五話 喧嘩を売る場合は相手をよく見ましょう

 うっ、と騎士達が息を呑む。たとえ騎士相手の訓練であろうと、剣での打ち合いは本来ご法度である。怪我を負う可能性が高く、最悪の場合は死人が出るかもしれないからだ。

 しかも、騎士団長が正式な騎士ではない相手に剣を向けるだなんて、場合によっては訴えられて罰を受ける可能性だってある。こんなところを大臣にでも見られたら、金切り声を上げて俺を糾弾するに違いない。

 俺がランベールの立場だったら、土下座してこの場から逃げ帰るか逆ギレして相手を論破しようとするだろう。それが普通の一般人の当然な反応である。


 だが……驚くことに、こういう状況でテンションが上がってしまうクレイジーな人種が存在することも、信じられないが事実なのだ。


「……つまりヴァリシュ様は、おれの実力を買ってくれているっていうことですよね?」


 怒るでもなく、恐れるでもなく。ランベールは凄みのある笑みを浮かべると、ケースを開けて一対の双剣を手に取った。

 やれやれ。まさかラスター以外にも、追い詰められた時に底力を出す人間が居たとは。


「あーらら。残念でしたね、ヴァリシュさん。ハッタリで貴族二人を騎士団から追い出すつもりだったのに、逆にやる気になっちゃったみたいですよぉ?」


 ケラケラと笑うフィア。言葉とは裏腹に楽しくて仕方がないと言わんばかりだ。


「構わないさ、そのやる気ごと粉々にしてやる。クククッ、なんだ悪役って意外と楽しいじゃないか」


 なんだろう、この高揚感は。もちろん、このまま闇落ち……などという展開には絶対にならないのだが。

 ヴァリシュという男の本領を発揮出来ている気がする。今なら何でもやれそうだ!


「あ、でもヴァリシュさん。あの人の剣、変な呪いがかかってますよ」

「……は?」


 雨が降ってきましたね、みたいなノリでとんでもないこと言ったぞこの鳩。おそるおそるランベールの剣を見ると、確かに奇妙だった。刀身は騎士団で使っている剣より一回り小型で、左右どちらも同じシンプルなデザインである。

 だが、白銀の刃からは紫色の湯気のようなモヤモヤとした何かが不気味に漂っている。


「呪い……って、まさかあのモヤモヤのことか?」

「なんだ、ヴァリシュさんにも見えてるじゃないですか。私があげた魔力のおかげですねっ」


 うんうんと頷きながら、フィアがくるくると言った。どうやらこの場で呪いが見えているのは俺とフィアだけらしい。


「うーん、そんなに根深いものじゃなさそうです。恐らく、イタズラ好きな悪魔のしわざでしょう。気にしなくていいですよ」

「気にするわ! 呪いだぞ!? この前のマリアンのようになるんじゃないのか?」

「いえいえ、シズナさんよりもずっとずっと下級の悪魔の呪いですもの。効果も似ていますが、うーん、これはですねぇ……」


 フィアのぶつくさを聞きながら、俺は視線をランベールに戻す。紫色の湯気がランベールの手首に絡まり、彼の体内へと吸収されていく。


「おれ……自分で言うのもなんですが、どんなことでも難無くこなせるんですよ。器用貧乏っていうか。だから、今まで本気で打ち込めるものが見つからなかった。そんな時にヴァリシュ様、あなたを見かけたんです」

「うん? あー、そうか、なるほど」


 どうしよう、なんか勝手に話し始めたけど、呪いが気になって全然頭に入ってこない!

 そうこうしている内に、呪いはランベールの身体を蝕み彼の手を紫色に染め上げてしまった。


「風に靡く水色の髪に、宝石を思わせる紫の瞳。触れたら散ってしまうような儚さと、剣のような強さ。おれがシェルヴェン家の跡取りだったら、権力を駆使したり、あの手この手を使ってでもあなたを手に入れたのに」

