二話 悪魔の襲撃


 外に出ると、街はまさに阿鼻叫喚と言った様子だった。悲鳴を上げて逃げ惑う者に、泣き叫ぶ子供。

 騎士達が各自で対応しているようだが、事態は全く落ち着く気配が無い。


「こ、これは一体どうしたことじゃ」

「え、陛下!? アボット大臣まで」


 マリアンの声に振り向けば、心配そうな面持ちで王と大臣が駆け付けてきた。平時ならば許しが出るまでその場に片膝をつくべきなのだが、状況が状況なだけにあの小煩い大臣ですら難癖をつけてくることはなかった。


「これは何事だ、わかっている範囲で良い。誰か報告しろ!」

「ヴァリシュ様、陛下も!」

「大変です、悪魔の襲撃で城壁が一部大破しました!」


 話が聞けそうな者を探すべく辺りを見回せば、血相を変えてヴィルガとエルーが駆け寄って来た。二人の報告に辺りがざわつく。無理もない。

 勇者が悪魔王を討伐に向かった。それなのに、城壁を崩せる程の力を持った悪魔が襲撃してきたということは。


「ま、まさか……ラスターが負けた、ということか?」

「お言葉ですが、アボット大臣。ラスターが負ける筈ありません。皆の不安を煽るような言葉は謹んでください」


 無意識に、大臣を睨み付けてしまう。そうだ、ラスターが負けるだなんてあり得ない。親友あいつの強さは、俺がよく知っている。自分の弱さに気がつき、それを克服した彼の剣は何者にも負けない。

 ……でも、それならこの襲撃は何だ。記憶では、こんな事件は起こらなかった筈。


「ヴィルガ隊長、エルー隊長。襲撃してきた悪魔はどこだ、何体居る?」

「それが……現在、確認できているのは一体だけです」

「一体だけだと?」


 妙だ。もしもラスター達が負けたのなら、悪魔達にはもう恐れるものは無いのだから総攻撃を仕掛けてくるのではないのだろうか。それなのに、たった一体だけで何のつもりだ。

 残党の悪足掻きか、それとも……。マズい、シナリオにはない展開の為に全く想像出来ない。俺が悩んでいると、癇癪を起こした大臣が隊長達に喚いた。


「そ、それならさっさと退治せんか! たった一体ならば、騎士団が総出で当たればどうにでも出来るだろう!?」

「それが、城壁の破損箇所から大量の魔物が街中へ侵入しているんです。現在、第一部隊が討伐を行っておりますが、魔物の侵入を食い止めるのに精一杯で……それに、その」

「何だと!? それでもお前達は騎士としての自覚があるのか!」

「止めるのじゃ、エルランド。騎士団に落ち度は何も無い。ヴィルガよ、教えておくれ。何があったんじゃ?」


 がなり立てる大臣を宥めながら、陛下がヴィルガに問い掛ける。だが、どうも歯切れが悪い。いつもの彼女なら、どんな内容でも物怖じせず報告するのに。

 俺も彼女の言葉を促そうとするが、それよりも先にエルーが口を開いた。


「……悪魔から伝言を預かっております。ヴァリシュ様に会わせろ、孤児院で待っている。自分は強欲のアスファである、と」

「な、なんじゃと!」

「一時間は何もしない。だが、一時間経ってもヴァリシュ様が来なかった場合、この国を焼き尽くす……そう言って、悪魔は混乱に乗じて姿を眩ませました」


 その場に居る全員がエルーを見て、次に俺を見た。最悪だ。どうしてこんな展開になってしまったのか。


「強欲って……まさか、七大悪魔の?」

「どうしてヴァリシュ様が……しかも、孤児院だなんて」


 アレンスとマリアンが顔を見合わせる。七大悪魔が王国を襲うなんてこと、記憶には存在しない。きっと俺が闇落ちを回避し生存したことで、ゲームとは完全に異なった出来事が起きているんだ。

