルパイ食べたいなぁ。あとはシャーベットとか、コンポートとか、パンケーキもいいよねぇ」
「……って、なんでリアーヌまで!? ダメダメ、それならオレも混ぜろ!」
オレには目もくれず、カゴいっぱいのリンゴを持ち込んできたリアーヌを慌てて追いかける。特にリネットとマリアン、そして悪魔に白い目で見られたが気にしない!
問題は山積みだが、オレたちが勝ち取った平和を噛みしめる。そして、これからこの平和を護るために戦うのだと心の中で改めて誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます