五話 忘れていたわけではなく、思い出す暇が無かったのだ

「お久しぶりです、ヴァリシュ様。わたくし達は説明会に参加していたのです」

「そうなんです。まさかヴァリシュ様が直々にお話をしてくれるとは想定していなかったので、感激で胸が張り裂けそうです!」


 ロングスカートの裾を摘みながら恭しくお辞儀をするユスティーナと、ビシッと一礼するランベール。二人揃ってシンプルな服装だが、溢れ出る貴族オーラを隠せていないせいで周りが今までとは違うざわつき方をし始めた。

 無理もない。この説明会には平民だけではなく、貧困で何日も風呂に入っていなかったり、食事にも困るような貧民まで来ていたのだ。他にも騎士団への入団を希望する貴族は居たが、代理人を寄越している者がほとんどだったのだが。


「あわわわ、まさか貴族の方々が直接足を運ばれるだなんて」

「……あのー、女騎士さん? あなたも貴族なんですよね? 何でそんな反応なんですか?」


 真っ青な顔でカタカタと小刻みに震え始めたマリアンに、フィアが呆れたように溜め息を吐いた。まあ、マリアンの実家であるドレッセル家は階級としては中級で、社交ではなく戦功でのし上がった貴族だからな。

 貴族の中でも、社交的な部分では弱いのだろう。


「あら、ユスティーナにランベール。本当に来たのね? やっぱり騎士団の求人に応募するの?」

「ご機嫌よう、リネットさん。もちろんですわ。わたくし達は騎士となって、ヴァリシュ様と共にこのオルディーネをお護りすると決めたんですもの」


 マリアンとは対照的に、リネットは殺人未遂事件以降も交流が続いているようで、すっかり友人関係になっているらしい。

 リネットのコミュ力、分けて欲しいくらいだ……って、ちょっと待て!


「わたくし達って……ええっと、ランベール殿は確か以前に騎士になりたいという話を聞いた覚えがありますが、ユスティーナ様も?」

「はい、わたくしも騎士になりたいのです! いえ、なります!!」


 確固たる決意を瞳に宿しながら拳を握り締めるユスティーナに、頭痛がしてきた。どうしよう、ランベールはまだしも、どう見ても箱入りなお嬢様が騎士になるだなんて、絶対に無理だ。

 

「わたくし、この時の為にランベールと共に日々訓練を重ねてきたのです。座学だって自信があります。ヴァリシュ様の将来の妻として恥じないよう、全力を尽くしますわ!」

「妄想が飛躍し過ぎじゃないか!?」

「しかも、いつの間にかヴァリシュさんの奥さんになっているだなんて! 許せませんっ」

「そそそ、そうですよ! 自分をご覧ください、騎士であってもヴァリシュ様の奥様になれるわけじゃないんですよ!?」

「いや、ストレートに言っても伝わらないくらいの鈍感男だから、いっそのこと既成事実を作るくらいのことをした方がいいのかもしれない」


 むぐぐ、とそれぞれの悔しがり方をするフィアとマリアンとリネット。どうしよう、こんな時に限ってアレンスや他の隊長達は居ないし。

 助けを求めるようにランベールの方へ目を向けると、何か察したのか意味深な笑みを浮かべてバチンとウインクしてきた。


「お言葉ですが、ユスティーナ様。確かに、これまで訓練を共にしてきましたが……これからはヴァリシュ様のお隣を奪い合うライバルです。いつものような手加減は一切しませんので、お覚悟を!」

「上等ですわ!」

「ランベール殿⁉ なんでこのタイミングでユスティーナ様を焚き付けるんですか!」


 くそう、期待した俺が馬鹿だった!


「ちょっと、ヴァリシュさん。この娘、本気で騎士の入団試験受ける気みたいですよ? 良いんですか?」

「……後で伯爵にお伺いの手紙を送ってはみるが。俺に出来るのは、そこまでだな」


 コソコソと耳打ちしてきたフィアに、溜め息混じりに俺は答えた。子持ちでも何でも来い! というコンセプトで始めてしまった以上、上級貴族だという理由でやる気満々のお嬢様を追い返すことなど出来ない。

 出来るだけ騎士が危険な仕事であることを煽って、伯爵からユスティーナに引き下がるよう説得して貰えるよう期待するしかない。


「ではヴァリシュ様、わたくし達はそろそろ失礼します。行きますよランベール、お屋敷まで競争ですよ!」


 再び優雅にお辞儀をすると、ユスティーナがくるりと踵を返してそのまま走って行ってしまった。城内は緊急時以外、走るのは禁止なんだが。

 そして、ランベールはなぜかこの場に留まったままだ。


「いやあ、おれが言うのもなんですが、ユスティーナ様の勢いって凄いですよね。恋する乙女ってやつでしょうか。うーん、ヴァリシュ様に堂々と恋心を伝えられるなんて羨ましい。おれは最近、男に生まれたこの身が悔しいとさえ思います!」

