三話 意外な再会

 城の外へ出られるようになったのは一週間後だった。色々な人からやたらと体調を心配された為に、ずっと城に籠もることになってしまったのだ。

 まあ良い。これでようやく孤児院の様子を見に行ける。それなりに迷惑をかけてしまったのに、手ぶらというのも元日本人として後ろ髪が引かれるので、ちゃんと菓子折りは用意した。

 この世界ではそんな気の利いたものを売っている菓子屋はないので、ただの手作りクッキーを簡単にラッピングしただけだが。


「わあ、クッキーだぁ!」

「ヴァリシュお兄ちゃん、ありがとう!」

「あらまあ、ヴァリシュくんってばお菓子まで作れるの? 本当に器用な子だわ」


 大量のクッキーが入った紙袋を高々と掲げながらはしゃぐ子供達を眺めながら、エマがふっと笑う。ここはアスファとの戦闘でかなりの被害が出ていたのだが、破壊された建物には足場が建てられており早くも復旧工事が進んでいるようだ。

 ちなみに、その費用はどうしたのかと言うと。


「あの悪魔が置いていった宝石があったでしょう? あれをマリアンさんのお知り合いの貴族に売ったのよ。孤児院を建て直しても、しばらくは生活出来るわ」


 そう言って、エマが複雑そうに笑った。怪我の功名とは正にこのことだろうか。結果的に、工事の費用を差し引いたとしても孤児院は以前よりも潤ったらしい。

 何にせよ、エマや子供達には怪我が無かったようで安心した。


「ねえ、ヴァリシュくん。命の恩人であるあなたにこんなことを言うのも申し訳ないのだけれど、やっぱり片目で騎士を続けるなんて危ないわ。危ないことは止めて、もっと別のことをしてみない? そうだわ、お菓子屋さんとかどうかしら。きっと流行るわよ」

「心配してくれてありがとう、エマさん。だが、俺にはやることがある。それをやり遂げるまでは続けるよ。支えてくれる仲間が沢山出来たからな」


 そう言って、俺は孤児院を後にする。無意識に辺りを見渡すが、ここにも彼女の姿は見当たらなかった。



「リネット……居るか?」


 孤児院から帰る途中で、俺はリネットの錬金術工房にも立ち寄ることにした。本当は孤児院に行く前にも寄ってはいたのだが、留守だったようなので後回しにしていたのだが。

 改めて来ても、リネットの返事はない。だが、開店中ではあるらしい。いつも通り散らかっている工房内を見回すが、リネットが居る気配はない。奥の生活スペースにも居ないようだ。


「……前はラスターが勝手に入って怒られていたが。さて、どうしたものか」


 日を改めても良いが、リネットには俺が怪我をして以来会っていない。腰に提げている剣もそうだが、眠っている間にも薬を作り続けてくれていたというし。

 何より、手作りのクッキーは日持ちしない。仕方ない。もう少し待って戻って来なかったら出直すか――


「……へえ。あなた、器用なのね。騎士のくせにお菓子まで作れるんだ」

「クッキーくらい誰でも作れるだろう……って、え?」

「むぐむぐ……あ、美味しい。良いなあ、フィア様は毎日こんな美味しいものを食べてたんだ。これは確かに、名残惜しくなって当然ね」


 一体いつからそこに居たのか、そもそもどうしてここに居るのか。そして、何故俺が持っていたはずの紙袋を抱えながらクッキーを頬張っているのか。

 全く想定していなかったの存在に、思わず裏返った声で叫んだ。


「ど、どどどうしてお前がここにいる!? 二度とこの国に近寄るなと言っただろう!」

「お、怒らないでよ。仕方ないじゃない。わたし、故郷からも隠れ家からも追い出されちゃって行く場所がないんだもの。それに、ここにはちゃんとの許可を貰って住ませて貰ってるんだから。人間に危害を加えたりもしていないわ」

「店長って、まさか」

「ただいまー、シズナ。ちゃんと店番出来てた……って、うわあ!? ヴァリシュじゃない! 良かった、元気になったのね!」


 どうやら買い物にでも行っていたらしいリネットが、一杯になった買い物籠を片手に帰ってきた。まるで家族を相手にするかのようにシズナに接するリネットが俺の姿に驚いたように目を見張るが、すぐにシズナが食べているクッキーに興味が移ったようだ。


「あら? シズナ、そのクッキーはどうしたの?」

「そこのロン毛の騎士さんがくれたの。手作りらしいわよ」

「は、はあ!? ちょ、シズナ! アタシにもちょうだいよ!」


 持っていた買い物籠を放り投げて、リネットがシズナからクッキーをひったくる。そういえば、前も俺の執務室でクッキーを頬張っていたが。そんなに好きなのか。

 って、それどころではない。


「ひえっ、これ本当にヴァリシュが作ったとか……しかも美味しい、なんか悔しい」

「わたしは店長が作ってくれた錬金料理も好きよ。その辺の雑草や泥水が美味しいスープになるなんて、何度見ても面白いわ」

「何やら聞き捨てならないことが聞こえたが、おいリネット。どういうことか説明しろ、どうしてここにシズナが居るんだ?」


 ポリポリとクッキーを齧りながら、二人が顔を見合わせる。先に口を開いたのはリネットだった。


「えーっと、どこから話そうかしら……ヴァリシュが早く回復するよう、アタシは定期的に薬を作ってたんだけど。素材が足りなくなっちゃって、例の森に採取に行った時に行き倒れてるシズナを見つけちゃったのよ。お腹を空かせて倒れてただけだったから、アタシが持ってたお菓子ですぐに元気になったけど。その後はなんか意気投合しちゃって、行く場所がないから工房のアシスタントとして雇ってあげたってわけよ」

「……ツッコミどころが満載なんだが。採取って、まさかまた一人で行ったのか?」

「だって仕方ないじゃない! 騎士の皆だけじゃなく、冒険者の人達も街の復旧で忙しそうだったし。破裂草の時みたいに森の奥まで行く必要なんてなかったし!」


 全く悪びれる様子のないリネットに、思わず眉間を押さえる。しかも、それが俺の為だったなんて言われたら怒るに怒れないじゃないか。


「それに、シズナが居てくれたから魔物が寄り付かなくて助かっちゃった! この子、結構物知りでしかも器用なのよ。だから、しばらくアタシの工房で助手として雇うことにしたわ。アナタの薬に使った薬草だって、シズナと一緒に採ってきたんだから。感謝してよね」

「わ、わたしは別に……世話してもらった分だけ働いているだけよ」


 にこにこと笑顔なリネットに、ふいっと顔を背けるシズナ。ううむ、どうやら本当にシズナはリネットの手伝いをしているだけのようだ。

 こうなってくると、無理矢理追い出すのは気が引ける。シズナは悪魔の特徴である翼や角などを常に隠しているから、傍から見れば少々陰気な少女にしか見えない。

 いざとなれば聖水で撃退出来るし、しばらく様子をみることにしよう。

 

「そうだ、ヴァリシュ。いつまでも目に包帯巻くのって面倒でしょう? 眼帯でも作ってあげようか? それとも、思い切って義眼とか! アナタに似合うとびきりクールで格好良い目を作ってあげるわよ。あ、どうせだから目が光ったりしたら便利じゃない? 夜中にトイレに行く時とか!」

「他人の目で遊ぶな! ちょっと、格好良さそうだけど……」


 厨二心が擽られる。でもリネットの場合、本気で作りそうだからしっかり断っておかないと。

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