第五章
悪魔との契約
一話 それは平和な日常を壊す者
ラスター達が悪魔王討伐の為に旅立ってから、二週間が経った。彼等が今、どうしているのかは俺には想像も出来ない。ゲームのシナリオ通り、上手く攻略出来ているのだろうか。
ただ、オルディーネ王国はいたって平和だ。
「ヴァリシュ様。今朝、北門で人間に擬態していた悪魔を発見したと報告がありました。下級悪魔であり、既に聖水で対処済みです」
「先週の大雨で被害があった農村へ派遣した騎士達が帰還しました。報告書はこちらになります」
「買い替えた備品の領収書をお持ちしましたぞ。騎士達の志気も上がっておりますゆえ、訓練内容を見直した方が良いかもしれません」
入れ代わり立ち代わり報告に来る隊長達。悪魔が国内に入り込もうとしたり、大雨が降ったりとそれなりの問題は起こっているが。
騎士団の皆や、リネットの錬金術のお陰で今のところは随時対処が出来ている状態である。
「ふう……やっと一息ついたな」
「ええ、お疲れ様でした。お茶を淹れましたので、休憩にしましょう」
アレンスが持ってきてくれた紅茶を飲み、ようやく落ち着いた時間が戻ってきた。効率が上がった為に、様々な仕事が滞り無く進むようになった。だから日中はどうしても忙しいが、夜遅くまで仕事に追われるなんてことは少しずつ減ってきたように思える。執務室に聳え立つ書類の山も大分片付いてきた。
まあ、机の上には書類束を布団にしてすやすや寝息を立てている鳩がずっと居るのだが。
「ラスター様は大丈夫でしょうか……無事にお帰りになると良いのですが」
「大丈夫だろ。あいつは勇者なんだし、何より仲間達がとても頼もしい」
「ははは、そうですね。ラスター様の相棒でいらっしゃるヴァリシュ様がそう仰るなら、きっとすぐに帰ってきてくださいますよね」
ほっと安堵したように、アレンスが笑う。俺がラスターへの憎悪を完全に断ち切ったことが伝わったのだろう。もう俺を腫れ物のように扱う者は誰も居ない。
すこぶる順調だ。自分の手腕に一人酔いしれていると、ノックの音が聞こえてきた。
「入ってくれ」
「失礼します! 今後の予算案をアボット大臣に提出してまいりました。それから、先日ヴァリシュ様が提案した『騎士団一日体験会』の件も相談して来ました。具体的な内容を計画書に纏めるように、とのことです!」
ノックをした後、マリアンが入ってきてメモ帳を見ながら報告をした。騎士団は仕事内容の重要性や拘束時間の長さのせいで、少々敷居が高いという印象がある。今の人員数は最低限なので、怪我や病気、妊娠などで欠員が出た場合の補員が難しい。
よって、騎士団への敷居を少しでも下げることで応募人数を確保すべく一日職業体験ならぬ、一日騎士団体験会を行うよう大臣に提案してみたのだ。反応は良好と言ったところか。
「マリアン、例の祝賀式典の準備については?」
「既に完了しております、いつラスター様がお戻りになられても大丈夫です!」
「お前達は気が早いな、全く」
まるで悪戯を企む子供のような二人をからかってみる。ラスター達が無事に帰ってきた時に、勝利を祝うべくサプライズで祝賀式典を行うのだと暗躍しているのだ。
サプライズと言っても知らないのはラスター達だけなので、国を上げた盛大なものになることが確定している。
「早くないですよ! この式典は勇者であるラスター様に恩返しをするだけでなく、ヴァリシュ騎士団の成長ぶりを見て頂ける絶好の機会ですから! 何なら今から始めても良いのでは!?」
「ヴァリシュ騎士団って何だ……とにかく落ち着け、主役がまだ戻ってきていないぞ」
「少しずつ仕事が出来るようになってきたとはいえ、マリアンのそそっかしさは直りませんね」
「はう……! す、すみません」
アレンスと二人で笑えば、マリアンが顔を紅潮させて俯いた。最近の彼女はアレンスの言う通り、それなりに仕事をこなせるようになってきた。
何もかもが順調で、平和な毎日だ。あとはラスターが戻ってくれば全ては丸く収まる筈。だが、俺は忘れていた。
こういう状況もまた、よくあるフラグだということを。
「さて、仕事も一段落したことだ。休憩がてら見回りにでも行ってくるか」
「ヴァリシュ様、自分もお供します!」
「では、自分が留守を預かりましょう」
空になったカップを置いてから立ち上がり、凝り固まった背筋を伸ばす。見回りに行くと言えばマリアンが挙手し、アレンスが留守番をする。これもすっかり見慣れた光景だ。だから、今日も何事もなく過ぎて行くのだろうと思っていた。
凄まじい爆音と、立っていられない程の衝撃に襲われるまでは。
「きゃあぁ!」
「なっ、何事だ!?」
足元を掬うような揺れにマリアンが尻餅をつき、俺は机に手をついて何とか耐える。
「落雷か……? でも、外は晴れていた筈……ヴァリシュ様、あれを見てください!!」
窓に駆け寄ったアレンスが指差す方を見れば、城から南門から黒煙が上がっていた。火事かと思ったが、何だか様子がおかしい。
「な、何だ……どういうことだ」
城下街を囲う城壁、そして東西南北の門はこのオルディーネ城と同じように、古くはあるが丈夫な石造りで出来ている。だが、それがここから見てもわかるくらいに無残に崩れ落ちてしまっている。ただの火事であったならば、あんな風に崩れるのはおかしい。
……嫌な予感がする。
「……マリアン、アレンス。様子を見に行くぞ、一緒に来てくれ」
「は、はい!」
「了解です、急ぎましょう」
困惑しながらも頷く二人を伴い、俺は城門へと向かう。突然のことに、俺自身も気が動転していたのだろう。
「……あれは、まさか」
うたた寝していた筈のフィアが目を覚まし、窓の向こうを焦ったように見つめていたことに、俺は気がつくことが出来なかった。
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