三話 騎士団を大改革! 吉と出るか、凶と出るか?

 十日後。ついに騎士団員募集の公示日となった。これまでは城下にお触れを出すだけあったが、今年は違う。


「うわあ、物凄く大勢の人が集まってますね! お子さん連れの人まで居るなんて、なんだか新鮮です!」

「落ち着け、マリアン。我々はヴァリシュ様の補佐だ。いつものような失敗をしでかして大恥をかくわけにはいかないんだぞ」

「はっ! そうでした、申し訳ありません!」


 アレンスの叱責に、マリアンがビシッと背筋を伸ばした。普段は舞踏会や立食パーティーなど優雅な催し物を開催する大広間に、今日は多くの参加者が集まってぎゅうぎゅうになっていた。今年は去年とは色々と状況が異なる為、公示と同時に国民に向けて『就職説明会』を行うことにしたのだ。今回は騎士団だけではなく、城内で働く使用人たちに向けての説明会でもあるから大勢来るだろうなとは予想していた。

 ……予想はしていたが、こんなに集まるとは思わなかった。せいぜい五十人くらいだろうと想定していたのに、その十倍は居るじゃないか! こんなに広い会場が人で一杯になっているなんて想定外だ。入場規制をすべきだったか。


「ところでヴァリシュ様。一体いつまでここに居るんですか? もうすぐ時間ですよ、お腹でも痛いんですか?」

「……どうしてこんなに大勢集まっているんだ。俺はただでさえ人前で話すのが苦手なのに!」


 どうしよう、扉を開ける勇気が出ない。今でこそ騎士団を纏め上げる長として立派になったつもりだが、基本的には根暗のコミュ障だぞ!? しかも騎士団は身内だからまだ良かったが、これから話をするのは百五十人以上の国民だ。

 ……確かに、腹が痛くなってきた気がする。扉から離れて、俺は背後に居る二人を縋るように見た。


「あー……アレンス、マリアン。どっちでも良いから、代わってくれないか?」

「ええっ、何言ってるんですか! 今日は国民の皆様に、ヴァリシュ騎士団の素晴らしさをお披露目する絶好の機会なんですよ? 頑張ってください、団長!」

「いや、今日は説明会なのだから騎士団の出番は大して無いのだが……とはいえヴァリシュ様、会場の皆はヴァリシュ様のお話を聞くために集まったのです。それに、今回も含めてはヴァリシュ様の手腕によって成果を上げたものです。出来る限りの補佐はしますから」


 さっさと行ってください。そう言ってアレンスがぐいぐいと背中を押すものだから、もう逃げられないじゃないか……。仕方がない、覚悟を決めるしかない。大丈夫、俺は出来る男だ。

 マリアンが開けてくれた扉から、出来るだけ堂々と会場内へと足を踏み入れる。ざわついていた会場内の空気に、黄色の歓声が加わる。


「きゃあぁ、ヴァリシュ様よ。今日も素敵だわ」

「左目を失くされたと聞いた時は失神するかと思いましたが、眼帯姿も麗しいわ」

「うはー! ヴァリシュさんってば緊張してますね? お顔が強張ってるのバレバレですよぉ。むほっ、これはこれでそういうプレイっぽくて良いですねっ」


 何か色々聞こえてくる。そういえば、フィアはどうしているんだったっけ? 朝食を食べた後で二度寝を決め込んでいたので、そのまま放置したが。

 壇上から軽く会場内を見回すも、黒いドレスの悪魔を見つけることは出来なかった。まあ、気にしたら負けだと思おう。


「静粛に。これより、今年のオルディーネ王国騎士団員募集に関する要綱、並びに王城内勤務の使用人採用条件の変更についての説明会を開催します。それでは、騎士団長ヴァリシュ・グレンフェル様。よろしくお願いします」

「……?」

「ヴァリシュ様、どうしました?」

「あ、いや。何でもない」


 司会進行を務めるマリアンが首を傾げるのを見て、俺は慌てて前を向く。何だろう。改めてフルネームを呼ばれた時、何故だか妙に違和感を感じてしまった。

 自分の、ヴァリシュ・という名前に。だが、今は気にしている場合ではない。こほんと咳払いしてから、気持ちを切り替える。


「王国騎士団を預かる騎士団長、ヴァリシュだ。最初に、今年からの新しい試みとして、城内保育所の設立について説明しよう。現在、城内で使われていない区画を保育所として活用する為の整備を行っている。目的は城内で働く者が子供を保育所に預け、今まで通りに働くことが出来るようにする為だ。同時に、結婚や妊娠等で女性が完全に離職してしまうのを減らし、女性だけではなく男性も育児休暇を取れるよう推進していきたい」


