六話 これまでの努力は無駄じゃなかった
アスファが振り回す槍を避けながら、タイミングを見逃さずに攻撃を加えていく。思い出されるのは、彼がまだ画面の向こうの存在でしかなかった頃の記憶だ。
彼はプレイヤー間でも有名なステータスぶっ壊れキャラで、攻略難易度は『ラスボス以上』とまで言われていた。だが、だからこそ戦闘に関する彼の記憶は一際根強い。
どう戦えば勝てるのかを解説した動画は何百回と見て研究した。装備やスキルの解説に、アスファの攻撃パターンの検証記事も熟読した。
ライトなプレイヤーはどうにかしてアスファを倒せれば十分だっただろうが、前世の俺はそうではなかった。これが、アスファなら俺でも勝てる可能性があると言った理由。ゲーマーにとっては最も手強い敵であるがゆえに、最もやり込んだ相手でもあったのだ。
それを実際に再現するなら、
「く、クソ! 何で当たらないんだ、キミは本当にただの騎士か!?」
「えっ、えっ! ヴァリシュさん、凄い! 格好良いです!」
「暇なら手伝え! お前、バフの魔法が使えるだろうが。援護くらいしろ!」
「ばふ……? よくわからないけど、私も死にたくないので援護しますねっ」
すっかりいつもの調子を取り戻したフィアがくるくると踊りながら詠唱すると、頭のてっぺんから爪先まで力が漲った。不思議な感覚だが、悪くない。
俺が闇堕ちした時も、フィアは今のように俺に
有り難く受け取っておこう。
「フィア!! どうやらキミは、本気でボクに反抗したいみたいだね?」
「当たり前です。ヴァリシュさんを盗られるくらいなら、抵抗しまくって死んだ方がマシです」
「そうかい、それなら……キミに情けをかける必要もないか!」
翼を羽ばたかせ、距離を大きく稼ぐだけではなく宙に浮いて槍を再びハープに戻して旋律を奏でた。先程までとは異なり、ドラゴンの唸り声のように凶暴だ。
「避けられるものなら、避けてごらん。じゃないと、粉々になっちゃうかもしれないよ?」
いくつもの音が光に代わり、光はまるで弓矢のように研ぎ澄まされた。この魔法も覚えがある。厄介な攻撃だが、これはアスファの言葉に惑わされてはいけない。
彼が放つ光の弓矢はいわゆるホーミングレーザーのようなもので、避けても避けても追ってくるのだ。そこに生まれた隙を狙って、アスファが攻撃を仕掛けてくるというのが攻撃パターンにあった筈だ。
弓矢の威力もかなりのものだが、剣で弾くことが出来る。放たれた光を睨み付け、弾いて耐えることだけを優先する。
だが、あまりにも上手くいきすぎていて、失念してしまっていた。
俺の剣は、ラスターが持つ勇者の剣などではないということを。
「ッ、ぐあぁ!?」
一つ、二つ。三つ目の弓矢に狙いを定めた瞬間、何かが砕け散る甲高い音と共に弾いた筈の弓矢が俺の胸に突き刺さった。
フィアのバフと弓矢自体の威力が多少落ちていたこと、そして鎧を着ていたお陰で致命傷は避けられたが。激痛に膝をつき、込み上げてくる血の臭いに激しく咳き込む。
それでも咄嗟に剣を取ろうとするが、持ち上げた柄は不自然に軽くて。自分の剣が、剣身の真ん中辺りで粉々に砕け散っていることに今更気がついた。
「ふう、なかなか楽しませてくれるじゃないか。でも、剣が折れたら騎士はもう戦えないよね」
「ぐ……くそっ」
「ヴァリシュさん、きゃああ!?」
「可愛がってあげるよ、ヴァリシュ。でも、その前に」
地面に降りたアスファが嘲笑を浮かべながら、その場でハープを奏でる。すると、光が蛇のようにうねり俺に駆け寄ろうとしたフィアを拘束した。
そのまま蛇は大きな鳥籠に代わり、彼女をその中に閉じ込める。
「いたた……ちょっと、何ですかこれぇ!? 悪趣味! アスファさんって本当に悪趣味です! 私にえっちなことする気なんですか!」
