七話 この後、ちゃんと「はい、チーズ」も文化に浸透した
「まったくもー、ホントにびっくりしたわよ!」
「えっと、魔力不足が原因……なんですよね? 自分には魔力というものがよくわかりませんが、あまり無理はしないでください」
次にやって来たのはリネットとマリアンだった。この二人は俺がフィアと契約したことを知っているので、倒れた原因が魔力不足だということを正直に話した。
まあ、こういうことは一人で抱え込むよりも、信用出来る人間に共有していた方がいい。決して「ラスターに倒れたことをバラすわよ」なんて脅しに屈したわけではない。
「初めて実行したせいで勝手がわからなかったんだ。次からは気をつける」
「魔法を使わない、とは言わないのですね」
「使わないとまた魔力が暴走して大臣の書類を燃やすからな。魔力は溜め込むものではなく、使うものだ」
「ダメだ、全然懲りてない……この様子じゃあ、ヴァリシュ用の薬を作った方がよさそうね。フィア、アナタは味見役よ。ヴァリシュの為なんだから協力しなさい」
「ええー? ちゃんと食べられる材料で、ちゃんと飲める味にしてくださいね?」
「ふっ、それは約束出来ないわね。効果に妥協は必要なのよ。じゃあ、アタシ帰るわ。ヴァリシュはしっかり休んでおきなさいよ?」
「自分も失礼します。ゆっくりお休みください、ヴァリシュ様」
手を振りながらリネットが医務室を出ると、マリアンも一礼してから彼女の後に続いた。
やれやれ、やっと静かになった。ただ、今度は妙に静かすぎて逆に落ち着かない。
「どうしたフィア、さっきから不気味なくらいに大人しいじゃないか」
「不気味は余計ですよ」
鳩の姿のまま、フィアがむすっと膨れている。今、医務室には俺達の他には誰も居ない。医者も用事があるらしく、今は不在だ。
「……ヴァリシュさんは悪魔の国に連れ帰って閉じ込めるべきかもしれません」
「な、なんだ急に。不穏なことを言うな」
「だって……騎士団の皆の目がハートになってましたもん。しかも、すぐ倒れるせいで守ってあげたい属性まで身につけるなんて。ライバルが多すぎて手に負えません」
頬を膨らましたまま、ぶつくさと文句を言う
放置して部屋に戻ろうかとベッドから降りようとしたその時、何か硬いものが俺の指にぶつかった。
「ん? ……なんだ、リネットのやつ。カメラを忘れて行ったじゃないか」
ベッドの上に置き去りにされたカメラを手に取る。閉められたドアを眺めるが、リネットが取りに来る様子はない。
薬を作るとか言っていたので、試作品が出来てから取りに来るつもりなのかもしれない。それとも、忘れてしまったことに気がついていないか。
なんにせよ、俺が預かった方がいいだろう。と言うか改めて考えてみると、俺が発案者なのに未だに一度も触っていないような。
……丁度いい被写体も居るし、少しくらい遊んでもいいだろう。
「フィア、こっちを向け」
「何ですか……って、今写真撮りました!? 撮りましたね!?」
ペラっとカメラから吐き出された写真に、フィアが羽をバタつかせながら喚く。いつの間にか、写真という文化がすっかり根付いたらしい。
ううむ、せっかく不意打ちを狙ったのに全身が真っ黒なせいで鳩には見えない。鳩というより、医務室という背景もあって心霊っぽい何かみたいだ。
「なんだ、可愛い姿を撮ってやろうと思ったのに。お前は写真映りが悪いんだな」
「むか! 今、私のこと馬鹿にしましたね? しましたよね? 可愛い姿が撮りたいならどうぞ、欲望の赴くままに存分に撮ってください! さあ! さあ!!」
ぼふんと人型に戻るなり、ベッドの縁に腰掛けてポーズをとり始めるフィア。それも妖艶な雰囲気を醸しつつ、自分の豊かな胸や際どい太腿をこれでもかと強調してくる。
教えてもないのに自分の魅力を生かすポージングを熟知しているとは、流石は色欲の悪魔だ。たった今思い出したけど。
……なんか、グラビア撮影みたいになってしまった。
「あ、そうだ。ヴァリシュさん、一緒に撮りましょう!」
「は? 一緒にって」
「あの二人とは一緒に写真撮ってたじゃないですか! ずるいです! 私もヴァリシュさんと写真撮りたいんですー!」
「わ、わかったわかった。わかったから、喚くな。暴れるな」
ジタバタと駄々をこね始めるフィアの残念さに観念するしかなく、俺はカメラの設定を弄る。
前世からカメラには詳しくないが、レンズを調整すれば自撮りで何とかいける筈。
「ふむ、こんなものか。上手く撮れなくても文句言うなよ」
「その時は諦めて、シズナさん辺りに頼み込んで撮ってもらいますっ」
俺がカメラを持った手を目一杯に伸ばす。その状態で試し撮りしてみるも、見事に二人とも見切れてしまった。
でも、これ以上カメラの設定は変えられない……ということは、