 それに、よりにもよって強欲のアスファだなんて。彼は七大悪魔の中でも別格の実力を誇ると同時に、一番質が悪い悪魔だ。

 何にせよ、見逃してくれるような慈悲深さは持ち合わせていないことだけは確実だ。ならば、動揺している時間は無い。


「陛下。魔物が街に入り込んだ以上、国民達を避難させるべきだと判断します。城内へ誘導する許可を頂きたいのですが」

「う、うむ。それは構わぬが……ヴァリシュ、お主」


 まさか。陛下の言葉は聞こえなかったふりをして、俺はヴィルガとエルーに向き直る。


「よし。では第二、第三部隊は住民の避難誘導に当たれ。敵の攻撃も考慮すると、住居よりも城や教会に避難させる方が良いだろう。詳細は各自判断に任せる。国民の安全確保が最優先だ、一人も死なせるな」

「はっ!」


 俺の指示に表情を引き締めた二人が任務に向かう。それを見送る暇もないまま、俺は陛下と大臣を見た。


「陛下、国民達の避難は我々にお任せください。アボット大臣、陛下と共に城内へお戻りください。安全が確保されるまで、絶対に外へ出ないように」

「わ、わかった」

「待つのじゃ、ヴァリシュ! お主まさか、悪魔の元に行く気か!?」


 陛下の震える手が、俺の腕を掴む。やれやれ、こういう時は国を治める王らしく堂々としていれば良いのに、と俺の中の冷めた部分が吐き捨てる。

 しかし、肉親でもない相手に必死になれる人だからこそ、国民達が慕うのだろう。


「……指名された以上、隠れるわけにはいかないでしょう。それに、俺は騎士団長です。騎士達が戦っているのに、何もしないままでは示しがつきません」

「何を言っておる!? 七大悪魔など、勇者であるラスターでなければ太刀打ち出来ぬ。お主が行っても死ぬだけじゃぞ!」


 陛下の叫びに、マリアンとアレンスがはっと息を飲んだ。悔しいことに、陛下の言い分は正しい。そんなことない、と自信を持って言い返せないのが虚しい。

 ……でも、


「もしも俺がこのまま行かなかったら、関係ない誰かが犠牲になるかもしれない。ラスターが帰ってくる場所が焼き尽くされるかもしれない。そう考えると、死ぬよりもずっと恐ろしいのです」

「そんな……ああ、神よ。大切な息子を二人も死地に送り出せと言うのか」


 嗄れた声が震え、王の目から涙が溢れる。かつて日本で生きていた頃は、時代劇などを見ても誰かに仕えるということが全く理解出来なかったが。

 今は、この人に拾って貰えて良かったと心の底から思える。


「大丈夫ですよ、陛下。ラスターは必ず無事に戻ってきます。俺も簡単に死ぬつもりはありません。相手が本当にアスファなら、俺でも勝てる可能性があります。何より、俺は貴方の息子である以前に、この国を預かる騎士なので」

「ヴァリシュ――」

「大臣、陛下を頼みます!」

「くっ、わかった」


 引き止める手を無理矢理振り払って、陛下を大臣に押し付ける。大臣に引き摺られるようにして、城内へ戻る陛下から視線を背ける。


「……マリアン、アレンス。お前達も城内に戻り、陛下の護衛を頼む」

「いいえ、ヴァリシュ様。自分は貴方と共に行きます」

「自分もです! 城内には他にも騎士が居るので大丈夫です、だから一緒に行かせてください!」


 距離を取るどころか、詰め寄ってくる二人。彼らの目には、躊躇の感情など微塵も無かった。


「……ヴァリシュ様。正直に白状すると、自分は初め貴方のことが嫌いでした。ですが、こうして補佐にして頂けて、泥臭い努力を重ねる貴方以外に今の騎士団を率いることが出来る者は居ないと断言します」

「アレンス……最近のお前は本当に遠慮が無くなったな」


 あまりにも真っ直ぐな物言いに苦笑が漏れる。今は一秒でも時間が惜しい状況だ。二人を言い包める余裕は無い。


「守るべき国民の中には、お前達も当然入っている。危険だと感じたら、俺の命令を待たずに撤退するように」

「わかっていますよ。そして、そこにはヴァリシュ様も含まれていますよね?」


 してやったり、な笑みを浮かべるマリアン。こいつも遠慮が無くなってきたな。まあ、良い変化だと思うことにしよう。

 俺は二人と共に、街の中心部へと向かった。


 

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