四話 かつて、約束を交わしたあの場所へ
「ところで、シズナ。アナタ、ヴァリシュに頼みたいことがあったんじゃないの?」
「俺に?」
リネットが思い出したように、ぽんと手を叩いてシズナを見る。あ、とシズナがリネットを見てから俺の方を向いた。
「そうだった。あのね、ロン毛の騎士さん。お願いがあるんだけど」
「何だ。聞いてやれるかどうかは、わからんぞ」
じっと見上げてくるシズナを見やる。正直まだ本調子ではない為に、変なことには巻き込まれたくないのだが。
「簡単よ、あなたなら。わたしの隠れ家をフィア様から取り返して欲しいのよ」
「……誰からだって?」
「だから、フィア様から。一週間以上前にあたしの隠れ家に乗り込んできて、そのまま引き篭もっちゃったの」
シズナの話によると悪魔王が居なくなった今、悪魔の残党達は七大悪魔であるにも関わらず王を見捨てたフィアを敵視しているらしい。
故郷にも帰れない彼女は、俺から離れた後にシズナの隠れ家に押し掛けるなり彼女を追い出しそのまま引き篭もってしまったらしい。
「お前は悪魔の国に帰らないのか?」
「帰ったところで、混乱に巻き込まれて面倒なだけだからね。それに、ここに居る方が楽しいわ。見てて飽きないから、錬金術。でも、隠れ家にお金とか服とか色々大事なものを置きっぱなしだから、それだけは持ってきたいの」
むすっとシズナが言った。なるほど、それはさぞかし迷惑だろう。それにしても、あいつは一体何がしたいのだろう。
最後に見た彼女の泣き顔が、あまりにもらしくなかったから。居場所がわかって少しだけ、ほんの少しだけ安堵したけど。
「良いじゃない! シズナもそうだけど、そのフィアって悪魔もヴァリシュを庇ってたくらいだから、悪い悪魔じゃないんでしょう? それなら、皆この国に居れば良いじゃない」
「……フフフ、良いのかしら店長。ライバルが増えるわよ」
「うぐ! ま、負けないわ。アタシはフレッシュな若さで勝負よ!」
「あ、そう。それなら良いけど。それで、どうかしら騎士さん。あなたの話なら、フィア様も聞いてくれると思うの。協力してくれないかしら?」
こてん、と首を傾げるシズナ。フィアはあんなだが、今では七大悪魔最後の一人だ。生き残った悪魔の中では最強と言っても過言ではないかもしれない。そんな彼女がはたして俺の話を聞いてくれるかどうか。でも。
……行った方が、良いんだよな。これは。
「わかった。だが、話をするだけだ。説得で応じなかったら、それまでだ。七大悪魔相手に立ち回れる程、まだ回復していないからな」
「それで良いわ。じゃあ、早速行きましょう」
「え、今からか?」
「こういう面倒なことは、さっさと済ませたいのよ。良いでしょ、あなた暇そうじゃない」
思わず面食らってしまう。大人しそうに見えて、意外と行動派だなこの子。
「はあ、仕方ないな。だが、お前の隠れ家とやらは遠いのか? それなら、相応の準備が居るんだが」
「遠いけど、準備なんか要らないわ。一瞬で行けるもの」
ひひっ、と不気味に笑うとシズナが近寄ってきて俺の手をぎゅっと握って身を寄せてきた。なんか、しっとりひんやりしてる。
感触としては、カエルに近……いや、止めておこう。
「ぬあっ!? し、シズナ! アナタ、見かけによらず大胆なのね!?」
「ウフフ、良いでしょ。さ、行くわよ騎士さん。ちゃんと手を繋いでいてね。じゃないと、変なところで振り落とされちゃうかもしれないわよ」
「は? それってどういう――」
ことだ、と言えたかどうかすらわからなかった。巨大な掃除機に吸われるかのような感覚に、息が吸えなくなる。この感覚には、何だか覚えがある。確か……そうだ、ラスターとオリンドの地図を使って古代エリン遺跡に行った時だ。
そこまで考えた時には、既に俺とシズナは錬金術工房には居なかった。
※
「……今のは、お前の魔法か?」
「そうよ、便利でしょ。瞬間移動の魔法は、わたしの唯一の特技よ。わたしと、わたしが掴んでいるものしか移動させられないけどね」
パッと手を離してシズナが言った。さわさわと冷たい風が髪を揺らす。大きな湖に、静かな森。ここは、オルディーネ王国から北の方にあるバンセ湖だ。
鏡のような穏やかな水面に、周りの景色が映り込んでいてとても綺麗だ。記憶ではこの場所に関係するイベントなどは特に無いが、湖の底に何故か金塊が埋まってたりするという隠し要素がある。
……ラスターは知らないようだし、潜ってみようかな。
「わたしの隠れ家はこっち……泳ぎたいの? この湖、結構深いわよ。それに、湖には主も居るしね」
「そうだった、止めよう」
シズナの言葉にきっぱりと諦めて、踵を返す。ここの主は巨大なナマズのような魔物で、手を出さない限りは湖の底で大人しくしているのだが、敵を見つけた途端に毒をまき散らしてくるという厄介なヤツなのだ。
泳ぐのもしんどいし、金塊は惜しいが触らないでおこう。
「ここよ。言っておくけど、家は人間から無理矢理奪ったわけじゃないから。空き家だったから、有り難く使わせて貰ってただけよ」
勘違いしないでよね。湖畔にぽつんとある、桟橋付きの小屋を指差しながら念を押すシズナ。かつては釣り好きが使っていたのだろうが、確かにここは空き家だった筈。
