五話 騎士団長は名探偵ではない
「うわああん、ヴァリシュううぅー!!」
「ぐえっ。落ち着け、リネット」
二人が居る客室へと入るなり、リネットが泣き叫びながら抱き付いてきた。拘束されたと聞いて心配していたが、特に怪我などはしていないらしい。
……むしろ、その逆だった。
「ぐすっ、何なのよこの状況……アタシ、人を殺そうだなんて考えたこともないのにぃ。私兵の人達にここまで引っ張られて缶詰状態なんてひどくない!?」
「本当よ。人の言い分もまともに聞かないなんて、横暴だわ」
「……その割には、ずいぶんと贅沢な暮らしを満喫しているようにしか見えないんですけど」
喚くリネットとシズナを前に、フィアが呆れたように言った。確かにそうだ。ここは牢屋ではなく客室で、清潔な空間にふかふかなベッド、更には食べかけのお菓子や本やボードゲームがテーブルに所狭しと置いてある。
拘束って、こういう状態を指す言葉だったか?
「満喫して何が悪いのよ! こっちは工房に戻れない上に、覚えの無い容疑をかけられてイライラしてるっていうのに!」
「というか、どうしてシズナさんまで大人しく閉じ込められているんですか? あなたが本気を出せば、脱出どころかこの屋敷を吹き飛ばすくらいは出来ますよね」
「む、無茶言わないでください。そんなことしたら……」
ちらりと、ドアの前で立つランベールに目配せしながらシズナが言う。それはシズナが正しい。自分から悪魔です、なんて主張したところで何も良いことはない。
悪魔の割に、シズナに常識があって助かった。フィアには彼女を見習って貰いたいものだ。
「とりあえず、二人とも無事で良かった。何があったのか、詳しい話を聞かせてくれないか?」
「うう……アタシ、今回は一際張り切ったのよ。貴族の依頼だなんて初めてだから、販路を広める大チャンスだと思って」
リネットの話によると、伯爵は若い頃から頭痛持ちであることを悩んでいたらしい。これまではかかりつけ医から処方されていた栄養剤を飲んでいたが、この世界の医療技術はそれほど高くないので効果は無かった。そこで、最近噂になっていた錬金術工房に頭痛薬の依頼をしたのだとか。
「薬って、どういう形状をしているんだ?」
「実物を見た方が早いんじゃない? 七日分納品したから、まだ余っていると思うのだけれど」
「確かにな。ランベール殿、彼女達が納品したという薬を見せて欲しいんだが」
「では、ご用意いたします」
ランベールが部屋の外に居たメイドに言いつけ、薬を持ってきてもらう。薬は現代の栄養ドリンクのような形をしており、七本の小瓶がケースに並べられている。
封が開いているのは、右端にある一本だけ。他の瓶には蓋の部分にテープが張ってある。蓋を開けるにはこのテープを剥がさなければいけない。
「リネット、この薬は頭痛が起こった時に飲むという用法で良いのか?」
「そうよ」
「ランベール殿、薬の配置は変わっていなかっただろうか?」
「配置ですか? 変わっていないと思います。主人の薬はサイラス様が管理しておりますので」
薬を前に、腕を組んで考える。瓶はガラス製、蓋も金属で出来ているので未開封のまま毒薬を仕込むのは不可能だ。
それに、頭痛が起きた時にだけ飲む薬となると、伯爵がいつ飲むかタイミングが予測出来ないのではないだろうか。計画的な犯行が可能、とはとても言えない。
「リネット、この薬に何者かが毒薬を仕込んだとして、それを判別する方法はあるか?」
「工房に戻ればいくらでもあるけど……当事者のあたしが証明したところで、信じて貰えるの?」
じとっとした目で見られて、思わず口を噤む。それは誰がどう見ても難しい。
「他の人間が実際に飲んでみた方が早いんじゃない? 例えば、あなたとか」
「お、俺?」
「ちょっと、シズナ! それでヴァリシュに何かあったらどうするのよ!」
「そうですよ、変なこと言わないでくださいっ。ヴァリシュさんはクールなルックスの割に天然で単純な人なので、本当に飲みかねないじゃないですか!」
誰が天然で単純だ。俺だって毒薬を進んで飲むようなことはしないぞ。
「それじゃあ、そこの私兵のお兄さんとか。あなた、騎士になりたいんでしょう?」
「え、この薬を飲むと騎士になれるんですか? それなら飲みますよ! 何本でも飲みますよ!」
シズナの煽りに、ランベールが綺麗に乗っかってしまう。どうしよう、収拾が付かない。
……しかし、何かが引っ掛かる。
「あら、格好良いわね。でも、死んだら元も子もないじゃない。その薬には本当に毒が入ってるかもしれないのよ?」
「大丈夫ですよ! あれからこの薬は厳重に保管していましたから、誰かが毒薬を入れるなんてありえません」
