第八章
俺が、魔法騎士に……?
一話 突然ですが、魔法が使えるようになりました
「最近の怪奇現象は一体何なんだ……」
思わず、俺は唸った。というのも、なぜだか最近身の回りで妙な現象が相次いでいるからだ。
「先週は確か、通り雨を予知なさいましたよね。お陰で見回りを早めに切り上げられ、濡れずに済みました!」
マリアンが書類や資料を腕いっぱいに抱えながら言った。予知というか、なんとなく雨が降る気がしたんだ。
「一昨日は自分と見回りの途中で捨て猫親子を見つけました。あんな街外れの建物の陰で、ほんの小さな鳴き声しかしなかったのに。ちなみに猫達はエルー隊長のご自宅で元気に過ごしているそうですよ。奥様が大の猫好きだったのが幸運でした」
アレンスが喋りながら、倉庫から持ってきたちりとりと箒で床を掃く。風に乗ってにゃんにゃん鳴いているのが聞こえたんだ。まさか、この世界でも箱に入れられて猫が捨てられているとは。しかも親子で。
「で、今回のこのボヤ騒ぎ……からの、謎の水浸し。おかげで面倒な書類が一掃出来て喜ぶべきか?」
「確かに一掃は出来ましたが、物理的に無くなった以上、山積みにしているよりも面倒な事態だと思いますが」
アレンスに怒られながら、俺はびちょびちょになった机や床を雑巾で拭く。これらは大臣から押し付けられた書類で、本来やるべきだった仕事ではないので心境としては冗談抜きでスカッとはしたのだが。
代償として、部屋の掃除という更に面倒なことをしなくてはならなくなった。大臣への報告は……とりあえず、考えないでおこう。
「でも、本当にびっくりしましたね! ヴァリシュ様が『あんのクソ大臣、自分の仕事を押し付けてくるとは……こんな書類、全部燃えてしまえば良いのに』ってまるで呪いでもかけるかのように唸ったら、本当に燃えちゃいましたもんね。煙草の灰でも混じっていたのでしょうか」
「いや、それよりもこの水ですよ。おかげでボヤ自体はすぐに消せましたが、これだけの量の水なんて、一体どこから……」
二人の言う通り、大臣が急に押しかけてくるなり「暇ならこの書類を手伝ってくれ」などと言って押し付けてきた書類束が急に燃え始めたのだ。マズい、と思った直後にまるで天井から水をまき散らすスプリンクラーのように、執務室内が水浸しになったから大事には至らなかったが。
雨の予知やら何やら、最近妙なことが起こり過ぎている。それも、全て俺の身の回りでだ。何なんだ、一体。
……まあ、そういう悪戯好きなヤツが、この部屋には一人居るんだが。
「……何ですか、三人とも。私、今回は何にもしてないですよ」
「今回はって何だ」
今日は鳩の気分なのか、窓際で暢気に日向ぼっこをしているフィアを睨む。こいつ、後で覚えてろよ。今日はスイーツ抜きだな、なんて考えていたら、フィアが心外だと言わんばかりに口――今の場合は嘴か――を開いた。
「ちょっとヴァリシュさん、人に濡れ衣を着せないでくださいっ。自分が悪い癖に!」
「は? 俺が何をしたというんだ」
「何をって、全部ヴァリシュさんが自分でやったことじゃないですか。これは、ヴァリシュさんにあげた魔力が暴走した結果なんですから」
ぷんぷんと怒りながら喚く
「待て、俺がいつ魔力なんて貰った?」
「何言ってんですか、アスファさんを倒す時にあげたじゃないですか。『アスファさんを倒せるだけの力を寄越せ』って、左目まで失っておいて忘れちゃったんですか?」
「あれは……いや、覚えているが」
死にかけたのだから、忘れようもないことだ。確かに、俺はフィアとそういう契約を交わした。だからこそ俺はこうして生き延びたし、アスファは倒した。
……でも、そこに魔法が含まれていただなんて、聞いていない。
「そ、そういうのは、アスファを倒したら無くなるものじゃないのか? どうしてまだ残っているんだ」
「えっ? 逆に聞きますけど、どうして無くなるなんて思っていたんですか? この前の伯爵さんのお家でも何回か魔力を使っていたじゃないですか。ランベールさんを振り払ったり、私の魔法を防いだりしたくせにっ」
ぷりぷりと怒るフィアに思わず絶句した。そこまで言われると、もはや反論することの方が難しい。
つまり結論としては、俺の中に目には見えない魔法という得体のしれない力が宿ってしまっているということだ。
「……もうアスファは居なくなったのだから返す、というのは出来ないのか?」
「無理です。あ、魔力を返還することを望んで再び契約を結べば可能ですけど」
「だ、駄目です! それは駄目です!」
「これ以上ヴァリシュ様から何を奪う気ですか!? それだけは絶対にさせませんよ!」
マリアンとアレンスが、俺を庇うようにして立ち上がる。確かに、右目や他の器官まで失ったら流石に厳しい。
「冗談ですよ! そもそも、悪魔との契約は一回限りですからね。これから先にヴァリシュさんが何を望もうが、悪魔はどうすることも出来ません。私が許しませんしねっ」
「話が脱線し過ぎだ。要するに、俺はこれからどうすれば良いんだ? 魔力が暴走しているだなんて、このままでは取り返しのつかないことになってしまう」
「え、え? そういうものなんですか?」
不思議そうに見てくるマリアン。前世で大好きだったゲームにおいて魔法は必要不可欠な要素であり、多種多様な形で活用されていた。
それらの大半で描かれていた『魔力の暴走』という状況は、揃いも揃って緊急事態である。場合によっては街を滅ぼしたり、自分が爆発したりとろくな目に合っていない。
なんなら、新たな闇堕ちフラグにもなり得るじゃないか!
