五話 眠っているのは宝か、それとも


「寒い! え、何ですかここ、めちゃくちゃ寒いじゃないですか!? ていうか痛い! これは雪!? それとも石ですか!?」

「ひゃあぁ、ここはいつ来ても寒いねー!」


 スティリナ神殿の入り口に到着した瞬間、俺達は猛吹雪に襲われた。ここはこの世界の最北の大陸で、その大陸で一番大きな霊峰に存在する神殿なのだ。何を考えてこんな場所に神殿など作ったのか、考えるだけ無駄だろう。

 横殴りの風に乗って、凄い勢いで雪が叩きつけられる。たしかに、寒いを通り越して痛い。オルディーネ王国が夏なので、この温度差はキツイものがある。


「ヴァリシュさん寒いです! ぎゅーってして温めてくださいっ、ぎゅー!」

「この鎧も冷え切って氷のようになっているが、それでも良いなら抱き締めてやる」

「むごい! そうだ、こういう時こそ魔法ですよ」


 へーんしん! と言いながら煙を上げて、フィアの服装が変わった。ぽんぽんがついた毛糸の帽子に、ふわふわの耳当て。もこもこのコートにブーツ、手袋までしている。


「うー、わたしも……えいっ。あ、出来た! 出来たよフィアちゃん!」

「って、何でお揃いのコートにするんですか! 被ってます!」

「えへへー、双子コーデってやつだよー」


 リアーヌもフィアの真似をして、魔法でコートを作って見せた。まだ慣れていないのか、コートを作るので精一杯だったようだが。

 ……だんだん仲の良い姉妹に見えてきた。


「……オレ、夏の薄着の女の子より冬のもこもこになった娘の方が好きかも」

「急に性癖を漏らすな」

「ていうか、ヴァリシュは寒くねぇの? お前、結構冷え性じゃん」

「そう、だったか? 寒いとは思うが、耐えられない程ではない。でも風が鬱陶しいから、さっさと中に入るぞ」


 にへら、と厭らしい笑みを浮かべるラスターの背中を叩いて先を促す。そういえば、俺はそんなに寒いのが得意ではなかった気がするが。もしかして、これも魔力のおかげなのだろうか。

 有能すぎるな、魔力。


「はー、こんなに寒い場所だなんて聞いてないですよー……って、あれ? 中は結構温かいですね」

「確かに。風が凌げるだけでこんなに違うのか……いや、待てラスター。ここは本当にスティリナ神殿なのか?」

「へ? そうだけど」


 不思議そうに首を傾げるラスターに、俺は思わず眉を顰めた。おかしい。俺の記憶にあるスティリナ神殿は壁や天井が所々崩れていたり、ひゅーひゅーと隙間風が吹き込んで床が凍り付いていたりした。それなのに今、足を踏み入れたこの場所は様子が全く違う。

 古びてはいるものの、神殿が風化している様子はなくどことなく空気が暖かい。全く別の場所なんでないかと思ってしまう。


「ヴァリシュくん、大丈夫? 何か気になることがあるの?」

「……いや、大丈夫だ。何でもない。さっさと先に進もう」


 表情を曇らせて気遣ってくるリアーヌに、俺は出来るだけ平常心で首を振った。記憶と目の前の光景が違っていたことは、今までだって何度もあった。アスファのせいで記憶との違和感に少々敏感になってしまっているようだ。

 ……気にしすぎだよな。


「なんだかこの場所……神殿という割には全然神の力が残ってないですね」

「あ、フィアちゃんもそう思う? わたしもね、この神殿はちょっと変だなって思うんだ」


 先を進みながら、フィアとリアーヌが唸る。二人が言うには、以前足を運んだエリン古代遺跡の方が神の力が色濃く残っていたのだそう。


「うーん、どう言えば良いかな……わたし達が思う神様と、この神殿が祀る神様は違うっていうか。そもそも、ここを『神殿』って呼ぶ方が間違ってるような気がして」

「確かに。他の神殿は神とか女神とかの石像がやたら置いてあったりするけど、ここには何にもないよな」


 リアーヌの話に、ラスターが頷いた。皆の話も気になるが、俺としてはもっと気になることが一つある。


「……なんだか、随分静かじゃないか?」

「ああ、この神殿には魔物が居ねぇからだろ」

「えー、そんなことあります? 神の力が残っているならまだしも、こんな人気ひとけすら無い場所なんて魔物にとっては優良物件じゃないですか」


 フィアの言う通りだ。各地に生息する魔物は、環境に適した進化を遂げており、この辺りにも毛皮の厚い魔物が多く居る。それなのに、敵や吹雪を凌げるこの神殿内を縄張りにしていないだなんて。

