二話 努力は素質や才能を凌駕する……と、信じてはいる


 それから特に大きな問題などは起こらないまま、筆記試験も終了した。ここまでで不合格になったのは約半数。ふるいとしてはいい感じだ。

 そして今日から実技試験が開始された。まずは準備運動がてら、騎士の鎧を着てランニングである。場所は先日俺が魔法の訓練をした野外訓練場。

 今日は走りやすいように事前に縄でトラックを作っておいたのだが、ぱっと見だと野球部が走ってるみたいで、シュールさが腹筋にジワジワくる。


「はー、改めて見ると人間って大変ですねぇ? 翼があれば、どこへでもぴゅーって飛んでいけるのに」


 今日も鳩の姿で居るフィアは、俺の頭の上で呆れたように言った。

 翼があるにも関わらず、俺を乗り物扱いしていることに対しては何を思っているのだろうか。


「あんなに汗だくになって走らないといけないとは、人間は優雅とは真逆の生き物ですねぇ。ヴァリシュさんもそう思いますよね?」

「優雅では無いだろうが、ランニングは結構いい運動になるんだぞ。汗をかくことも美容にいいらしい」

「ふーん、そうなんですか。まあ私には関係な――」

「ところでフィア。お前、最近重くなってないか?」


 なんか、頭がずっしりしてきた気がしたんだが。俺がうんざりと言うと、たっぷりとした沈黙の後でフィアが重たい嘴……ではなく、口を開いた。


「……気のせいでは?」

「そうか」

「知らないんですかヴァリシュさん、悪魔はどれだけ食べても太らないんですよ」

「俺の気のせいだったのなら謝るよ」

「……走るのって、本当に美容に効果あるんですか?」

「試してみたいなら、付き合ってやろうか?」

「仕方ないですねー! ヴァリシュさんがそこまで言うなら、付き合ってあげますよ!」


 ふんふんと意気込むフィア。果たしてランニングが悪魔にも効果があるのかは知らないが、最近はまた暇そうにしているからな。

 興味を持ったのなら、付き合ってやろう。


「それで、今日は皆さんを走らせるだけですか? 剣で戦ったりしないんですか?」

「剣はまだだ。とりあえず、鎧の重さに慣れて貰いつつ、どれだけ体力があるかを見たい」

「ふーん、なんか地味ですねぇ」

「最初はこんなものだ。それでも、今年はかなり優秀だぞ。去年までだったら、鎧を着た時点で何十人も音を上げて脱落していたからな」


 開始から十分くらい経っても、まだ一人もひっくり返る者は出ていない。面接と筆記を通過しただけあって、実技でもなかなか見どころのある者が揃ったようだ。

 ただ、一人を除いては。


「ふう、ふう……」

「ユスティーナお嬢様ー、あまり無理をしない方がいいですよー」

「だ、大丈夫ですわ! これくらい、なんてことありません!」


 先頭を走るランベールが、最後尾のユスティーナに向かって声を飛ばした。トラックを走っているので錯覚してしまうが、ユスティーナは周回遅れである。


「……あのお嬢様、大丈夫なんですか? なんか走り方がドタバタしてますけど」

「やはり、彼女は運動が苦手なようだな」


 思わず頭を抱えたくなった。彼女はどう見ても運動に向いていない。運動オンチというか、なんというか。毎日自分なりに訓練していたとは言っていたので、体力自体は人並みのようだが。

 対して、ランベールはやはり筋がいい。足も速いし、体力もある。最初は皆、鎧の重さに四苦八苦するのだが、彼はすぐに慣れたようだ。


「ほほう。あの若造、やはり優秀ですな。わしの目に狂いはありませんぞ」

「ええ。彼は筆記でもトップの成績でしたからね」

「貴族であるにも関わらず、親しみやすい性格……ヴァリシュ様やラスター様とはまた違うカリスマ性を感じます」 


 いつの間に居たのか、メネガットとヴィルガとエルーが俺の後ろに並んで、ニヤニヤとこれ見よがしな笑みを浮かべて言った。

 既に隊長達はランベールに一目置いているらしい。まあ、それはいい。ランベールのことは後だ。


「問題はユスティーナ様だ。お前達はどう思う?」

「はっはっは! ……やる気だけは買いますぞ」

「凄く努力家ではあると思いますが、こんなにも『素質』というものを見せつけられたのは初めてです」

「自分の部隊に彼女が居たら、と想像すると寝られなくなりそうです」


 散々な言われようである。全部同意だけど。

 

「はあ……面接や筆記ならまだしも、こういう泥臭い実技ではすぐに音を上げるかと思ったんだがな」


 ユスティーナとランベールの根性が予想外だった。


「ヴァリシュ様、先日ミラージェス伯爵にお伺いの手紙を送ったそうですが、返事は来たのですか?」

「ああ。『娘が納得するまで付き合ってあげて欲しい』だそうだ」


 隊長三人からため息が漏れる。子供の意思を尊重する、という意味では立派な親かもしれないが。

 正直、もう少し強引にでも何とかして欲しかった。


「ヴァリシュ様、これから如何しましょう?」

「このまま予定通りに進めてくれ。貴族とはいえ、目立った問題が無いなら、いよいよこちらも腹を括るしかない」

「はっ、了解しました!」


 三人に指示を出して、持ち場に戻らせる。

 すると、今度はアレンスが俺の元に駆け寄ってきた。書類仕事を片付けていた筈なのだが、彼の手には一通の手紙が握られている。


「ヴァリシュ様、少しよろしいですか? ラスター様からお手紙が届いておりまして」

「ラスターから手紙? 俺にか?」

「はい、こちらです。中身は見ていませんので」


 そう言って、渡された一通の手紙。雑だがちゃんと糊で封がされた――封蝋というオシャレな文化も存在するが、ラスターにそういった教養は無い――いたって普通の手紙だ。

 面倒だと思いつつ、封を破る。フィアも内容が気になるのか、鳩のまま落ちるのではないかと思うくらいに前のめりになっている。


「何ですか? あの勇者さんからお手紙だなんて、似合わなすぎて不気味ですねっ」

「確かに。まあ、あいつが手紙を送ってくるということは急ぎではない用事か、もしくは面と向かって話し難い内容か」


 見慣れた字に視線を落とす。フィアが言うように、ラスターは手紙を書くよりも、直接会って話をしなければ気が済まないタイプだ。

 それなのに、手紙を寄越してくるということは。俺の勘は正しかった。

 ……正しかった、が。


「んんん? 字がクセ強めなのと、逆から見てるので読み難いですねぇ。ヴァリシュさん、なんて書いてあるんですか?」

「言い訳じみたことがごちゃごちゃと書いてあるが、要約すると……スティリナという国を調べる為には、俺の過去も調べなければならなくなってしまった。ということへの詫びらしいの」

「詫び? ヴァリシュさんと勇者さんって、物心つく頃から同じ孤児院で育った幼馴染なんですよね? 何を調べるんですか?」


 フィアが腑に落ちないと言わんばかりに首を傾げる。確かにそうだ。お互い今更隠すことがないくらいの付き合いなのに、今更何を調べようというのか。

 記憶を掘り起こしてみても……思い当たるようなものはないな。


「よし、放っておこう。俺はとにかく忙しいんだ、ラスターに構っている暇なんかこれっぽっちも無い」

「は、はあ。しかしヴァリシュ様、一言だけでもお返事をした方がよろしいかと思いますよ? ラスター様は意外と繊細な方ですから」

「後で時間が出来たらな。机の上にでも置いておいてくれ」


 丁度ランニングが終わったので、俺はアレンスに手紙を返すとそちらへ向かった。


 以降、手紙の存在をバッチリ忘れてしまったのは……秘密である。

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