「……ランベール殿、変なフラグを立てようとしないでください。それから、ユスティーナ様は行ってしまわれましたがよろしいのですか?」

「あ、大丈夫です。外にサイラス様も居ますし、多分余裕で追いつけるので」


 ポリポリと頬を指で掻きながら、ランベールがユスティーナが走って行った方を見やる。確かに、お世辞にも彼女は足が速いとは言えなかった。フォームもなんかドタバタしてたし。


「それよりも、おれ……ヴァリシュ様にお聞きしたいことがあるんですよ」

「俺にですか?」


 なんだ、まだ何かあるのか。どうもランベールは舎弟……ではなく、後輩のような懐き方をしてくるので忘れがちだが、彼も位の高い貴族なので敬語対応である。


「はい。リネットさんから聞いたんですけど……騎士が扱う剣には特に決まりが無いって、本当ですか?」


 何やら困った様子で、ランベールが俺やマリアンの剣を見比べる。そういえば、剣のことは前にリネットにも話したな。

 あれは結局、俺の為に剣を作ってくれる為の調査だったようだが。


「ええ、体格や腕力には個人差がありますので。汎用品ではなく、各自で用意して貰っても……いや、そういえばランベール殿は私兵の時にサーベルを使っていたんでしたか。やはり、使い慣れた剣の方が良いのでしょうか?」


 おそらく、ランベールはサーベルの方が扱い慣れているのだろう。騎士団で使っている剣は両刃で、サーベルは片刃だ。戦い方も根本的に違ってくるので、それは流石に厳しいかもしれない。

 いや、それとも騎士の武器を多様にすべきだろうか? 剣だけだとどうしても単調になりやすいからな。今後は弓矢や槍の扱いも強化していきたいし。

 なんてことを考えていると、俺の言葉を遮るようにしてランベールは首を横に振った。


「ああ、いえ。確かにミラージェス家ではサーベルを使っていましたが、おれは……その……自分の剣があって」

「ご自分の剣ですか?」

「はい。実はおれ、双剣が一番得意なんです。幼い頃からずっと習っていたので」

「あ、そういえばシェルヴェン家は元々国外から移住された貴族なんですよね?」


 マリアンの話によると、ランベールの実家であるシェルヴェン家は元々国々を渡り歩いていた行商であり、先々代とミラージェス家の親戚筋が結婚したことで今の地位を得たのだとか。だから、オルディーネに広まったいくつかの他国文化はシェルヴェン家が持ち込んだものと考えて良いらしい。

 双剣もその内の一つだ。俺も知識としては知っているが、この世界で見たことは無い。どうしたものかと俺が黙り込んで考えていると、ランベールが慌てて口を開いた。


「や、やっぱり何でもないです! 騎士になる前から剣のことで悩んでいる場合じゃないですよね!」

「え、いや」

「とにかく、おれもユスティーナ様に負けないように頑張りますので。見ててくださいね、ヴァリシュ様!」


 それでは! 一方的に捲し立てるなり、ランベールもユスティーナを追うようにして走り去って行った。

 だから城内は走るの禁止なんだが……まあいい。それよりも、


「わわっ!? ランベール様……足が速いですね。ヴァリシュ様ほどではないとはいえ、その次くらいには俊足なのでは?」

「その言い方は褒められていると捉えて良いのか微妙だが……確かに、よく訓練された良い動きだ」


 マリアンの言葉に同意する。ほんの一瞬だったが、ランベールはただ足が速いだけではなく、前方に居る人間や障害物を最小限の動きだけで避けていた。細身だが柔軟性がある身体は、よく鍛えられているのだろう。

 今までは無駄にハイテンションな若者だと思っていたが……ランベールは、意外と見込みがあるのかもしれない。


「だが、貴族とは出来るだけ関わりたくな……じゃなくて。貴族だろうが、試験は入団希望者全員に受けて貰わなければいけないからな。ああ、残念だ。座学や面接次第で、ランベール殿のような逸材を失うかもしれないなんて。とても残念だ!」

「ヴァリシュ……貴族の部下なんて持ちたくないっていう本音がダダ漏れなんだけど?」

「ま、まあ入団試験は大事ですから。自分も気を抜かずに頑張ります!」

「欲望に忠実なヴァリシュさんは素敵です! それでこそ、次期悪魔王さまですねっ」


 やれやれと肩をすくめるリネットに、苦笑しつつも緊張感を漲らせるマリアン。フィアだけは何を言っているのかわからないが、とにかくやることは変わらない。

 皆で手分けをして、試験の準備を進める。そうこうしている内に、入団試験の日はあっと言う間にやってきた。

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