四話 たまには本気で悪役をしてみることにした
次の日。いよいよ入団試験も終わりが近づいてきた。
「どうですか? どうですかヴァリシュさん? 私、軽くなりましたよね? まあ最初から重くなんてなってないんですけどっ」
むふふ、と頭の上で気味悪く笑う
見た目や重さにはあまり変化がないが、多少はこの暴食ぐうたら悪魔の生活にもメリハリが出てきたので素直に褒めておこう。
「ああ、そうだな。最近健康的になってきたじゃないか」
「む、むう……色欲の悪魔としては、健康的って表現は微妙ですね。色気半減って感じがします」
「そうか? 俺は健康的な女性はとても魅力的だと思うがな」
「はー! 本当に仕方のない人ですねぇ! ヴァリシュさんがそこまで言うなら、健康的に引き締まったメリハリエロボディを作り上げてみせましょうかねぇ!!」
ふんふん。生温かい鼻息を感じつつ、俺は今日も今日とて訓練に勤しむ入団希望者を眺める。
皆、初日に比べて顔つきが随分変わった。なかなか感慨深い。
「おっはよー、ヴァリシュ」
「おはようございます、ヴァリシュ様」
「ああ、おはよう二人とも」
フィアと話していると、リネットとマリアンが駆け寄ってきた。二人とも今日も元気だ。
ちなみに、リネットはまたしても写真撮影に来たらしい。俺だけではなく、騎士達の普段は見られない訓練の様子やオフショットがウケているのだそう。
……カメラのせいで、一瞬でも気が抜けなくなってしまった。
「ところでヴァリシュ、今日はなんだか難しい顔してるじゃない。何かあったの? それともフィアが重いの?」
「なんですとー!? 最近ちゃんと運動してますもん! ちゃんと痩せましたもん!」
「わわわ! 何なのアナタ! 髪の毛ぐちゃぐちゃにしないでよー!」
俺の頭からリネットの頭へ移ったフィアが、ピンクの髪を嘴でガジガジし始めた。何だこの平和な光景は。
少し前まで、悪魔と命懸けの戦争をしていた筈なのに……まあ、いいか。
「あ、あの……ヴァリシュ様、あの二人を止めなくていいんですか?」
「ああ、放っておけ。俺は今、騎士団の今後を左右する決断に迫られているんだ」
すっきりと軽くなった頭で、俺は悩む。入団試験が終わるということは、俺には決めなければいけないことがある。
「きゃあああ!」
「ユスティーナ様! 怖いのはわかりますが、もっと斬り込む時はもっと踏み込んでください!」
……違う、こっちじゃない。
「ぐっ、うわ!?」
「はあ……ランベール殿、少し休憩しましょう」
メネガットに木剣を払い落とされ、ランベールがその場で膝をついた。そんな彼から視線を外し、重々しいため息を吐きながらメネガットが俺の方に駆け寄ってくる。
「申し訳ありません、ヴァリシュ様。わしの思い違いだったようです」
「思い違い? メネガット隊長さん、ランベールがどうかしたの?」
俺が口を開くよりも先に、リネットが不可解そうに割り込んでくる。一瞬呆れたように彼女を見やりつつ、改めてメネガットが俺の方を見た。
「え、ええっと……ランベール殿の筋は悪くありません。私兵でサーベルを扱っていた癖がはまだ抜けませんが、矯正出来る範囲でしょう。ですが……なんというか、ここ数日の間に動きがどんどん悪くなっています」
「ふむ……疲れが溜まっているせいか? それとも、体調が優れないか」
「疲れも確かにあると思いますが、今の彼は面接試験の時に感じた意欲が薄れています。理由はわかりませんが、残念です。鍛えがいがあると思ったのですが……あの様子では、騎士としてやっていく資格はないかと」
「そんな! ランベールはユスティーナと同じか、それ以上に騎士団に入りたがってたのに。それに、彼って結構強いのよ? それなのに騎士になれないなんておかしいわ! ヴァリシュも何か言ってよ!」
リネットが俺の手を掴んで見上げてくる。俺は彼女を見てから、次にランベールの方に目を向ける。ここからでは遠く、彼の表情はよく見えない。
だが、メネガットの言いたいことはわかるし理解も出来る。騎士団にとって、意欲は技術を上回る。よって、ランベールに騎士としてのやる気がないのなら、彼の入団を許可することは出来ない。