「うるさいなぁ、もう。裏切り者とはいえ、七大悪魔のキミを殺すのは骨が折れそうだからね。その前に、最初の目的を済ませちゃおうって思ってさ」
鳥籠の中でジタバタと暴れるフィアから目を離したアスファが、俺の前に立つなりハープに触れた。奏でられる音は穏やかなのにどこまでも不愉快で、見えない手が頭の中を掻き混ぜられているかのような感覚に陥る。
気持ち悪い。全身を這うような不快感に耳を両手で塞ぐも、音は俺の意識を掻き混ぜ続けた。
「うぅ……ぐ、あぁ! や、やめろ」
「これだけ戦えるなら、色々と遊び甲斐がありそうだね。洗脳してこの国を乗っ取ろうか、それとも勇者と戦わせてみようか。楽しみだよ、ヴァリシュ」
「ヴァリシュさん! しっかりしてください、負けちゃ駄目です!」
思考をぐちゃぐちゃにされて、好き勝手に形を変えられる。理性を切り離されて、自分という存在が朧気になってわからなくなる。
くそ……やっぱり、俺では勝てないのか。悔しい、せめて剣さえあれば――
「ヴァリシュ様!」
「悪魔め、これでも喰らえ!!」
不意に、聞き慣れた声が俺を呼ぶ。それと同時に、もう何度も世話になった聖水爆弾が地面を跳ねてミスト状の聖水が噴き出した。
「うわっ、何これ聖水? 鬱陶しいなぁ」
ハープを奏でる手は止めたが、彼にとってもはや聖水は脅威でも何でも無いらしい。アスファは後ろに飛ぶと、ハープを三叉槍に変えて刃を振り回した。
ミストが悪魔の槍に触れる度に、聖水が音を立てて蒸発する。すぐに無効化されそうだが、多少の時間稼ぎにはなりそうだ。
「ヴァリシュ、大丈夫!?」
「うう……リネット、それにマリアンとアレンスまで。どうして」
「騎士は国民を護るのが役目です。同じ国民であり、我らの団長を護ることに理由が必要ですか?」
「敵わなくても、時間稼ぎくらいは出来ますよ!」
アレンスとマリアンが剣を抜いて、アスファに向かって駆け出す。駄目だ、彼等では敵わないのに。ハープの音から逃れ、少しはマシになった身体を叱咤し無理矢理立ち上がる。ふらつく俺をリネットが支えて、手に何かを握らせた。
見ると、それは封が開けられた茶色の小瓶だった。
「ヴァリシュ、これ飲んで!」
「これ、は?」
「アタシが作った特製のお薬よ。体力の回復だけじゃなくて、解毒作用や身体能力の向上などなど。とにかく効果バツグンなんだから」
そう言って、ほとんど無理矢理飲まされた薬を飲む。液体状の薬で、見た目は前世で世話になった栄養ドリンクっぽかったが。
「……不味い! 何だこれ!」
「え、やっぱり不味い? そうだよねー……アレとアレ入れたら、美味しいわけないもんねー」
空になった瓶を眺めながら、リネットがブツブツと独り言を言う。何だ、一体何を飲まされたんだ!?
だが、効果が抜群だというのは本当らしい。たった今まで身体を巡っていた痛みや不快感が一気に消え去った。この薬に使われた素材に関しては……忘れよう。
「あ、あとね。これ……あげる!」
空瓶を受け取る代わりに、今度は布に包まれた細長い物体を押し付けられた。大きさの割にかなり軽く、今度は何なのかすらわからない。
「何だ、これは」
「け、剣よ! アタシがずっと作ってたでしょうがっ」
「剣……? これが?」
真っ赤な顔でリネットが喚いた。確かに、言われてみれば森に行った頃から剣を作りたそうにしていたようだったが。それはゲーム内のイベント通り、勇者の為に作っていたんじゃないのか?
「何よ! 剣に見えないっていうの!? 頑張って作ったのに!」
「い、いや。そういうわけじゃないが……何故、俺に? ラスターに作っていたんじゃないのか?」
「ラスターなんかに作るわけないじゃない! これは最初からアナタの為だけに作った剣なの! 何で気が付かないかなぁ、この鈍感騎士!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます