四話 モテている、というよりは圧力をかけられている気がする


「あの、ヴァリシュ様。今日のお話を聞く限り、わたしのような小さな子供が居る母親でも騎士に戻れる、ということでしょうか!?」


 説明会の後、二人の子供を抱えながら人混みを掻き分けてヘレンが駆け寄ってきた。城内保育所の件もあってか、子連れの者も結構来ていたようだが、彼女もその内の一人だったか。


「ああ、そうだな。先程も言ったように試験は受けて貰うし、騎士の場合はブランクがある為、もう一度見習いから初めて貰うことになるが。その辺りは体力や勘を取り戻す為なので理解して欲しい」

「それは大丈夫です。でも、何故ですか? 子持ちの母親に、そこまで手を掛ける理由がわからないんです」


 戸惑いの表情で、ヘレンが聞いてきた。質疑応答の時間を設けていたのだが、大勢の前で質問して良い内容か迷っていたのだそう。


「ふむ、そうだな……理由は二つある。一つは適材適所。同じ人間でも、一人一人が適している職業は違う。裁縫が得意な者もいれば、身体を動かしたい者も居るだろう。そこに男女差は存在しないし、優秀な人材を放置しておくのは勿体ない。特に騎士団は人数と質、どちらも外せない」

「なるほど」

「二つ目の理由は、子育てを理由にやりたいことを諦めて欲しくないと思ったんだ。これからのオルディーネ王国はどんどん発展していくだろう。個人の生活の質も上がっていくが、そうなると子供が減っていく。子供を産んで育てる暇が無いからな。だから働きながら、自分のやりたいことをやりながら子育ても両立出来るようにしていきたいんだ。家族単位では難しくとも、組織や国で子供を育てると考えれば少しは余裕が出てくるとは思わないか?」


 ヘレンが抱える赤ちゃんと、彼女と手を繋ぐカールを見比べる。この世界にまで少子高齢化の問題を持ち込みたくはない。その為には個人の尊重と、子供の養育を隣り合わせで考えていくべきだ。

 だからこそ、国のトップである城からその姿勢を見せていくことが大事なのだ。俺達が成功すれば、城下でも保育所の数を増やす為の難易度は低くなる筈。


「……ヴァリシュ様、本当に独身ですか?」

「え、どういうことだ。何でそんなことを聞くんだ?」

「い、いえ! 深い意味はないんです! ただ、子供を持つ親の気持ちをよくご存じでいらっしゃると思いまして」


 顔を真っ赤にしながら、ヘレンが慌てふためく。そりゃあ、前世で毎日のように少子高齢化に関する話題を見ていたからな。

 ただ、今も昔も子供を育てたことなどないので、ヘレンにそう言って貰えて良かった……のか? 悪くはないよな、うん。


「わたし、もう一度騎士になります! 騎士になって、ヴァリシュ様の下で働きたいのです!」

「ああ、楽しみに待っている。これが履歴書だ。期日までに必要個所に記入して持ってくるように」

「はい、了解です!」


 びしっと敬礼をしてから白紙の履歴書を受け取って、ヘレンはその場を後にした。これは何日か前に調べて知ったことだが、ヘレンは結婚する前まではかなり腕の立つ騎士だったようだ。

 やる気がある優秀な人材は歓迎だ、どんどん活躍して欲しい。


「ほーう? 今度は子持ちの人妻ですかぁ? 騎士団長様はほんっとうにモテモテですねぇ」

「……ふっ、悪いなフィア。俺は学習する男だ。お前がどこで聞き耳を立てていようが、どこから現れようがもう驚いたりなどしないぞ」


 背後から聞こえてきた声に、俺は思わず不敵に口角をつり上げた。鳩になったり窓から覗いていたりと、悪魔特有の行動でこれまで何度も驚かされたが、なんだかんだ言って彼女とは長い付き合いだ。

 彼女に背後を取られるくらいでは――騎士として悪魔に背後を取られるのは如何なものか、とは考えてはいけない。フィアの場合は殺気がないから気付きにくいのだ――もう驚いたりしない。

 そう、驚きなどしなかった……背後を振り向くまでは。


「へぇー、そうなの。確かに今の人、キレイな人だったけどねぇ? ヴァリシュって、もしかして禁断の恋に燃えるタイプだったりするの?」

「き、きき既婚者の方に求愛するのはいけないと思います! それに、ヘレン様は騎士団でもおしどり夫婦って有名なんです。だから駄目です!」

「ちょっ、リネットにマリアンまで!? いつからそこに居たんだ!」


 地獄の番犬ケルベロスかと思ったら、フィアとリネットとマリアンだった。なんだかんだ仲が良いな、こいつら。

 ていうか、何かとても不本意な勘違いをされてないか?