「もっと近付くしかないか」
「え、きゃあ!?」
フィアを抱き寄せ、密着する。柔らかい感触に、甘い香り。
「う、うひひいぃ……ヴァリシュさん……これ、近いです。近すぎます」
「こうしないと入らないんだから仕方ないだろ。ほら、撮るぞ。はい、チーズ」
「え、チーズ? 何で急にチーズなんですか……今、撮りました? 撮りましたね!? パシャって音しましたもんね!? 今、物凄く変な顔してたんですけどぉ!」
見ないでください! ボツですボツ! 真っ赤な顔で写真を破り捨てようとしたフィアよりも先に、カメラから吐き出された写真を迅速に確保する。
……確かに、物凄く間抜けな顔をしている。しかもフィアが「チーズ」と連呼していた時の「ズ」の時にシャッターを押したからか、顔が紅潮しているのも相まってタコみたいな顔をしている。
今更だが、写真を撮る文化がないこの世界で「はい、チーズ」は謎過ぎる掛け声だったな。言うまでもないが、俺はバッチリ格好良くキマっているので何の問題もない。
「ふ、ふふふ……いいじゃないか、かわいいぞフィア」
「え、ほ……本当ですか? 私、可愛いですか?」
「ああ、凄く……ふっ、可愛い。ふはっ、この写真は俺が貰おう……ククッ、だめだこれ、しばらく笑ってられる」
「完全にツボにハマっちゃってるじゃないですか! ひどい! 悪魔!」
「悪魔はお前だろう? わかったわかった、今度はもっとちゃんと撮ってやるから――」
「うおいコラァ! いつまでイチャついてやがんだ騎士団長!!」
聞き慣れた怒号と共に勢いよく開かれるベッドのカーテンに、俺だけじゃなくフィアまで飛び上がって驚いた。
カメラと写真を落とさなかっただけ上出来だと思うべきか。ていうか、コイツはどうしていつも気まずいタイミングで帰ってくるんだ? リネットにバラされる前にバレたじゃないか!
「び、びっくりしました……まったくもう、勇者さんはヴァリシュさんとは違って躾がなってませんね! 親の顔が見てみたいですっ」
「ふっ、残念だったな。ヴァリシュと同じで陛下が育ての親だぞ!」
「二人とも久しぶりー! ヴァリシュくん、具合が悪くなったって聞いたけど大丈夫?」
「ああ、久しぶりだなリアーヌ。何でもない、少し疲れが溜まってただけだ」
ジトっと見てくるラスターの背後から、ひょっこりと姿を現すリアーヌ。ノックはちゃんとしたが、俺の返事がなかったのでそのまま入ってきたのだと言う。
果たしてどこから見られていたのか……考えないでおこう。
「それで、俺に何か用でもあるのか?」
「用でもあるのか、じゃねぇよ! ヴァリシュお前、何で手紙の返事くれないんだ! ずっと待ってんだぞ!?」
「手紙……?」
ふう、困った。全く思い出せない。フィアに知ってるか聞いてみるが、「知りません!」とそっぽを向いてしまった。
ちなみに手紙は、半年に一回行われる大掃除の時にようやく見つかるのはラスターには秘密である。
「この約二週間、ずっとお前に怒られるか絶交されるかってビクビクしてたのに! 存在すら忘れられてるとか! 親友なのに! このっ、勇者の心、騎士団長知らず!!」
「あー、お前が心底面倒臭い男だって話をアレンスとしたことは思い出した」
「それ普通に傷つくやつ!」
「ま、まあまあ。ラスターくん、丁度騎士団員募集の時期だったんだし、ヴァリシュくんも忙しかったんだよ」
「そうですよ、ふらふら遊んでる人と違ってヴァリシュさんは多忙なんです。用件があるなら、とっとと済ませてくださいよ」
「ぐ、ぬぬぬ……!」
リアーヌに宥められ、フィアからあかんべえを喰らいつつラスターが地団駄を踏む。それで少しは気が済んだのか、一度咳払いしてから珍しく神妙な面持ちでラスターが俺を見た。
「……この前一緒に探索したスティリナ神殿のことは覚えてるだろ?」
「馬鹿にするな。自分がどこで何をしたかくらいは、ちゃんと覚えてるさ」
「マジでどの口が言ってんの?」
「あのね、ヴァリシュくん。私達あれから世界中を巡って、スティリナ神殿とその奥に広がっていた場所……スティリナ魔法帝国のことを調べていたの。そしたら、凄いことがわかって……ここから先は、ヴァリシュくんも一緒に知るべきだと思うから、誘いに来たの。あなたはもしかしたら……世界を一変させてしまう程の力を手に入れてしまうかもしれないから」
リアーヌが真っ直ぐに俺を見てくる。今までのおちゃらけた雰囲気が一変し、息が詰まる程の緊張感に捕らわれる。
何を大袈裟な。この時は笑ったが、俺はすぐにリアーヌの言葉が大袈裟でないことを思い知るのであった――
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