「……あれ、これデジャヴか? でも、アスファの時よりも熱量があって気持ち悪いな」

「おれはユスティーナ様がマジで羨ましいんです! 女性だったら、男よりも更に色々出来るじゃないですか! しかも合法的に!!」

「ちょっ!? ランベール! こんな公の場で何を言い出すのです、はしたないですわ!」


 ユスティーナがきゃあっ、と口元を押さえて顔を真っ赤にした。お嬢様、一体どういう想像をしているんだ。

 だが、彼女に構っている暇はない。ランベールの紺色の瞳が、ぎらりと怪しく光る。


「だから、おれ決めたんです。絶対にヴァリシュ様と同じくらい、立派な騎士になるって。国民の皆を護る為に戦える男になるんだって。また悪魔が襲ってきたら、ヴァリシュ様と一緒に戦うんです! そして無事に悪魔を倒せたら、ヴァリシュ様からご褒美で……た、たくさん撫でて貰うんです、うへへ」

「落ち着けランベール、途中から気持ち悪いぞ!」

「受け止めてください、ヴァリシュ様! おれの本気を、これがおれの全てです!!」


 気味の悪い笑みを浮かべたまま、まるで旋風のような斬撃がランベールから繰り出された。

 反射的に剣で双剣を受け止め、なんとか凌ぐ。この打ち合いだけでも伝わってくる。風のような俊敏さと、水のようなしなやかさを兼ね備えるランベールの実力が。

 なんだこれ、メネガットに叱られていた時とはまるで別人じゃないか!


「わかりましたよヴァリシュさん! やっぱりこの呪いも、シズナさんの時と同じように人の内面を暴くものみたいです。ただ、シズナさんの時は結構歪められていたんですけど、今回はそのまま理性の蓋だけ外れたって感じですかね」

「つまり、ランベールがさっきから垂れ流してる戯言は全て本音というわけか? とんでもなく気持ち悪いんだが!」 

「ええ。しかも更に気持ち悪いことに、本音が口から垂れ流れているだけで能力としては特に変化がないです。まあ、遠慮やハンデがなくなったので、本気で向かってきてはいますが。ヴァリシュさんなら余裕で返り討ちですもんねー?」


 へらへらと笑うフィアは無視して、とにかく今はランベールをどうにかするしかない。

 なんだその雑な呪いは、何のつもりでそんなものをかけたんだと文句を言うのは後回しだ。


「初めてですよヴァリシュ様、魔物以外に双剣で本気を出せたのは! 嬉しいです、あなたと本気で剣を交えられるなんて!」

「くそ、ある程度覚悟してはいたが……やり難い相手だな」


 ランベールが貴族だから、ではなく。改めて考えてみると、俺は今まで一度も双剣の使い手を相手にしたことがないのだ。

 繰り出される一撃はさほど重くはないが、変則的で予測が難解だ。右の剣を防いだかと思いきや、左の剣が急所を狙いに来る。

 ラスターやアスファとも異なる戦いに苦戦していると、野次馬からわっと歓声が上がった。


「なんだあの新人!? あんな剣は見たことがないぞ!」

「ふうむ、荒削りだが悪くない剣筋だ。双剣もなかなか面白いではないか」

「見て、ヴァリシュ様の剣……なんて無駄のない美しい剣技なの」

「あの二人、まるで踊っているみたい。どんな演劇よりも見応えがあるわ」


 剣が交わる度に、火花が散る。わあわあ、きゃあきゃあと野次馬が言いたい放題しているが、彼らを気にかけている余裕はない。

 というより、


「くそ……なんだ、これ。身体が重い、なぜだ」

「どうですかヴァリシュ様! おれの剣、騎士として通用しますか!?」


 耳を掠める剣を避け、片方だけでも叩き落とそうと剣を振る。だが、叩き落とすどころか逆に弾かれてしまった。

 なぜだ、身体が妙に重い。というより、怠い。呼吸も荒くなり、繰り出される切っ先を防ぐだけで精一杯になってくる。頭もずっしり重いし。

 いや、頭はフィアが乗ってるせいで重いのか。ていうか、ランベールはなぜ鳩を狙わないんだ!


「ま、まずいですヴァリシュさん! あの人の剣、呪いとは別に魔力を吸い取る性質があるみたいです!」

「魔力を……なんだって?」

「魔力を吸い取るんです! このままだとヴァリシュさん、カラッカラになるまで吸い取られてしわしわのおじいさんになっちゃいますよ!」


 

 

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