「うーわ、やだやだ慌てちゃって。アタシはアナタに呼ばれたから来たのよ、作って欲しいものがあるって言ってたじゃない!」

「じ、自分は最初からここに居ました! 説明会の最初から最後まで、ミスせずお手伝い出来ましたよ!」

「ふふん、実は私も説明会が始まる前からこの会場に居ましたよ。ヴァリシュさんが緊張でカチコチになっているのをバッチリ見守りました!」


 リネットは頬を膨らませ、マリアンはあわあわと慌てて、フィアはニヤニヤ笑っている。とりあえずフィアに関しては放置しておこう。


「そ、そうだったな。ご苦労だった、マリアン。アレンスとお前が居てくれて助かった」

「ヴァリシュ様もお疲れ様でした。無事に説明会を終えられて良かったですね」


 俺の労いに、マリアンが胸に手を当ててほっと安堵の溜め息を吐いた。それから、とリネットの方を見やる。


「それからリネット。お前にカメラ……ええっと、人物の顔や景色などを記録出来るような物を錬金術で作って欲しいんだが。今のところ、人物の顔を記録するには似顔絵くらいしかないし、非効率だろう?」


 今年から履歴書に顔写真が付けられるようにしたいと、リネットに要望を伝える。カメラの仕組みには詳しくないが、イメージを伝えるだけでも彼女のやる気を出させるには十分だった。


「なるほど……確かに一人分の似顔絵を描くのって、かなり時間がかかっちゃうもんね。その瞬間を紙に記録するかぁ。ヴァリシュってやっぱり頭良いわね! 発想力が凄いわ!」


 さっきまでの不機嫌顔はどこへやら、すっかり目をきらきらさせてカメラのレシピを考え始めている。前世の記憶を掘り返しているだけなので、褒められると少々複雑なのだが。


「出来そうか? 研究費なら援助するし、完成品は相応の値段で買い取るぞ」

「わかったわ。この天才錬金術師リネットちゃんに任せなさいっ。あ、でも……一つ、お願いがあるんだけど」

「何だ、必要なものがあるなら言ってくれ」

「ふっふっふ。ずばりヴァリシュ、アタシと付き合って欲しいの!」

「別に構わないが……今度はどこに行きたいんだ? 遠出なら前もって言ってくれ。俺も色々と忙しいからな」


 びしっ! と人差し指を突き付けてくるリネットに首を傾げる。今更改めて言われるまでもなく、リネットの採取には付き合ってやるつもりなのに。

 不思議だ。しかも何故だろう、注がれる視線がとても痛い。


「……絶対にそう言ってくると思ったわ! ヴァリシュのバカ! この鈍感男!!」

「急に貶された!?」

「り、リネットさん……急に何を言い出すんですか、びっくりしましたよ」

「ふふん、私はわかってましたー。ヴァリシュさんは顔に似合わずドがつく程の天然さんですからね。そういうノリは通用しませんよ、うふふふ」

「な、何だ……何なんだ、全然わからないぞ」


 三人だけではなく、周りの人間までやれやれと溜め息を吐いている。何だろう、この生温かい視線は。居心地が悪くて、呆れられている理由を聞こうとした。

 その時だ。


「なるほど。流石はヴァリシュ様、とてもおモテになるんですね! 壇上でのお姿も素晴らしかったですから、この人気は当然でしょう。ユスティーナ様もそう思いますよね!」

「うう……ランベールは気楽で良いですね。わたくしは悲しみと悔しさで今にも胸が張り裂けてしまいそうですのに」

「げっ!? ランベール殿に、ユスティーナ様まで! どうしてこんな場所に!?」


 驚きの余りに仰け反りそうになる。そこに居たのは、ミラージェス伯爵殺人未遂事件で出会った貴族。

 ランベール・シェルヴェンとユスティーナ・ミラージェスだった。

 



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