「えー、どうすればと言われても……せっかくあげたんですから、有効活用してくださいよ」
「有効活用だと?」
「そうですよ。せっかくあるのに使わないなんて、勿体ないじゃないですか」
「勿体ないかどうかはともかく、制御出来るようになっておいた方が良いのではないでしょうか。ヴァリシュ様が仰るように、何かあってからでは遅いですし」
フィアの提案に、アレンスが頷く。くそう、なんて厄介な……いや、待てよ。
「魔力がある……ということは、俺にも魔法が使えるようになったということか」
改めて考えてみると、これは異世界らしい夢のある展開なのではないだろうか! 使い終わったぞうきんをバケツに投げて、俺は立ち上がる。
流石に魔法少女のようなキラキラしているものは性別と年齢のせいで心臓が耐えられないが、魔法を駆使して戦う戦士や騎士に憧れないゲーム好きは存在しない。
魔法騎士! もう字面からして格好良いじゃないか!
「ふっ、良いだろう。俺は魔法騎士になる」
「魔法騎士って何ですか? アレンス様はご存知ですか?」
「いや……ヴァリシュ様って、たまによくわからない単語を口にしてはやる気を漲らせるからな」
「う、うるさいな。フィア、早く魔法の使い方を教えろ」
こそこそ話すマリアンとアレンスを見ないようにしつつ、俺はフィアに向き直った。この世界では基本的に、魔法は悪魔や一部の魔物だけが使えるもので人間に扱えるものではない。
だから、俺の契約者でありこの場の唯一の悪魔に教えてもらうしかないのだが。
「え? えっと……こう、バーン! っていうか、どかーん! っていうか?」
「何だその頭の悪い説明は。日向ぼっこのし過ぎで頭まで鳩になったのか?」
「だ、だって。魔法の使い方なんて、どう説明すれば良いのか……ヴァリシュさんは、呼吸の仕方とかジャンプのやり方とか、自分が当たり前に出来ることを誰かに的確に教えることが出来るんですか!?」
「それは……」
くそう、フィアのくせに的を得たことを言うじゃないか。要するに、悪魔は呼吸するように魔法を使っているから、改めて誰かに説明することが難しいということか。
「それに、人間と悪魔って似てるように見えて、身体の作りも結構違いますから。説明なんて出来ません」
「それなら、一体どうしろというんだ。自力で何とかするしかないのか?」
「うーん、ヴァリシュ様と同じような境遇の方がいらっしゃれば良いのですが」
完全に開き直ったフィアに苦笑しながら、マリアンが頬に手を当てた。確かに、同じ境遇の人間に教えて貰えれば一番良いのだろうが。俺のようなイレギュラーが他にも居ただろうか。
……居た気がする、一人だけ。
「とりあえず、掃除道具を片付けてきます。それから、大臣の書類を焼失させてしまったことへの説明も考えなければ――」
「きゃあ!」
「おっと、失礼……おや、あなたは」
掃除も一通り終わったのを見計らい、アレンスが掃除道具一式を持ってドアを開けた。すると同時に、この場に居る誰のものでもない声が上がった。
「リアーヌ様ではないですか。すみません、驚かせてしまって」
「いえいえー。ノックをしようとしたところでドアが開いたので、びっくりしただけです。あ、お掃除中だったんですね。お邪魔しても良いですか?」
「どうぞ。丁度終わったところなので」
「ありがとうございます。やっほー、ヴァリシュくん。あのねー、美味しい桃をたくさん貰ったの。だからお裾分けだよ。この桃で美味しいタルトが食べたいなー、なんて下心はあるんだけど」
部屋に入ってくるなり、籠一杯の桃を差し出してきたリアーヌ。甘酸っぱい香りに誘われうように、俺は彼女の前に歩み寄ると彼女の手に自分の手を重ねた。
そうだ、彼女だ。
「リアーヌ。きみだ、俺はきみに会いたかった」
「え? ……え?」
パチパチと瞬きをするリアーヌ。なぜだか妙な空気になったが、気にする余裕はなかった。
聖女リアーヌ。彼女こそがこの世界で唯一、魔法が使える人間なのである。
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