「ということは、この薬は毒薬などではないし毒が入れられたわけでもない。そういうことか?」
「……あ」
俺の指摘に、ほのぼのとしていた部屋の空気が一変した。確かに、ランベールの言動は被害者である伯爵に仕える者としては不自然だ。まるで、目の前の薬は毒薬などではないことを知っているかのような言い分だった。
……ということは、
「さては……伯爵の薬に毒を入れたのはアンタ? 私兵であるアンタなら、簡単に毒を仕込めるわよね? 伯爵が飲む寸前に封を開けてもおかしくないものね!」
「ち、ちちち違います! おれは閣下に色々とお世話になっている身なんです、そんなことする筈ないじゃないですか!」
「……ランベール殿。この空瓶、綺麗に洗われているようですが。普通、こういうものは事件直後の状態のまま保存しておくものではないでしょうか」
一本だけ空の瓶を摘んでみると、丁寧に洗われた上にしっかり乾かされているらしい。伯爵に仕える優秀な私兵や使用人が、証拠品をうっかり隠滅するようなことをするのだろうか。
自然と、全員の視線がランベールに集まる。
「ちが……ほ、本当に違うんです! うう、ヴァリシュ様までそんな目で見ないでください」
「うふふふ、どうするんですかランベールさん? このままヴァリシュさんから不審に思われたままだと、たとえ本当に無実でも騎士になるのは難しいですよぉ?」
フィアが楽しいと言わんばかりの笑顔で、ランベールを部屋の隅まで追い詰めていく。彼女と過ごした時間の中で、今が一番悪魔っぽいと思うのは気のせいだろうか?
「ぐうぅ……わ、わかりました! おれが知っていることをお話します。でも、おれが話したとは誰にも言わないでください。全部ヴァリシュ様の手柄にしてください!」
「それはもちろんっ。ね、ヴァリシュさん?」
今にも泣きそうなランベールに、フィアが満足げに俺を見た。もちろんとか言うな、俺が他人の手柄を横取りする常習犯みたいじゃないか。
腑に落ちないと思いつつ、ランベールの話に耳を傾ける。
「ええっと、実は……閣下が倒れたというのは嘘なんです。数日前に頭痛が酷くて、この薬を一本飲んだ後にお休みになっていたのですが、数時間後にはケロッとしていて食事も完食していた程の効き目でした。こんなにすぐに効く薬は初めてだ、錬金術とは凄いものだなって絶賛していましたよ」
「は、はああ!? ななな、何なのよそれぇ!! じゃあ何でアタシ達がこんな目に遭わないといけないのよおぉ!」
きいいぃ! とリネットが喚くもニマニマ顔で内心嬉しそうだ。錬金術を褒められて嬉しいのだろう。尚更二人の行動をこうして制限している理由がわからないが。
それも、わざわざ偽りの事件をでっち上げてまで。一体何を企んでいるというのか。俺が顎に指を添えながら考えていると、ランベールがこちらをチラチラと見ながら話を続けた。
「そ、それは……ヴァリシュ様をお呼びする為の口実作りのためです。閣下がお会いするだけなら正式に面会申請をすれば可能ですが、ユスティーナ様も一緒となると今は難しいらしく。面会が駄目なら、ヴァリシュ様の方からお屋敷に出向いて貰えば良いと」
「俺?」
「ユスティーナさんと一緒にヴァリシュさんに会うって、まさか……」
「も、もしかして!」
「あー、なるほど。そういうことね。さすが凄腕の騎士団長様となると、もうそういう話も引く手あまたなのねぇ?」
ランベールの話に、俺以外の三人が納得したような声を上げた。それにしても、ユスティーナが絡んでくるとは。
ということは、
「……どういうことだ?」
「って、ヴァリシュ様!? ここまでお話ししたのに気が付かないんですか!?」
「この騎士団長さん、変なところで鈍感ね」
「え……まさか、わからないのは俺だけか?」
嘘だろ、と見回すも全員の目が俺に向けられていた。しかも、女性陣の視線がとても冷たい。もう夏なのに、背景が吹雪いている幻覚まで見える気がする。
「もおお!! ちょっとは警戒心持ちなさいよ、騎士でしょアナタ!」
「騎士であることが関係あるのか? て言うか、わかったのなら教えてくれ」
「ヴァリシュさん、これは自分で推理してくださいっ。私達全員わかりましたから、ちゃんと考えてくださいね!」
ふいっと顔を背けるリネットとフィア。シズナも黙ってしまったし、ランベールに至っては秘密を明かしてしまったことへの罪悪感で顔が紫色になっている。
結局、この日の調査はこれで終わりとなってしまった。何だか非常に悔しいので、明日までに意地でも解いてやると俺は心に固く誓った。
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