シズナに促され、ドアを叩く。
「……フィア、そこに居るのか?」
コンコンと、強めにノックを繰り返す。だが、いくら名前を呼んでも応答が無い。というより、そもそも気配がしないような。
ドアノブに手を伸ばして、ゆっくりと押してみる。すると、意外にもすんなりとドアが開いてしまった。
「おい、鍵が開いてるんだが」
「え、嘘?」
シズナが駆け寄ってきて、そのまま中へと入った。俺も後に続くが、やはりそこにフィアの姿は無かった。
がらんとした空間に布団とテーブル、使い古された道具箱だけがある。それなりの間、シズナが使っているという隠れ家は中々閑散としていた。錬金術工房の混沌を見た後だからだろうか、やけに物寂しく感じる。
テーブルの上には食べっ放しの食器がなっている部分だけは、生活感があるが。
「……えっと。う、嘘は吐いてないわ! 本当にフィア様に占領されてたの! 昨日様子を見に来た時には、鍵だって閉まってたんだからっ」
「大丈夫だ、疑ってないから。だが、それならフィアはどこに行ったんだ? 引き篭もっていたんじゃないのか?」
必死に訴えるシズナを宥めながら、俺は改めて室内を見回す。フィアが隠れられるようなクローゼットなどはないから、ここにはもう居ないと考えて良いだろう。
「さあ、わからないわ。でも、まあ良いわ。とりあえず、目標は達成出来たもの。荷物を纏めるから、ちょっと待ってて」
「フィアに会わなくて良いのか?」
「わたしは荷物を取りに来たかっただけだもの。フィア様に用は無いわ」
そう言って、鞄に荷物を詰め込み始めるシズナ。なんと言うか、悪魔はドライだな。俺は一旦外に出て、彼女の支度が出来るまで待つ。
それにしても、
「あいつ……どこに行ったんだ。いや、そもそも俺はあいつと会ってどうしたいんだ」
シズナの勢いに押されるまま、ここまで来たが。彼女と会って、どうしたいのかが自分でもわからない。フィアは敵ではないとしても、人間と悪魔は相容れない。
でも。リネットが言ってたように、もし人間と悪魔が共存出来るのなら――。
「ん? ……あ、あれ。何だ、目が」
ぐらりと揺らぐ視界に、思わずその場に膝を着く。目眩か、いや……違う。反射的に両目を瞑ったが、俺の頭にはぼんやりとした映像が流れ続けていた。
しかも、この辺りの景色ではない。見慣れた街並みが見える。オルディーネ王国で間違いないだろうが、遠く離れているせいかまるでミニチュアの模型のようだ。
目を擦っても消えない光景。失明した筈の左目から見えているのだと、やっと理解出来た。
「これ、は……」
見慣れない光景だが、知っている。でも、一体どこだっただろうか。上手く、思い出せない。
とても大切な場所だった、気がするんだが。
『見てください、ヴァリシュさん! ここは私のお気に入りの場所なんです。オルディーネ王国だけではなく、大陸の果てまで見えるでしょう? いずれは貴方が支配する世界ですよ』
そう言って、フィアが楽しそうに笑っていた。でも、それは『今の』俺の隣ではない。闇堕ちしたヴァリシュの隣だ。
『……くだらない。俺は世界の支配など興味はない。ただあいつに、ラスターに復讐出来れば、それで良い』
フィアの隣に居るヴァリシュがそう言った。むすっと不満そうに、フィアが口を尖らせる。
『えー、勇者さんに復讐するだけですかぁ? その後はどうするんですかっ』
『その後……? さあな、どうでも良い』
『どうでも良いなら、私のお願いを叶えてくださいよ。私、実は悪魔王の息子さんに言い寄られてるんです。「あの老害よりもボクに仕えないかい? ボクの言うことを聞いてくれるなら、宝石でも何でも欲しいものをあげよう」って。あの強欲のお誘いなんてロクなものじゃないですよ。だから、その復讐が終わったら、私をあの人から守って下さい。そうすれば、貴方がこの世界の支配者になれますよ! 人間も悪魔も、全てが貴方の思う通りに出来るんですから!』
『俺はこの憎悪を晴らせればそれで良い。だが、そうだな……目的を果たせた後は、お前の望みを叶えてやろう』
『えへへ、やった。約束ですよ、ヴァリシュさん。全部終わったら、また二人でここに来ましょうね。私達が塗り替えた後の世界をまた見に来ましょう、忘れちゃダメですよ!』
表情も変えず、ただ復讐だけに全てを注ぎ込んだ俺にフィアが嬉しそうに笑った。その時は復讐も約束も、結局果たせなかったが。
思い出した、あの場所のことを。
「ちょ、ちょっと大丈夫? 具合、悪いの? お水飲む?」
いつの間にか、シズナが隣にしゃがみこんで俺の顔を覗き込もうとしていた。そんな彼女の手を掴み、俺は顔を上げた。
「え、うええ!? な、何よ」
「シズナ。お前は、俺が指定する場所に瞬間移動することが出来るか?」
「ち、地図で示してくれればね」
「それなら頼む、俺をあそこに連れて行って欲しい。フィアと約束したんだ」
目を白黒させるシズナに頼み込む。あの約束をしたのは、今の俺とフィアではない。でも、それでも。
約束を果たすのは今だと、俺は確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます