七話 真実は異世界でも一つ!


「それでは、調査の結果を報告致します」


 次の日、俺はフィアと共に再びミラージェス家へとやって来た。昨日と同じ応接室で伯爵とユスティーナ、サイラスとランベールに集まってもらい、リネットとシズナを呼んで貰った。

 流石に八人も集まると、ミラージェス家の応接室でも狭く感じてしまう。それも、室内に居る半数が貴族である。緊張で声が裏返りそうになるのを堪えながら、俺は当事者の面々を見回す。

 サイラスとランベールは立ったままだが、後の面々は腰を下ろしている。ソファの数が足りないので、リネットとシズナは別の部屋から持ってきた椅子に座っている。


「まず錬金術工房、並びに錬金術士リネットと助手のシズナの身辺について俺の部下に調べさせました。リネットはこのオルディーネに来てから一年も経っておらず、シズナに至っては二ヶ月前に移住してきました。よって、伯爵や他の貴族との繋がりは皆無。言い換えると、彼女達には伯爵に毒を盛る理由が無いのです」


 マリアンに錬金術工房の帳簿を調べさせ、アレンスに伯爵と付き合いの深い他の貴族への聞き取りを行って貰った。結果、やはりリネット達は貴族との繋がりが無い。

 そして、貴族の間でも錬金術という代物自体は噂になっているようだが、リネットの工房についてはそれ程知られていなかった。

 俺の話に、フィアが続ける。


「それから、このお屋敷の内外を調べさせて頂きましたが、伯爵に害をなすような不届き者が侵入できる経路はありませんでしたし、毒物が隠されている形跡もありませんでした。あ、全然関係ないんですけど、お庭の一番背の高い木にハチさんが巣を作ってましたよ。まだ林檎くらいの大きさだったのですが、ハチさんは仕事が早いのですぐに撤去した方が良いと思います」

「ええ!? いつの間にそんなところを調べてたんですか?」

「ウフフ、私はヴァリシュさんの優秀な美人秘書なのでっ」


 眼鏡をクイックイと上げながら不敵に笑うフィアに、ランベールが驚きの声を上げた。確かに、いつのまに調べてたんだそんなところ。


「ということは、犯人はこの屋敷の関係者である、ということでしょうか?」


 サイラスの言葉に息を飲んだのは、リネットとシズナだけだった。他の面々に困惑や動揺している様子は無い。やはり俺の推理は正しいようだ。

 ただ、大きな問題がある。


「ふむ……確かにその可能性もあるだろう。だがね、ヴァリシュ殿。この屋敷に居る者は、使用人も含めわたしの家族だ。彼らがわたしの命を狙うなんてことは、あまり考えたくない」


 それに、と伯爵が続ける。


「きみが調べた情報は、どこまで信用出来るのだろうね。帳簿を改ざんすることなど容易いだろうし、貴族は本音を隠すことに長けている。そもそも、錬金術師の彼女が本当に毒薬を渡してきたという可能性は否定出来ていないだろう?」

「それは……」


 痛いところを突かれた。結局のところ、リネットが作った薬が毒かどうかを明らかにしなければ話は進まないのだ。

 自分の身内、特に愛娘であるユスティーナが疑われることで我慢できずに自白してくれたら良いなー、なんて思っていたが。やはり、浅はかだったか。


「きみは随分、彼女達を大事にしているようだが。それはこちらも同じでね。彼女達が無実だということを証明したいのなら、先に証拠を見せて欲しい」


 くそう、先手を打たれた。ここで錬金術で作られた薬だから無理、と言ってしまえばリネット達の容疑が晴れることはない。

 だが、俺は推理も出来る優秀な騎士団長。何も考えて来なかったわけではない。


「良いでしょう。ランベール殿、リネット達の薬をテーブルに置いてください」

「はい、お任せを!」


 部屋の隅に置かれていた薬を、ランベールが箱ごとテーブルの上に置いた。昨日と特に変化はない。


「ユスティーナ様、薬を一本選んで俺に渡してください」

「わ、わかりました」


 突然話を振られて驚いたのだろうか、頬を赤くしてユスティーナが箱の中の薬を一本選んで手に取った。それを受け取り、封を外す。

 アスファの時に飲んだ激マズ薬も似たような瓶だったので、思わず身構えたが。意外にもハーブの良い香りがした。


「手っ取り早く、今ここで俺がこの薬を飲みましょう。ユスティーナ様が選んだ瓶なので、俺やリネット達が事前に何かを仕込むことは不可能です」

「なるほど、意外と思い切ったことをするではないか」


 にこにこと伯爵が感心したように見てくる。毒など入っていないことがわかっているからこその余裕だろう。こういう展開になることは予想済みだ。

 加えて、申し出ておいてなんだが薬を一本飲んだところで毒薬の有無を完全に証明することなど出来ない。後で色々難癖をつけられれば話は振り出しに戻ってしまう。

 だから、今度はこちらから策を講じることにした。ちらりとフィアに目配せする。この場にいる全員が俺を注目しているのを確認して、一気に薬を飲み干した。

 次の瞬間、フィアが指を小さく動かして俺に魔法を放った。薄紫色の衝撃が俺を襲うも、誰かが気づくことはなかった。


「うっ、んぐ!?」

「ヴァリシュ様!?」


 ぐらりと揺らぐ視界に、俺は思わず空になった瓶を取り落として口元を手で押さえた。でも、何だかおかしいぞ。

 まるで自分の中で蠢く何かが魔法を弾いたかのような感覚に、俺はその場で固まってしまった。


「ヴァリシュ、大丈夫!?」

「な、何事だ!?」

「あ、あれー? おかしいですね、それなりに強めの一撃だったんですけど」


 皆が大慌ての中、フィアだけが不思議そうに首を傾げている。知らん顔しろと言っていたのに、と咄嗟に目だけで訴える。


「ほ、本当に毒薬なのですか!? お父様、お話が違います! わたくしが選んだ薬で、ヴァリシュ様が!」

「お、おお落ち着きなさい! サイラス、急いで医者を――」

「伯爵……お話が違う、とは一体どういうことなのでしょうか」


 何事もなくソファに座り直した俺に、フィア以外の全員が目を見開いた。これが、俺が仕掛けた策である。毒薬であることを証明出来ないのなら、逆に毒薬ではないことを伯爵自身に証明させれば良いと思いついたのだ。

 その為には伯爵を動揺させる必要がある。でも流石に演技力には自信がなかったので、フィアの魔法で一定時間本当に毒を受けた状態になってしまおうと考えたわけだ。本当ならその場に蹲って動けなくなる予定だったが、なぜか一瞬目眩がするだけで済んでしまった。フィアが加減を間違えたのだろうか。

 ユスティーナが予想以上に取り乱したことで、当初の目的は果たせたわけだが。涙ぐんでパニックになってしまった彼女に罪悪感が募るものの、今は伯爵に畳み掛けよう。


「騙すようなことをして申し訳ありません、今のは演技です。ですが、今のユスティーナ様の言い分ですと、まるでこの薬は毒薬であるなどとは微塵も考えていなかったようですが?」

「う、それは」

「もう止めてくださいお父様! これ以上ヴァリシュ様にご迷惑をかけないでくださいませ!」

 


 

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