……正直、俺の居心地の良さだけを追求するならば、このままランベールの行く末を見守るだけなのだが。
「メネガット隊長、ランベール殿のことは俺に任せて欲しい」
「む、何か考えでも?」
「自分の思い通りにならないといじけた若僧の根性を、容赦なくぶちのめしてやる」
よし、腹を括った。リネットの手を離して、俺はランベールの元へ向かった。左手にはサイラスに押し付けられたケースがある。
貴族などには可能な限り関わりたくないが、どうせ追い出すならとことんまでやってやりたい。
「ランベール殿、少しお時間いいだろうか」
「あ、ヴァリシュ様」
「ここ数日、調子が悪いようですが如何なさいました?」
俺がランベールに声をかけるなり、周囲がざわつく。ランベールはしょげた顔で俺を見るも、すぐに視線を逸らしてしまった。
「いえ、その……すみません。少し疲れが出てきたみたいで。身体が思うように動かなくて」
「そうですか。てっきり俺は、あなたは騎士団でも自分の実力を発揮出来ないことがわかっていじけているのかと思っていました」
「なっ!」
流石に俺の物言いにカチンときたのか、ランベールが俺を睨んできた。
ふむ、少しはいい顔になった。
「あなたは俺に憧れて騎士団に入りたいと言ってくださいました。恐らくその気持ちに間違いはないでしょう。しかし、あなたは俺への憧れよりも、自分が俺のように活躍出来ると思って騎士団への入団を決めた、違いますか?」
「そ、それは」
「いえ、言い方を変えましょう。あなたは上級貴族だが、シェルヴェン家の跡取りにはなれない次男坊。後継者争いからは身を引いたものの、代わりに自分の剣でのし上がろうとした。でも、自分の剣が騎士団では通用しないことが気に食わない。そうでしょう?」
「ち、違います! そんな、そういうわけでは」
「お待ちください、ヴァリシュ様! ランベールは、そのようなつまらない不満で使命を蔑ろにするような者ではありませんわ!」
必死に弁解しようとするランベールと、彼の援護に回るユスティーナ。周りの騎士達も訓練を止めて、俺達の方に集まってきた。
いい感じに場が整ってきたじゃないか。
「ちょっとヴァリシュさん。あの二人を焚き付けてどうするんです? 面倒見てあげるんじゃなかったんですか?」
「最初からそのつもりだ。だがなフィア。本来の俺は悪役だ。だから、たまには本領を発揮してみようと思ってな」
出来るだけ悪い笑顔を作ってみれば、頭の上でフィアがきゃあっ! と黄色い声を上げる。
色々と考えてみたが、一番手っ取り早い方法がこれだった。
「お下がりください、ユスティーナ様。今、俺はランベール殿と話をしているのです」
「で、ですが」
「――下がれ、と言っているのが聞こえないのか?」
びくりと、ユスティーナとランベールが肩を震わせた。内心、貴族相手に傲慢とも呼べる言動に俺もビビっているが、もう後には引けない。
「これは騎士団を預かる長としての命令だ。俺の命令を聞けないのなら、誰であろうと騎士団に置くことは出来ない。やる気が無いなら、とっとと実家に帰れ」
「そんな」
「だが、チャンスはくれてやろう。ランベール、これはお前の剣らしいな」
持っていたケースを放るように投げ渡せば、ランベールが慌てて抱き込むようにして受け取った。
「わわ、えっええ!? どうしてこれが……サイラス様に預けていた筈なのに」
「今この時に限り、その剣を使うことを許そう。相手は俺だ。そして、俺も自分の剣を使う」
俺は自分の剣を抜いて、ランベールに突き付ける。アスファを滅した剣だ、と誰かが戦慄くように言ったのが聞こえた。
「ランベール・シェルヴェン。お前が本当に騎士になりたいのなら、俺に示してみろ。お前の本気を、お前の意地を。俺は手加減しない。殺しはしないが、腑抜けた根性で剣を振るうなら、その心を圧し折るくらいはしてみせるぞ」
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