 参加者達がざわつく。関心の声を上げる者も居れば、首を捻っている者も居る。想定内の反応だ。


「子供を他人に預けることに不安を持つ者も居るだろうから、保育所の管理者は出産を控えた妊婦、もしくは子育ての経験がある者を常に複数人配置する。そして子供が体調を崩した場合にも対応出来るよう、医師と看護師の増員も行う。希望がある者は騎士団員募集と同じように書類を提出するように」


 俺の話で、明らかに肯定の声が増えた。子育てはただでさえ不安が多いもの。他人に預けることに抵抗があって当然だろうが、医師や看護師が居ればその不安も解消出来るだろう。

 加えて、これから出産を控えた妊婦の空いた時間も活用できる。女性騎士は妊娠がわかるとすぐに引退となる。しかし実際には、安定期から出産するまでは割と自由で暇な時間も多いと聞く。前世ではお腹が大きくなっても精力的に働いていた人が殆どだったし。

 あらかじめ保育所で子育てを体験しておけば妊婦の不安も解消出来ると思うし、加齢で働けなくなった者でも保育所ならば活躍出来る者が居るだろう。

 やはり優秀だな、俺。


「次に、騎士団員募集の改革について説明させて貰う。勇者ラスターが悪魔王を打ち倒したことにより、人間にとって最大の危機は去った。だが皆も知っての通り、数か月前の悪魔の襲来により王国では多大な被害が出た。現在、騎士団も復興に当たらせているが、その隙を突いて悪魔の残党が襲撃してくる可能性も大いに予想出来るため、今年は募集人数を増員する」


 おお、と会場内が声を上げた。俺は皆が静かになるのを待ってから、再び口を開いた。実は、ここからはちょっとした意趣返しだ。


「しかし、増員するだけでは騎士団の質が落ちかねない。よって、今年は例年通りの実技試験だけではなく、面接と筆記試験を行う。だが、それでは新入団員達が不満を持つだろうから、既に在籍している団員達にも筆記試験を受けて貰うぞ」

「え、筆記試験って」

「試験の点数があまりにも酷い場合は、降格や減俸の措置を取らせてもらう可能性もある。試験内容は文官に作成して貰った。国を護る騎士ならば簡単に解けるであろう読み書きや計算、子供でも解けるパズル問題だ。まさか落第点を取るような騎士など、俺の団には居ないと信じているので、ぜひとも頑張って欲しい。ちなみに俺と、補佐の二人は既に合格点を出している」

「え……まさか、昨日ヴァリシュ様が試しにやってみろ、と言って渡してきた『脳トレ』が試験だったんですか!?」

「抜き打ちでやるとは、ヴァリシュ様も人が悪い……」


 マリアンが顔を青ざめさせ、アレンスが頭を抱えた。俺が前世のゲームが恋しくなった時の気晴らしに、二人に時折『脳トレ』と称してマッチ棒パズルなどをやらせている。そのお陰か、筆記試験も難無くクリアした。

 だが、他の団員達はどうだろうか。騎士は戦えれば良いと考える脳筋揃いだから、隊長達でも降格の可能性が十分ある。でも、騎士団の質を上げる為には実技だけではなく知識も底上げしたい。前世の俺が居た世界より、明らかに教育レベルが低いのだ。要職に就いている者でも、小学校卒業程度ということもあるからな。

 それに、この試験は騎士達全員のチャンスでもある。


「団員の増員に伴い、現在の三部隊編成から四部隊編成に変更する。そして、新しい第四部隊の隊長は、試験の成績で最優秀だった者に任せるつもりだ」

「あ、あの! ということは、これから騎士団に入団する人が、成績次第で隊長になれるかもしれないってことですか!?」


 若い女性が手を上げて質問した。質疑応答は後にする予定だったが、皆も気にしているようだから答えておこう。


「そうだ。まあ、新団員には見習いとして経験を積んでからになるがな」


 俺の言葉に、皆がやる気を漲らせているのがわかる。部隊長の責任や名声は、団長の次に重く大きい。野心溢れる者が活気づくには十分な餌だろう。

 部隊長達だけはわたわたと慌てふためいているが、向上心の維持のために頑張ってもらおう。まあ文句は無いようだし、メネガット達は実力がある騎士なので何とかなるだろう。


「さて、説明は以上だ。何かあれば挙手をして質問をするように。質疑応答が終わり次第、今年の募集から導入する履歴書の書き方について説明する」


 いくつか挙がった質問に答え、説明会は滞り無く終わった。ここまで大きな改革を理解して貰えるか不安もあったが、帰って行く参加者の顔を見る限り、ひとまず大成功のようだ。

 だが、俺は大役を果たしたという達成感で気が付かなかった。自分の首を絞めるフラグを、自分の手で建ててしまっていたことに……。

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