三話 フラグが立ちまくってて処理が追いつかない


 青々とした芝生に、色鮮やかな花々。ミラージェス伯爵の邸宅はとにかく広く、大きい。門から邸宅までが遠い。オルディーネでは城の次に大きい建物なのでは、と思わされる。


「わお! すっごーい! ねえねえヴァリシュさん、ここ乗っ取っちゃいましょうよ。私達の愛の巣に相応しいと思いませんか、ぐふふ」

「良い度胸だ、殴って良いか?」


 誰かに聞かれたらどうするつもりだ。おおー、と感嘆するフィアに気がついたのか、門の前から二人の男が歩み寄ってきた。


「お待ちしておりました、王国騎士団長のヴァリシュ様ですね。わたくし、ミラージェス家に仕えております『私兵』のサイラス・エヴェリーと申します」

「同じく、ランベール・シェルヴェンと申します。お忙しい中ご足労頂き、誠にありがとうございます」


 二人同時に一礼する。サイラスと名乗った方は短いグレーの髪に黒い瞳、背は高く俺よりも年上の四十代半ばに見える。

 ランベールと名乗った方は少し癖のある赤髪に紺色の瞳、少々小柄で年齢は二十歳前後だろう。二人揃って黒を貴重とした制服を着て、同じサーベルを腰に差している。イギリスの近衛兵に似ていると思った。


「……ええっと、王国騎士団長のヴァリシュ・グレンフェルです。本日は、俺が援助している錬金術工房の件を調査しに参上したのですが」

「秘書のフィアです。リネットさん達のことで、色々とお話を聞かせてくださいっ」

「主人から聞いております。どうぞ、こちらへ」


 サイラスの指示に従い、門を通り屋敷へと向かう。二人の後に歩いていると、フィアがこそこそと耳打ちしてきた。


「ヴァリシュさん、私兵ってなんですか?」

「なんだお前、知らないのか。敷地の警備や護衛などを担う、貴族専用の兵士達だ」


 騎士団が警察や自衛隊だとしたら、私兵は警備員やボディーガードと言ったところか。ただ、平民が半数以上を占める騎士団とは異なり、私兵の場合はほとんどが貴族である。

 社会勉強や礼儀作法の習得、更には養子縁組とか後継者問題とかそういうドロドロとした事情があるからだそう。現に、エヴェリー家とシェルヴェン家は揃って上級寄りの中級貴族だ。

 ちなみに、マリアンの実家であるドレッセル家は丁度真ん中辺りの中級貴族である。これまでの歴史や功績で確固たる位置と権力を持ってはいるが、階級的には目の前の二人に劣る。

 マリアンを連れて来なくて正解だった。絶対にテンパってやらかすから。


「わあ! お庭も素敵ですが、お屋敷はもっと素敵ですね!」

「お褒め頂き光栄です」


 屋敷の中に入ると、正に金持ちと言わんばかりの豪華絢爛さだった。白い大理石の床に、高級な調度品の数々。金の額縁に入った絵画とか、宝石で飾られた彫像とかいかにもという感じである。

 何だこの疲れる空間は。もう帰りたい。


「リネット・クォーク達に面会することは可能でしょうか。調査するにも、まずは当事者である彼女達から話を伺いたいのですが」


 踵を返してダッシュで帰りたくなるのを堪えつつ、私兵の二人に問う。相手が誰であろうと、騎士は公的な権力を持つのだから堂々としていなければならない。


「申し訳ありませんが、我々が許可を出すことは出来ません。ヴァリシュ様がいらっしゃったら、主人が話をしたいと承っておりますので、先に主人とお会いして頂きたく思います」

「う……わ、わかりました」


 マジか、伯爵本人と会うのか。倒れたと聞いたが、どうやら話は出来るらしい。まあ、死にかけたのだから物申したいのは当然か。


「ランベール、お二人を応接室に。私はクレメンテ様に、ヴァリシュ様がご到着されたことをお伝えしてくる」

「はい、畏まりました。ヴァリシュ様、フィア様。こちらへどうぞ」


 サイラスが一礼してから、二階への階段を上がる。俺とフィアはランベールに促され、応接室へと案内された。

 大理石の床に、細かい刺繍が入ったラグ。繊細な彫刻が施されたソファやテーブル、そしてここにも美術品がいくつも飾られている。天井にはシャンデリアがぶら下がっており、色んな意味で眩しい。

 

「うわあ、お城とは違った豪華さですね!」


 きょろきょろと室内を見回すフィア。こいつの無遠慮さ、今だけは羨ましい。


「どうぞヴァリシュ様、主人が来るまでお時間を頂きますので。ご自由にお寛ぎください」

「え、いや。お構いなく」


 俺は悟った。金持ちって、見た目は同じでも庶民とは根本から違うんだな。精神的なところというか、性根と言うか。

 俺のSAN値がゴリゴリに削れていくのがわかる。


「ちなみに、私も少し羽目を外して良いですか?」

「はあ、どうぞ……って、え?」

「良いんですか! やったあ、ありがとうございますヴァリシュ様!!」


 正気と冷静さを失いかけていたせいで、一瞬わからなかったが。はっと気が付いた時には、もう手遅れだった。

 ランベールに両手をがしっと掴まれ、ぶんぶんと上下に振り回される。


「うっひょお! すげえ、本物のヴァリシュ様だ!! かっけえっす! おれ、ヴァリシュ様の大ファンなんですよ!」

「は、はあ?」


 目をキラキラと輝かせながら、ランベールがはしゃいだ。まるで大スターに会って握手で狂喜乱舞するファンみたいだ。いや、本人が言ってるのだからファンなのか?

 ううむ、理解が追い付かない。


「ちょ、ちょっと! 何なんですか、あなた! ヴァリシュさんは私のですってばっ。もー、なんでヴァリシュさんはこういう変な人に好かれるんですかっ」

「お前がその筆頭だがな!」

「おれ、悪魔が襲撃してきた時にヴァリシュ様をお見かけしたんです! ほんの一瞬でしたが、街中を駆けながら魔物を瞬殺するヴァリシュ様があまりにも格好良くて惚れたんです! ぞっこんです!」


 満面の笑顔のランベールにたじろぐ。先程までのおすまし顔の彼はどこへ行ったのやら。しかも相応に鍛えているのか、結構力が強い。フィアと三人でもみくちゃになってしまった。

 とにかく一旦、


「うわっ!?」

「きゃあ!」


 力づくで振り払おうとした瞬間、バチンと強い静電気のような衝撃が三人の間に走った。俺とフィアは何とか耐えたが、ランベールは弾かれたように尻餅をついた。


「あいたた、びっくりしたぁ」

「も、申し訳ありません。大丈夫ですか、お怪我は?」

「いえいえ、おれも羽目を外し過ぎましたし。静電気でサーベルが感電したみたいです」


 差し出した手を取って、身軽にランベールが立ち上がる。


「すみません、本物のヴァリシュ様を見てテンションぶち上がっちゃいまして。あ、でもファンだってことと、騎士団への入団を希望していることは本当なので。裏口入団ではなく、ちゃんと真正面から試験を受けますのでご安心を!」

「いや、しかし。ランベール殿は貴族ですよね?」

「おれは上に兄が居ますので、家の方は何の問題もありません。家から縁を切られても、騎士になります! おれもあなたみたいになりたいんです!」


 ふんすふんすと、鼻息荒く意気込むランベール。どうしよう。騎士団に貴族が入団するのはめずらしくはないが、ほとんどが下級か真ん中辺りまでの中級だ。

 それなのに上級に近い権力を持つランベールが来たら、面倒なことこの上ないような……。


「それに、伯爵にはお世話になりましたが……正直、今回の件はやりすぎっていうか」

「やりすぎ?」

「誰が何をやりすぎたんですか?」

「はっ!? いえ、今のはその……聞かなかったことにしてください」


 急にバツが悪くなったのか、明後日の方を向いて誤魔化そうとする彼に思わずフィアと顔を見合わせる。


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