二話 わかっているのに、彼女の姿を探してしまう
感情が落ち着くと、俺は訓練場へと向かった。若干ふらつくが動けない程ではないし、むしろ少しは動いた方が身体の回復も早まる気がする。
そういえば、ラスターが今の騎士団を纏めるのは無理だとぼやいていたが。何か問題があったのだろうか。俺が訓練場内へと入ると、何も言っていない内にその場に居た全員がわっと駆け寄ってきた。
「ヴァリシュ様!?」
「ヴァリシュ様、ああ良かった! お怪我をされたと聞いて、ずっと心配していたんですよ」
「うわっ、びっくりした」
囲んでくる団員達の圧が凄い。押し潰されるんじゃないかと思った頃、アレンスとマリアンに引っ張り出して貰って難を逃れた。
「だ、大丈夫ですかヴァリシュ様?」
「すみません、自分達から先に話をしてはいたのですが」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「これ、お前達! 団長を潰す気か、病み上がりなのだから手加減しないか!」
メネガットの叱責に、騎士達がようやく落ち着きを取り戻した。こほん、と咳払いをしてから改めて皆を見やる。
マリアンとアレンスは知っているようだが、隊長三人を含めた他の全員は俺の左目は負傷したと伝わっているんだったか。
「ええっと……先日の襲撃では皆の働きで最小限の被害で食い止められたと聞いた。課題は残るが、よくやってくれた。その後の復旧作業も含め、ほとんどのことを任せてしまってすまない」
「いいえ……ヴァリシュ様がアスファを倒してくださらなければ、我々だけではなくこの国は滅亡していたことでしょう」
「ヴァリシュ様、左目を負傷されたと聞きしましたが……もう見えないって、本当なのですか?」
エルーとヴィルガが、悲痛な面持ちで言った。その場に居る全員の視線が、俺の左目に注がれる。
ふっ、と思わず笑ってしまう。
「お前達がそんな顔をする必要は無いぞ。確かに左目は失明したが、後任が育つまでは団長を続けるつもりだ。本当はラスターに団長の座を返そうと思っていたんだが、あいつはあいつでやることがあるらしい。隻眼の団長など頼りないだろうが、諦めてくれ」
「そんな、何を仰るのですか? 今の騎士団は、ヴァリシュ様が居なければ成り立ちませんよ!」
「被害を最小限に食い止められたのは、団長であるヴァリシュ様の采配のお陰です。だから、ヴァリシュ様は今まで通り我々を導いてください」
マリアンとアレンスの言葉に、皆がうんうんと頷く。ああ、なるほど。ラスターが隊長の座を投げ出した理由がやっとわかった。こうなってしまっては、もうしばらくは俺がこの仕事を務めるしかなさそうだ。
……マズい。俺も最近やけに涙腺が緩くなった。瞳が潤むのを堪えるように、俺は訓練場内を見回した。
少し前は、窓の外から変な団扇を振っていたフィアが居たんだが、今日はその姿もなかった。
「ヴァリシュ様、やはり片目では不自由ですか?」
「あ……いや。慣れないだけだ」
「そうですか。ですが、ご安心を。これからは我々があなたの目になります」
またしても圧が凄い。グイグイ来る皆に思わずアレンスを振り返ると、俺の意図を察したのか前に進んで手を叩いた。
「皆さん、団長は見ての通りまだ本調子ではありません。しばらくは部隊長を中心に任務や訓練に勤めましょう。ヴァリシュ様、早急に確認して頂きたい報告書がいくつかございますので、執務室までお願いします」
「わ、わかった」
「マリアン、ヴァリシュ様を執務室にお連れしてくれ。自分も後から行きますので」
「はい、お任せください!」
行きましょう。マリアンに引っ張られるようにして、俺は訓練場を後にした。助かった。とりあえず、騎士の皆はアレンスに任せても大丈夫だろう。
問題は、やはりあいつだ。
「マリアン。フィアは……黒いドレスを着た女の悪魔なんだが、あの時見ただろう?」
「あ、はい……森でも遭遇した悪魔ですよね?」
歩を進めながら、声を顰めてマリアンが話す。
「あれから、どこかで見たりはしていないか?」
「……いえ。一応、自分とアレンス様で見回りの途中で探したりはしているのですが、どこにも」
「そうか……」
どうやら、城内だけではなく国内にも見当たらないらしい。市場の屋台とか、盗み食いする鳩の情報が無いかも探った方が良いか。
「あの、ヴァリシュ様。彼女は色欲の悪魔、ですよね? 彼女とは、どういう関係なのでしょう……?」
「え?」
「い、いや違うんですよ! ヴァリシュ様の交際関係が気になるとか、そういう意味ではなく! 彼女はアスファと敵対していたようですし、特に人間に害を与えていたわけではないようなのでどういう存在だったのか気になっただけです! それ以上の意味は無いです、断じて!!」
何故か顔を真っ赤にして、マリアンがわたわたと慌てる。そうか、皆からすればフィアだってアスファと同じ七大悪魔だ。不安に思うのは当然だろう。
でも。俺はきっぱり首を横に振った。
「心配ないさ。フィアは、アスファとは違う。食い意地が張っていて我が儘で能天気で、色欲って何だったかと疑う程だったが。あいつは人間に危害を加えるような悪魔じゃない。俺が保証する」
「そ、それって」
「まあ、万が一にもフィアが襲ってきたら俺が責任を持って倒してやる。心配するな、アスファ程手こずる相手ではない」
そうならないことを祈るがな。という言葉は飲み込んで、俺は自分の執務室へ向かう。マリアンは何か言いたそうだったが、何故か恥ずかしそうに唇を噛んで黙り込むだけだった。
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