六話 仲間は大事に!


 人語ではあるが、全く抑揚の無い低い声に全員がゆっくりと振り向いた。さっきから散々予想させられていたせいか驚きはしなかったが、ラスターを蹴りたくはなった。

 床に散らばっていた鎧が、まるで見えない誰かが着込んだかのように立ち上がってこちらを見据えている。何もない筈の左右の眼窩に、血色の光が灯る。


「な、なんでだ!? 倒しただろ! 『機能停止、戦闘続行不可』って言って倒れたじゃねぇか!」

「またこの鎧さんと戦うのー!? もうやだよー!」

「えー? この人……って言って良いかわかりませんが、そんなに強いんですかぁ? 中身空っぽじゃないですか」


 ラスターとリアーヌが悲鳴を上げる隣で、フィアがきょとんと首を傾げた。確かに、悪魔王さえ倒した勇者と聖女が嫌がるような相手は、もうこの世界には居ない筈だが。

 なんて、暢気に考えている内に鎧が大剣を大きく振り被ってラスターに斬り掛かった。


「ッ、うわわ!!」

「ラスター⁉」


 剣を抜き放ち、振り下ろされる大剣を受け止める。そこまでは良かったが、驚くことに力負けしたのはラスターの方だった。

 間一髪で避けるが、よろめきながら体勢を立て直す彼の顔にいつもの余裕は残っていない。


「クソ……コイツ、相変わらずバケモノだぜ!」

「あれれれー? 勇者さんってば、平和ボケで身体なまってるんじゃないですかぁ?」

「こんな非常時に煽るなハトっ娘!」

「と、とにかく補助するよ!」


 リアーヌが慌ただしくラスターを回復し、補助として強化魔法バフをかける。おかしい、記憶にあるスティリナ神殿にこんな魔物は居なかった筈。いや、そもそもこの鎧は魔物なのか?

 そうこうしている内に、次の攻撃が繰り出される。動きはそれ程速くはないが、範囲が広くラスターでも受け止めきれないくらいに強力なのだ。


「うわわわ! 危ないですねっ。狙うなら勇者さんだけ狙ってくださいっ」

『悪魔は敵、勇者とその仲間も敵。敵は排除する』

「はーっはっはっは! 残念だったな、ハトっ娘。お前も敵扱いみたいだぜ? 大人しく力を貸しやがれ!」

「それが人に物を頼む態度ですか!?」

「もー! 二人とも、こんな時に喧嘩しないでぇ!」


 何て緊張感が無いパーティだ。だが、状況が最悪なのは間違いない。逃げ出すにしても、タイミングが重要だ。とにかく今は、応戦するしかない。そこまで考えて、俺も剣を抜こうと柄に手を掛けようとした。

 その時、鎧と目が合った。


『その魔力、その水色の髪……汝は、まさか』

「な、なんだ」

『問おう。汝は勇者の仲間か、それとも否か』


 あれ? これは思わぬ展開だ。なぜかはわからないが、俺だけは未だに敵かどうかの判断がついていないらしい。ということは、俺だけは上手くやれば逃げられるというわけだ。

 だとしても、今の俺は闇堕ちを完全に回避したのだ。自分の身可愛さに、ラスターにリアーヌ、そしてフィアを仲間じゃないと言い張るなんて。

 

「……仲間だと? 俺はたまたまこの神殿の前を通り掛かって、寒すぎて耐えられなかったから暖を求めて彷徨っていたらここまで迷い込んだだけだ、こんなやつらは知らない」

『理解。ならば早く立ち去るが良い』


 おお、言ってみるものだな。鎧は完全に俺から興味を無くしたようで、他の三人だけを排除しようと動き始めた。


「……って、おいコラァ!!」

「ちょっと、ヴァリシュさん! 一人だけちゃっかり安全を確保しないでくださいよ!」

「ひどいよヴァリシュくん! 見捨てないで、この鎧さん凄く強いの! 物理攻撃も魔法も効かないのよー!」


 どうしよう、不思議なことに今にも泣きそうなリアーヌに対してしか罪悪感を感じない。残り二名は日頃の行いというか何というか。いや、もちろんこのまま一人で帰ろうとは思わない。

 そもそも、ラスターが持つオリンドの地図が無ければ帰れないし。俺が預かっておけば良かったな。


「ヴァリシュの人でなしー! 悪魔より性悪ってどういうことだ、こんにゃろー!!」

「うるさいぞラスター。この鎧は普通の魔物とは様子が違う。もしかしたら、何か仕掛けがあるのかもしれない。しばらくそいつを引きつけて、もう一度周りを調べさせてくれ。何も無かったら加勢する」

「本当だろうなぁ!? 嘘ついて一人で逃げたら、王様と王国中にヴァリシュの恥ずかしい秘密を紙に書いてバラまくからな!」


 半ベソ状態で鎧に斬り掛かるラスターを、フィアとリアーヌが援護する形で戦闘が始まる。鎧の強大な力に、加減をする余裕もないのだろう。巻き込まれないように気をつけながら、辺りを調べなければ。

 だが、やはり仕掛けのようなものは見当たらない。壁を叩いたりしてみるが、反応はない。一番怪しいのは最奥の扉だが、やはり開ける手段が無い。


「……待てよ。確かこの部屋、記憶では瓦礫の山だったような」


 そう、神殿の内部は記憶と違うところだらけだったが、特にこの部屋はもはや別物だ。俺が覚えている最奥の部屋は天井が抜けて、足の踏み場が無いくらいに瓦礫が落ちていた。

 そして勇者ラスターが愕然としながら部屋の中を見回すと、まるで自分の存在を誇示するかのように宝箱に突き刺さった剣に戦慄して……そこまで思い出すと、思わず俺は頭を抱えた。

