八話 新ヒロイン、爆誕!


 ぎゃん、とユスティーナが声を上げたことで伯爵が口を噤む。大人しい娘だと思っていたが、溜まっていた鬱憤が爆発したようだ。確かに、いくら俺が美形とはいえ年が十も離れた孤児院出身の男と結婚なんて嫌なのだろう。

 よし、トドメを刺すには今しかない。俺はフィアに持たせていた手紙の束を受け取ると、伯爵に見えるように持った。


「伯爵、こちらの手紙には見覚えがあるでしょう? 俺宛に送られてきた縁談の手紙ですが、ミラージェス家から同じ内容の手紙が三通も送られていました。大方、このお屋敷で催されるパーティーへの誘いでしょう。ユスティーナ様の相手に俺をあてがい、ミラージェス家の跡取りにしようとお考えだったのでしょうが、陛下が止めた為に俺との面会は叶わなかった。だから、俺がこの屋敷へ来なければいけない状況を作り出したんですね?」

「……ふっ、そうか。頭脳明晰だとは聞いていたが、こちらの思惑まで見抜かれるとは。ますます手に入れたい人材だ。ぜひともユスティーナの伴侶になってミラージェス家を支えて貰いたいものだ」

「お褒め頂き恐縮ですが、俺は陛下に召し上げられたとはいえ親無しの孤児院出身の身です。貴族の跡取りなど無謀ですし、何より世間体が良くありません。ユスティーナ様のことを思うなら、俺はむしろ最も避けるべき相手かと思います」


 たとえどれだけ功績を上げようと、血筋や家柄を重視するのが貴族だ。なんてことない平民ならばまだしも、罪人の血縁者が身内に居たらそれだけで彼らの名声は没落の危機だ。孤児院出身である以上、難癖などいくらでも付けられる。

 よしよし、相手を持ち上げつつ貴族に婿入りなどというムチャ振りフラグを圧し折る。我ながら惚れ惚れするような手腕である。

 どうだ、見直したか。と、俺はフィアとリネット達を見やる。きっと歓喜に震えていることだろうと思っていたが、彼女達の反応は予想と全く違っていた。

 リネットとシズナは呆然としていて、フィアに至っては頭を抱えて「ヴァリシュさん……自分でその手紙を読んでいないんですか?」と呻いている。え、何その反応。

 手紙? そういえば読んでいなかったな。陛下達が縁談の申し込みって言ってたから、特に確認する必要はないと思って――


「家のことなど、どうでも良いのです!」

「は!?」


 意外なところから上がった大声に、飛び上がる程に驚いた。全員がユスティーナの方を向く。信じられないが、間違いなく彼女の声だった。

 わなわなと震え、顔を真っ赤にしてユスティーナが俺を見る。


「……家のことなど、どうでも良いのですよヴァリシュ様。本当に貴族になるのがお嫌でしたら、お父様が他に養子を迎えれば後継ぎの問題などすぐに解決します。この家を継いでくださるのなら、どんな醜聞が降り掛かってきてもわたくしが払い除けてみせます。そもそも、命懸けでこの国を救ってくださった英雄様を貶めることを考える人なんて居る筈がありません」

「え、いや……その」


 両手をグッと握り締めるユスティーナに戸惑ってしまう。助けを求めようと伯爵に視線を移すが、なぜか乾いた笑いで遠くの方を見つめるだけだ。


「わたくし、悪魔が襲撃してきたあの日にお出掛けしていて……そこで、魔物を斬り倒しながら颯爽と駆け抜けていくヴァリシュ様をお見かけしたのです。水色の美しい髪を靡かせながら剣を振る貴方は、どんな物語の王子様よりも素敵でした」


 頬を赤くしながら、熱っぽく語り続ける。そういえば、ランベールも似たようなことを言っていたが。あの場には彼だけではなく、ユスティーナまで居たのか。


「は、はあ」

「お手紙を何通も送ったのですが、どれだけお待ちしてもお返事は頂けず……それなのにヴァリシュ様への思いは募るばかりで、胸を痛めていたわたくしの望みを叶えようとお父様が今回の事件を起こしてしまったのです。まさか、このような大事になってしまうなんて」


 申し訳ありません。立ち上がって頭を下げるユスティーナに、咄嗟に俺も腰を上げるが、ふと手元にある手紙を開いて内容を確認した。

 縁談の申し込みなんて前置きがあったから、てっきり伯爵が送ってきたものかと思っていたが。差出人の名前は三通とも全てユスティーナ本人だった。しかも、「ヴァリシュ様のことを思うと目の前に広がる世界がキラキラと輝いて、夜も眠れなくなる程に眩しいのです」だの、少女マンガでしか見ないような文句が踊っている。

 ……ということは、これはまさかラブレターというやつか?


「ヴァリシュ様や錬金術工房のお二人を騙すようなことをしてしまい、申し訳ありません。ですが、わたくしの思いは本当です。お慕いしておりますわ、ヴァリシュ様」

「いや……ちょっと待ってください、理解が追い付かないっていうか」


 どうしよう、この娘。当初の大人しくおしとやかな物腰はどこへやら、滅茶苦茶グイグイくるんだけど!


「あー……というわけだ。放っておいたら城に突撃しそうな勢いだったから、このような騒ぎをおこしてしまった。すまなかったね、リネット君にシズナ君。薬は本当によく効いたんだ。錬金術工房にはちゃんとお詫びとして今後はミラージェス家が積極的に援助させてもらう、今後も贔屓にさせてもらうよ」

「もう良いです。お薬は凄く効いたということなので! 事件も解決したみたいだし、帰りましょうシズナ」

「そうね、店長。なんだかとても疲れたわ、あんみつが食べたいわね」

「本当に申し訳ありませんでした、工房まで馬車でお送りします」


 なぜだか疲れた様子で立ち上がるリネットとシズナに詫びるサイラス。どうやら、俺を助けてくれる気はないらしい。

 ていうか、何で昨日教えてくれなかったんだ!? こんな真相、わかるわけないじゃないか! 俺は名探偵じゃなくて騎士だぞ!


「うう、わたくしは騎士見習いになれるランベールがとても羨ましいのです。いいえ、まだ諦めるわけには早いですね。やはり今から身体を鍛え剣術を学び、ヴァリシュ様に少しでもお近づきになれるように、わたくしも騎士になります!」

「そ、それだけはおやめください!」

「そうだぞ! せっかく医学の勉強をしているのだから、騎士ではなく医師として支えるように、と納得してくれたじゃないか!」

「ですが、悪魔王が葬られた以上は戦いも減るでしょうし、騎士団専属医師の需要がどこまであるかわからないじゃないですか!」

「騎士団の専属医師になるつもりだったのか!?」

「もー! これじゃあライバルが増えただけじゃないですかぁ!!」


 ぎゃあぎゃあと喚き立てる貴族達に、なぜかフィアまで嘆いている。収集がつかない混沌カオスは、サイラスが戻ってくるまで続いたのだった。

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