 やはり、おかしい。俺の記憶では、ここには魔物がわんさか居た筈だ。記憶を思い返していると、ラスターとリアーヌが顔を見合わせる。


「いや……だって、なあ?」

「うん……あんなのが居たら、魔物だって寄り付かないよ」

「あんなの?」

「いや、何でもない! 安心しろ。ちゃんと倒したから」


 一言の中で矛盾するな、というツッコミはしない方が良いのだろう。そのまま足早に先に行ってしまうラスター達の後を追って、俺とフィアも神殿の奥へと向かった。

 内部の構造自体は、俺の記憶と相違ないようだ。記憶にはある瓦礫が無かったり、床に空いた大穴が無かったりと多少は異なるものの。そこまで違和感を覚えるようなものは見つけられないまま、最奥の部屋へと辿り着いてしまった。


「ほら、ここだ。ここに悪魔王の城に張ってあった結界を無効化する宝玉があったんだけど、奥にまだ扉があるだろ?」

「……本当だ」


 円形の部屋の中央には、これみよがしに重厚そうな宝箱が置いてある。宝玉はその中に入っていたそうで、今は空っぽである。そこまでは、良い。

 問題は、ラスターが言っていたように見慣れない扉が奥にあること。そして、


「それより、この鎧は何なんですか? 随分大きいですね。何でこんなところに倒れているんですか?」


 宝箱の前で散乱している全身鎧は、一体何事なのか。濃緑に金や銀、更には宝石まであしらわれており、かなり豪華な鎧だ。しかしサイズがかなり大きくて、とてもじゃないが人が着るようなものには思えない。

 飾りか? でも、だとしたらどうしてこんな場所にあるのか。しかも、まるで膝から崩れ落ちたような形で。鎧の大きさに見合った大剣も、その手元に落ちているし。

 ……なんか、今にも動き出しそうなんだが。


「うーん。あんまり思い出したくないかなぁ」

「その鎧はもう良いんだって。それより、この扉だよ。ヴァリシュ、お前の悪知恵と魔法でどうにかならねぇか?」

「悪知恵って……まあ良い。しかし、この扉は確かに気になるな。鍵穴は見当たらないようだが」


 鎧を避けるようにして、俺達は件の扉の前に立った。両開きの扉のようだが、鍵穴どころか取っ手すらない。試しに押してみるが、びくともしない。


「ふむ……見たところそれっぽい仕掛けも見当たらない。もしかしたら、この扉の向こうは外じゃないか? だとしたら、雪や土砂で塞がっているのかもな」

「それじゃあ、吹き飛ばしてみましょうか?」

「おいやめろ、本当に雪が塞いでいたらここにもなだれ込んでくるぞ」

「えー、じゃあどうするんです? もしかしたら、この奥に宝物庫があって山のような金塊が山積みになっているかもしれませんよ?」

「だとしたら、もっと慎重になるべきだろうが」


 むすっと頬を膨らましながら、扉をべしべしと叩くフィア。金銀財宝が本当にあるかはわからないし、期待も出来そうにない。

 気にはなるが、これ以上何かがあるとは思えない。さっさと撤退すべきだろう。床の鎧が今にも動き出しそうで不気味だし。

 何ていうか。フラグ的に考えると、こういうのって油断した途端に機械音声と共に動き出したりするんだよな――


『……侵入者、感知。解析結果、悪魔及び勇者のものと判断』

「へ?」

『我は『主』の再来を待ち、この場所を守護する者。悪魔は敵であり、勇者はである。この神聖なる地を侵す者は、全て排除する』

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