 

「まさか、あれは俺がやったのか……?」


 そうだ。ゲームの記憶では闇堕ちした俺がフィアと共にラスターの邪魔をしようと、この神殿に先回りして宝玉を手に入れたことになっている。てっきり風化で崩れていたのかと思っていたが、どうやらその時に俺が大暴れして手当たり次第に破壊したというのが真相だったようだ。

 あー、何の得にもならない事実を知ってしまった。胸を満たす何とも言えない感情に思わず天を仰ぐと、想像もしていなかったものが視界に飛び込んできた。


「ん? あれは……魔法陣か? いや、それにしては少し妙だな」


 ここはかなり天井が高いせいか、今まで気づかなかったが。円形の天井には、まるで魔法陣のような模様が刻まれていた。天井までは七メートルくらいはあるだろうか、目を凝らして見てみると円形の模様に七つの赤い球体が嵌められている。

 淡く発光しているから、電球のようにも見える。何か、前世でこういうの見たことあるような。


「……壊してみたら、何か変わるだろうか」


 剣では絶対に届かないので、早速銃魔法を発動させて両手で構え狙いを定める。理想は数百メートル離れた場所からでもターゲットを狙撃出来る凄腕スナイパー。一撃でバチッと決めるイメージを膨らませて、引き金を絞った。

 だが、威力が弱過ぎたらしい。一番上の球体にぽこんと当たっただけで、壊すことは出来なかった。マズい、天井を壊さないようにってビビりすぎたようだ。

 ……物凄く格好悪いが、誰も見てないよな。


『うぐ……ああ……』

「あ! なんか鎧さん苦しんでますよ?」

「マジか! さっすがヴァリシュ、俺の親友は頼りになるぜ」

「え? あー……ふっ、当然だろう」


 あれ? どうやら鎧に変化があったらしい。とりあえずフィア達にはクールなキメ顔で返して事なきを得たが、何か変わったのだろうか。

 もう一度天井を見上げると、確かに魔法陣が変化していた。先程狙った球体とその両隣が青色に変わっていたのだ。これは……あれか、脱出ゲームとかでよくあるパズルのようだ。

 球体にはそれぞれ規則性があって、全ての球体を青く光らせれば良い。なるほど、それなら得意だ。こういうのはまず、規則性を把握する為に一通りの球体を撃ってみることから始めなければ。


『ぐああ……力が、力が』

「あ、どんどん動きが鈍っていくよ」

「わああ、また強くなりましたけど!?」

「ヴァリシュ! 一人だけ安全だからって遊ぶな!」

「うるさい気が散る! 集中してるんだ、もっと静かに戦え!」


 どうやら赤色の球体の数によって、鎧の力が変わるらしい。ぎゃんぎゃんと喚き合いながら、どれだけの時間が経った頃だろうか。


『……『基礎魔法陣』の変更を確認。戦闘続行不可、機能停止』


 そう言って、ようやく鎧がその場に立ち尽くすようにして動きを止めた。まるで電池が切れた機械人形のような静かさにリアーヌだけではなく、フィアとラスターまでその場にひっくり返った。


「はあ、はあ……つ、疲れた。もう嫌だ、二度とコイツと戦いたくない」

「でも、前回はもっと時間掛かったから助かったよ。ありがとう、ヴァリシュくん。でも、まさか天井の模様が仕掛けだったなんて思わなかったよー」


 肩で息をする二人。確かに、遠目から見たら模様にしか見えないし、この世界ではこういう仕掛けは珍しい。

 それに、あの鎧に襲われながら天井の仕掛けを解くだなんてかなり難しいだろう。


「はー、何なんですかー。もう帰りましょうよ、こんな場所に宝物なんてないですよー」

「……そうだな、扉を開ける手段が無い以上はどうしようもない」


 ジタバタと駄々をこね始めたフィアに、俺も同意した。扉は気になるが、開ける方法は未だに不明だ。そもそも、そこに宝があるかどうかなんてわからない。消耗は少なく済んだとはいえ、緊急性が無いなら安全を優先した方が良いだろう。

 何より、またいつ鎧が動き出すかわからないし――


『……再起動完了。基礎魔法陣の変更を反映、並びに再解析を開始する』

「はえ?」

『再解析完了。悪魔、勇者のどちらにも当てはまらない魔力を確認、おお……これは』


 再び聞こえてきた抑揚の無い声。ラスター達が慌てて飛び起きるも、大きな歩幅で歩く鎧の方が早かった。

 しかも、鎧が目をつけたのはラスター達ではなかった。


「……え」

「ヴァリシュ、危ねえ!」


 ラスター達には目もくれず、真っ直ぐに俺の方に向かってくる鎧。咄嗟に銃魔法を消して剣を抜こうとしたが、出来なかった。

 大きな鎧が俺の視界を塞いだかと思えば、なぜかそこに片膝をついた。


『汝こそが我が主。よくぞ祖国に戻られた、我らが王よ』

「は……?」


 空っぽの目が俺を見下ろしてくる。そういえば、血色に光っていた眼窩が今では青色に変わっていることに今気づいた。

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