【第二部】第七章
殺人未遂事件と世間知らずなお嬢様
一話 幸せは歩いてこないけど、ミステリーは呼んでもないのにダッシュで来た
アスファの襲撃から一ヶ月が過ぎた。城壁の修復はまだ続いているが、すっかりいつもの日常が戻ってきた。
俺もまだ本調子ではないとはいえ、既に騎士団長に復帰して忙しい日々を過ごしている。悪魔の驚異が小さくなったというのに、問題は別のところから次々と湧いてくるものだ。
そんなある日、またしても面倒な事件が起きた。時は少し遡る。
「――おお! ヴァリシュ様、その眼帯凄く格好良いです!」
「それは本音か? お世辞ではないと信じて良いのか?」
「ええ、ヴァリシュ様。自分もよくお似合いだと思いますよ」
手を叩いて褒め称えるマリアンとアレンス、そして手鏡とを何度も見比べながら俺は唸る。これまで契約で失った左目を隠すのに包帯を巻いていたが、朝のクソ眠い時間に一々巻くのが面倒なので、手っ取り早く眼帯に頼ることにしたのだ。
それで、発注していた眼帯が手元に届いたので早速付けてみたわけだが。……元の容姿のせいだろうか、ビジュアル系っぽさを更に拗らせた気がする。黒革デザインのせいか?
「ウッ、ヴァリシュさんが格好良い……キレイなお顔に眼帯とか、クールで背徳的ですね。大好物です、ありがとうございます」
「……アレンス、そこの悪魔を窓から投げ捨てろ」
「無茶言わないでください」
「ちょっと、なんてこと言うんですかっ。それに、私に触って良いのはヴァリシュさんだけなんですからね!」
机の角に腰掛けて、ぷりぷりと怒るフィアへ視線が集まる。あの日、勢いで連れ戻したフィアだが、おかげで彼女の状況が少しだけ変わった。
マリアンとアレンス、そしてリネットとラスターに正体がバレてしまっていることを逆手に取って、彼らしか居ない場所では素を曝け出すようになった。
最初は困惑していたが。皆、いつのまにかすっかり慣れたものらしく。いつのまにか、こうして本来の姿で居ても動じることが無くなっていた。
「とにかく、眼帯姿のヴァリシュさんは格好良いです! なんか悪者感が増しました! あ、そうだ。次の悪魔王にはヴァリシュさんが立候補してくださいよっ。悪魔王さんも、その嫡子のアスファさんも死んじゃいましたし。悪魔の世界は実力主義なんで、イケますよ。ヴァリシュさん、そういうの得意でしょう?」
「何だこいつ、何を言ってるんだ」
「そ、そうですよ! ヴァリシュさんは自分たちの騎士団長なんです、勝手なことを言わないでください。アレンス様も何か言ってください!」
「いや、そもそも問題はそこではないような」
「何でですか! ヴァリシュさんは私と契約してくれたんですよ? それなら、次は悪魔の王様を目指したって良いじゃないですかっ。はい、私もう決めました。ヴァリシュさんにはこの世界の支配者になってもらうので、覚悟しておいてくださいね?」
噛み合っているのかいないのか、賑やかな三人に、思わず溜め息を吐く。確かに現在、七大悪魔の生き残りとその契約者というのは、物凄いアドバンテージがあるとは思うが……悪魔が一人混じっているとは思えないくらいに平和だ。
だが、不安は尽きない。正直なところ、これまではゲームのシナリオが記憶にあったから色々な問題を乗り越えられた。
でも、ラスターが悪魔王を滅ぼしたところでシナリオは終わっている。これからは目の前の問題に、真正面から立ち向かわなければならないのだ。このまま何事もなく、日々を過ごしたいものだが。
こう考えると、事件が文字通りダッシュでやってきた。ゲームをクリアしても、フラグとはそういうものらしい。
「失礼します。ヴァリシュ様、大変です!」
「わっ、ヴィルガ隊長!? そんなに慌ててどうしたんですか?」
ノックをしてから返事も待たずに、ヴィルガが執務室に飛び込んできた。咄嗟にマリアンがヴィルガの前に立ち、俺とアレンスで机の陰にしゃがんだフィアを隠す。
「きゃあっ、ヴァリシュさん! どさくさ紛れにそんなところを!?」
「うるさい、黙っていろ」
「……今、何か隠しましたか?」
「いえ、何も!」
訝しむヴィルガに、ぶんぶんと首を横に振るアレンスとマリアン。視線だけ下に向けると、机に隠れながら悪戯っぽい笑顔と目が合った。
……後で窓から放り投げてやる。
「そ、それでヴィルガ隊長。ご用件は何でしょうか」
「ああ、そうでした。大変です! 錬金術工房が、殺人未遂容疑で訴えられました!」
「……は?」
ヴィルガ以外が、揃って首を傾げる。聞き間違いだろうか。だが、俺達の心境を読み取ったのか。ヴィルガがもう一度、同じ報告をしてきた。
「で、ですから! 錬金術工房に、殺人未遂容疑がかけられたんです! 現在、錬金術工房は営業を停止され、リネットさんとシズナさんはミラージェス伯爵家で身柄を拘束されております!」
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