三話 来て欲しくない客人ほど、思わぬタイミングで来やがる現象に名前はあるのか?
※
それから更に数日後。今日から剣の訓練が始まった。全員鎧の重さにも慣れたようだが、剣を振るとなるとまた違うらしい。
「きゃあ!」
「ユスティーナ様、腰が引けていますよ。それでは敵の思うつぼです!」
「は、はい!」
ヴィルガの叱咤に、ユスティーナが息を切らしながらも取り落とした木剣を拾い上げる。練習用の木剣は本物の剣をよりも軽いが、腕や足だけではなく日常生活では使わない全身の筋肉を酷使するので結構キツい。
ユスティーナの消耗が大きいようだが、まだ訓練を始めてから十分しか経っていない。止めるべきか、もう少し続けるべきか。
どうしようかと迷っていると、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「やっほー、お疲れヴァリシュ。あら? 今日はフィアは居ないの?」
「ああ、リネットか。フィアなら城で昼寝中だぞ、あいつに何か用なら勝手に入って良いが」
駆け寄ってきたリネットの方を向く。今日は特にリネットに用は無いので、てっきりフィアと遊ぶ約束でもしていたのかと思ったが。
「はあー……アナタのそういうところ、錬金術でも直せそうにないわね。あ、でもヴァリシュの部屋にお泊り会っていうのはいいかもしれないわね!」
「いや、流石にそれは困る」
「あ、お泊り会の話はまた今度にするとして。ヴァリシュにお客さんが来てるからちょっとこっちまで来てくれない?」
「客? こんな場所までわざわざ来たのか」
リネットに連れられて、野外訓練場の外に設けられた休憩所へと向かう。城内の訓練場ならばまだしも、城壁の外までやって来る物好きはリネット以外に心当たりがないんだが。
何か約束をしていただろうか、用事を忘れていたりしないだろうか。などとあれこれ考えるも、心当たりがない。
当然だった。そこに居たのは、意外な人物だった。
いや、意外というか……ほぼ忘れていたというか。
「お久しぶりです、ヴァリシュ様。お忙しいところにお邪魔して申し訳ない」
「え……さ、サイラス様!?」
アタッシュケースのような細長いケースを手にした、ぴしっとした佇まいの紳士に声が裏返りそうになる。よかった、名前を思い出せて。
ユスティーナの実家……ミラージェス家の私兵姿でいてくれて助かった。
「ええっと、申し訳ない。その、俺はサイラス様と何か約束をしていたでしょうか? ここ数日何かと立て込んでいて、お手紙や書状の整理が出来ていなくて」
「いえいえ、特に約束はしていませんよ。今日は少々時間が出来たので、ユスティーナ様とランベールの様子を見に来たのです」
「アタシがサイラスさんをここまで案内したのよ。この人、お城の前でうろうろしてたから」
「ははは、いや……お恥ずかしい」
ドヤ顔のリネットに、サイラスが困り顔で笑った。なるほど、確かにここで訓練をしていることは公にはしていなかった。行き違いになっていたのは無理もない。
それにしても、リネットはサイラスに対してもこうなのか。本当にコミュ力おばけだな。
って、それどころじゃないか。
「そ、そうですか。それなら、ユスティーナ様とランベール殿にお会いになられますか? 呼んで参りますが」
「いえ、それは遠慮しておきます。二人の邪魔をしたくはないので」
そう言って、サイラスが再び訓練場の方へ目を向けた。ここからでは訓練場まで少し距離があるので、よく見えないと思うが。
「そうだ、ヴァリシュ様。これから少しだけ、私にお時間を頂けませんか?」
「これから? ええ、構いませんが」
嫌だというのが本心だが、恐らく二人のことで話があるのだろう。出来るだけ平常心を心掛けながら頷くと、サイラスが視線をリネットに移した。
「リネット殿、少し席を外して頂けないでしょうか。少々込み入ったお話がしたいので」
「え? うーん、わかったわ。じゃあ、暇潰しがてら訓練の様子でも撮影してくるわ」
「ヴァリシュ様、我々も訓練場の方に行っておりますので、何かあれば呼んでください」
そう言って、リネットと休憩していた数人の騎士が休憩所から出て行った。
他の人に聞かせたくない話、というわけか。貴族特有のやり方に、胃がキリキリと痛む。
「ヴァリシュ様。この度はランベールだけでなく、ユスティーナお嬢様のわがままを聞いて頂き、改めて感謝申し上げます」
誰も居なくなったのを見計らい、サイラスが頭を下げた。
「ユスティーナお嬢様は亡き奥方様によく似ており、無鉄砲なところもありますが思慮深く健気な方です。そんなお嬢様のことを、主人は本当に可愛がっておられるのです」
「はあ、やっぱり」
「ですが、これ以上騎士団に負担をかけるべきではないというのも、また事実です」
サイラスの声が、少しだけ厳しくなる。
「ユスティーナお嬢様は、主人とある約束を交わしました。騎士団長であるヴァリシュ様から、騎士に相応しくないと言われた時には潔く諦めるようにと」
「え、なんかいつの間にか巻き込まれてる」
「申し訳ない。お嬢様は頑固というか……一途なので、ヴァリシュ様のお言葉以外は聞いてくださらないのです」
大真面目な顔でサイラスが言う。知らない内に責任を擦り付けられていたようだが、考えようによっては朗報だ。
要は、俺の采配一つでユスティーナを入団試験で落としてもいいということなのだから。
それはとても魅力的な提案だと思った。
……でも、
「サイラス様。騎士団では貧民だろうが貴族だろうが、基本的に能力と意欲がある者は全て受け入れる所存です」
「それは、どういう意味ですか?」
「ユスティーナ様を見ていると、俺への恋慕だけで騎士団へ応募してきたとは思えないのです。こう、上手く言えないのですが……彼女は恐らく、多くの人の為に自分に出来る何かを探している最中なのではないでしょうか」
ユスティーナが頑なな性格なのは、嫌というほど思い知った。だが、俺に近づきたいという企みだけでこんなに頑張れるものなのだろうか。
現に、ミーハー気分で試験を受けた者は他にも居た。そのほとんどは、これまでの試験でとっくの昔に脱落している。
そうならないということは、ユスティーナには自分でも気づいていない夢があるのかもしれない。
「正直なところ、上級貴族のご令嬢に何かあったらどうしようと今でもハラハラして落ち着かないです。ユスティーナ様はお世辞にも身体的に優れているとも思えない。でも、俺は誰かの夢を邪魔したり、摘み取ったりするようなことはしたくない。だから、ユスティーナ様がご自分でご自分の道を見つけるまでは見守ろうと思います。ああでも、少しでも危険だと判断した時には力づくでも止めますので」
「なるほど……ふふ、ははは。流石はヴァリシュ様。杞憂だったようですね」
堪え切れなかったのか、サイラスが破顔した。あれ、何で笑われたんだ? 結構大真面目に、必死に言葉を対貴族用に考えたのに。
「失礼。そういうことであれば、今後のことも全てヴァリシュ様にお任せします。どうぞ、二人をよろしくお願いします。それから、これをランベールに」
「これは?」
「ランベールの剣です。彼は双剣を得意としているのですが、騎士団では使わないからと私に押し付けてきたのです」
しかし、とサイラスが続ける。
「規律に違反することは存じておりますが、ランベールが備える本来の素質を測るには必要なのではと思いまして。ヴァリシュ様にお渡ししますので、必要があればご利用ください」
では、私はこれで。俺にケースを強制的に押し付けてから、サイラスはその場から立ち去る。
すると、入れ違いにヴィルガがふらふらと休憩所へやって来た。長く重いため息を吐きながら、備え付けの長椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「ヴィルガ隊長……大丈夫か?」
「……ヴァリシュ様。他人は自分の鏡であるということを始めて理解しました。隊長の座にあぐらをかいていた自分が恥ずかしいです」
哲学的なことを言って頭を抱えると、しばらく彼女は何も話さなくなってしまった。醸し出される哀愁が考える人に似ている、と言ってもこの世界では笑いすらとれないので黙っておこう。
彼女の自主性に任せるなどと宣言したのは悪手だっただろうか。ずっしりと重いカバンを抱えたまま、俺は早くも後悔してしまっていた。
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