四話 とりあえず、よく出来た娘だってことだけはわかりました

「ヴァリシュさん、なんかこの人怪しいですよ。絶対何か隠してます」


 フィアが声を顰める。俺もそう思うが、相手は貴族だ。いつかの盗人のように尋問するわけにはいかない。

 どうしたものか。彼から情報を聞き出す為の方法を考えるも、答えが出るよりも先にドアが開いた。


「やあやあ、きみがヴァリシュ殿か。忙しい時に悪いね」


 嗄れた声に振り向くと、最初にドアを開けたサイラス、次に杖をついた老人が入ってきた。白とグレーが混じったちょび髭に、糊のきいたシャツとスラックス姿である。そして、最後に若い女性が入ってきてドアが閉められた。

 女性は奥方様、いや、ご令嬢だろうか。


「……お初にお目にかかります、ミラージェス伯爵。騎士団長のヴァリシュと申します。こちらは文官で私の助手のフィア、共に本件の調査を勤めさせて頂きます」

「フィアと申します。お会い出来て光栄ですわ、閣下」


 俺が紹介すれば、フィアが別人のような澄まし顔で一礼した。未だに信じられないが、フィアは意外と礼儀作法が洗練されている。今のように真面目になれば、文官にしか見えない。

 普段はソファに寝っ転がりながらクッキーをバリバリと齧ってるくせに、今日は何匹の猫を被っているんだか。


「うむ、掛けてくれたまえ」

「失礼いたします」

「会えて嬉しいよ、ヴァリシュ殿。きみには前々から興味を持っていたのでね。サイラス、お茶の準備をしてくれ」

「畏まりました」


 伯爵に促されるまま、俺とフィアはソファに腰を下ろした。サイラスは私兵だが、どうやら執事の心得もあるらしい。流れるような動作には無駄が一つもない。

 ランベールの方を見ると、再び貴族らしさを取り戻してドアの前に立った。


「改めて自己紹介をしよう。わたしがクレメンテ・ミラージェスだ。そして、この娘はユスティーナ。わたしの末娘だ」

「ユスティーナです、よろしくお願いします」


 頬を桃色に染めて、はにかむような微笑みを浮かべるユスティーナはおしとやかな美人といった印象だ。緩くウェーブがかった薄緑色のロングヘアに、オレンジ色の瞳。黄色と白のワンピースがなんとも可愛らしい。

 ああ、俺の傍には居ないタイプの女性だ。なんて考えていると、サイラスがお茶やお菓子をテーブルに並べてくれた。フィアが早速手を伸ばしたが、特に不快な顔はされていないので良いか。


「部下の報告を聞く限りでは、錬金術工房の薬を飲んで意識を失われたとか。お身体は大丈夫ですか?」

「ああ、その時は大変だったがね。ユスティーナがすぐに処置してくれたので、大事には至らなかったよ。よく出来た娘だろう?」


 ははは、と笑う伯爵。とりあえず大事がないようで良かった。ユスティーナの方は人前で褒められて恥ずかしいのか、頬を染めたまま居心地悪そうにしている。


「わたしは既に妻を亡くしていてね、三人の子供は全員娘なんだが上の二人は既に嫁いでしまったから家には居ないんだ。妻に似て強情な娘達で困ったよ。だから、ユスティーナの婿殿にこの家を継いで貰うしかないんだ。この子は今年で十七歳。今は医学の勉強をしていてね、いずれは医者になりたいそうだ。悪魔王が勇者によって討伐されたとはいえ、まだまだ油断が出来ない状況だからね。思いを寄せる相手が傷ついた時、寄り添って尽くす為の努力が出来るなんて……健気な娘だろう?」

「……はあ、そうなんですか」

「も、もうやめてくださいお父様! ヴァリシュ様の前で、恥ずかしいではないですか!」


 え、何の話? 目の前で繰り広げられる娘自慢に、気の抜けた返事をしてしまった。それはフィアが慌てる程で、口の中のフィナンシェを慌ててお茶で飲み込んで口を開いた。


「むぐ、んん……こほん。閣下がご無事で何よりですわ。ですが閣下、我々は錬金術工房の真意の追求、並びに閣下やお嬢様の安全を確保する為に周辺調査を行うつもりです」


 フィアが話を続けながら、俺に軽く肘を当ててくる。そうだった、流されるところだった。

 俺は慌てて姿勢を正して、伯爵に向き直る。


「調査、だと?」

「ええ。これはあくまで個人的な意見ですが、錬金術工房が閣下に仇をなすような行動に出るとは考えにくいのです。加えて、このままでは万が一にも閣下のお命を狙う者が居た場合、再び危険な状況に陥る可能性もあります。調査の許可、並びにご協力を頂きたいのですが」

「うむ、良かろう。ただし、条件がある。騎士団長である貴殿を信用していないわけではないのだが、体裁というものがある。わたしが管理する敷地内での調査時は、必ずそこに居るランベールを同行させてくれないか?」


 よっしゃ! とドアの方から小声で喜ぶ声が聞こえた。要するに見張り番というわけか。まあ、高級品が溢れんばかりにある屋敷内を歩き回られるのは、たとえ相手が騎士でさえ気持ちが良くないのだろう。


「ありがとうございます。それでは早速、工房の二人に――」

「ところで、ヴァリシュ殿。貴殿はどの地方の生まれになるんだね?」


 俺の言葉を遮るように、伯爵が言った。だから何の話なんだ? 話の腰を折りたいのか。

 聞かれたくないことでもあるのか。


「……申し訳ありません、俺に親は無く孤児院の出身なので。生まれがどこになるかは、自分自身わからないのです」

「ふむ、なるほど。いや、気分を悪くしないでくれ。貴殿はとても見目が良いが、特にその水色の髪がとても珍しいと思ってね。てっきり、この国ではなくどこか遠い別の国の出身なのかと思っただけだ。わたしはまだ本調子ではなくてね。今日はこれで休ませて貰うが、調査は思う存分やってくれたまえ」


 すまないね。そう言うと、ランベールを呼んで俺の傍に立たせる代わりに伯爵とユスティーナが部屋を後にした。やれやれ、なかなか食えない御仁だ。

 

「ちょっとヴァリシュさん!? 何なんですか、あの返事は!」

「は? 何が」

「何がって……伯爵は、ヴァリシュさんを値踏みしたんですよ!」


 きいきいと、フィアが金切り声を上げる。サイラスやランベールが居る前で素を出すな、と言いたい。

 ティーセットの片付けをしながら、サイラスがくすりと笑う。


「ふふっ、まさか本当に気が付いていらっしゃらないとは……これは手強そうな相手でいらっしゃる」

「え?」

「いえ、お気になさらず。主人が申しておりました通り、どうぞご自由にお調べください。ですがこちらの都合上、時間は日の入りまで、主人達への聞き取りは明日以降にして貰うようお願いします」


 手際よく片付けを済ませ、サイラスもそのまま部屋を出て行った。気が付いてないって、何のことだ。

 まあ良いか。日の入りまでとなると、あまり時間が無い。せめてリネット達の無事を確かめ、話を聞かなければ。


「ランベール殿、錬金術工房の二人に話を聞きたいんだが」

「はい! ご案内します、こちらです! いやっほう、ヴァリシュ様と行動を共に出来るなんて夢のようですっ」


 またもや大はしゃぎなランベールに案内されて、俺とフィアは屋敷の中を案内された。


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