五話 埋められない力の差



 向かった、とは言っても一瞬の移動だった。オリンドの地図で行き先を定めた次の瞬間、景色は賑やかな街並みから静寂が満ちた遺跡へと変貌した。


「おお……凄い、実物もこんなに綺麗な場所だったのか」


 記憶にある場所だから、全く知らない場所ではない。むしろ、印象深くて記憶の中でも色鮮やかに思い出せる場所だった。それでも、視界いっぱいに広がった景色はまるで絵画の中に居るように思えた。

 不思議な模様が彫られた床。天井にはステンドグラスが飾られており、日の光が七色に染まり遺跡を照らしている。

 魔物が暴れたのだろう。ところどころの壁が崩れ、瓦礫が落ちている場所もあるが。それさえも退廃的な美しさの一部となっており、まるで時間という概念を忘れてしまいそうになる。


「気に入ったか?」

「ああ。気に入った」


 前世の記憶を取り戻してからずっと、オルディーネ王国や近辺の森にしか行かなかったから忘れていたが。この世界にはこんなにも美しい場所があるのだ。


「ぶー。私には眩しすぎますけどね、ここ」


 フィアが嫌だと言わんばかりに唸る。元々は神が居た場所だからか、悪魔にとって居心地は最悪らしい。


「そうか、気に入って貰えたなら良かった。じゃあ、早速エリンの白砂を探そうぜ」

「そうだな。どこにあるか、検討はついてるのか?」

「いや、全然。前に来た時は、砂なんて全然意識してなかったからな」


 ラスターが首を横に振る。まあ、当たり前か。破裂草の時もそうだったが、錬金術の素材は多岐にわたる為に俺の記憶でもわからないことの方が多いようだ。

 そもそも、この遺跡に砂なんてあっただろうか。うんうんと悩むが、なかなか答えが出ない。出かかってはいるのだが。

 こう……喉まで来てる、みたいな。


「ねえねえヴァリシュさん。ここって、海が近いんですよね? 波の音が聞こえます。この遺跡は嫌いですけど、海には行きたいです! 追いかけっこしましょうよ! いやーん、待て待てーって!」

「黙ってろ鳩……ん? 海?」


 そういえば、この遺跡は海に隣接していたんだった。ダンジョン攻略には関係ないが、景色を彩る一部としては印象深かった。

 ……そうか。海か。


「ラスター。この遺跡のどこかに、外へ出られる大きな穴が開いていた場所があっただろう。確か、そこから海辺へ出られた筈だ」

「穴……? あー、そういえばそうだったな。なるほど、砂浜の砂か! よく見てなかったけど、確かにあそこの砂は白くてサラサラしてた気がするぜ」


 ぽん、とラスターが納得したように手を打った。良かった、何とかなりそうだ。


「ヴァリシュ。お前、何でそんなことを知ってるんだ?」

「え……ま、前にお前が話してくれただろ?」

「んー……そうか? いや、話した覚えなんて無いぞ」


 不審そうにジロジロと見てくるラスターから思わず目を逸らす。マズい、これは失敗だ。こういう時のラスターは、自分が納得するまで追求してくる。

 前世の記憶にあるんだ、なんて言っても信じてもらえないだろうし。どうしよう、どうやって誤魔化そう。

 俺がハゲるのではと思うくらい悩んでいたその時、ラスターの目が大きく見開かれた。


「ヴァリシュ、後ろだ!」

「ッ!?」


 聞き返すよりも先に、身体が動いた。咄嗟に剣を抜き、振り下ろされた爪を弾く。鼓膜を突き破る程の咆哮が辺りに響き渡った。


「おー、流石はヴァリシュ! 今のは良い動きだ、騎士団長にしておくのは勿体無いぜ」

「無駄口を叩いている暇はないぞラスター、あれはキマイラだ。先程の咆哮で仲間が集まってくる、さっさと倒さないと砂を探すどころじゃないぞ」


 床を蹴って後ろに飛び距離を稼ぐ。巨大なライオンの身体に鷲のような翼、尾は蛇と複数の生物が混じり合った魔物が姿を現した。キマイラという名前のこの魔物は、強い上に非常に厄介な習性を持っている。

 遺跡中に響く咆哮で、仲間をどんどん呼び寄せるのだ。現に、ラスターの前にも姿を現した。このまま増え続けたら間違いなく押し負けてしまう。


「そうだった! よし、じゃあヴァリシュ。そっちは任せたぜ!」


 眩い勇者の剣を抜き放ち、ラスターがキマイラに斬り掛かる。通路の広さのせいか、ラスターの方に集中的に集まっているが、彼ならば大丈夫だろう。

 問題なのは、


「ヴァリシュさん、この子かわいいですね! たてがみモフモフで尻尾にょろにょろですよ? ペットにしたいです、連れて帰りましょう!」

「……これ、かわいいのか?」


 フィアが目をキラキラさせているが、構っている余裕はない。だが、よく考えてみると人間以外の相手は前世を思い出してからは初めてな気がする。

 今更ごちゃごちゃ言っても仕方がない。


「やれるだけ、やってみるか」


 襲い掛かる爪や牙を避け、前脚や胴体を斬り付ける。しかしキマイラの毛皮は硬く、大したダメージにはならないらしい。


「おっほ、ヴァリシュさん格好良い。キュンキュンしますっ」

「物凄く気が散るんだが!」


 ていうか、少しも手伝う気無いなこいつ。頭上の鳩をキマイラの口に押し込みたい衝動を何とか堪えつつ、隙を突いて今度は急所であろう腹部を斬り裂いた。

 布を割くような悲鳴。敵の攻撃が激しさを増すが、その分隙も多くなった。こうなれば、ヴァリシュ独擅場どくせんじょうだ。

 襲い掛かる攻撃を見極め、身を翻し最低限の動作で避けると同時に斬撃を与える。どんどん濃くなっていく鉄錆の臭いに、鈍くなる攻撃。

 返り血を避けて、最後に首の辺りを斬り裂く。上がったのは咆哮ではなく、断末魔だった。


「あーん、ペットにしたかったのにぃ」

「飼いたいなら今すぐ故郷に帰って実家で飼え」


 力無く崩れ落ちる巨体に嘆くフィアを無視して、俺は剣に付いた血を払う。良かった、何とか勝てた。


「なんだ、やっぱり勝てたじゃねぇか。オレの言った通りだな!」

「まあ、これくらいは……」


 笑顔で駆け寄ってきたラスターを振り向くと、思わず言葉が詰まる。ラスターが戦っていた場所に、いつの間にかキマイラの屍が三つ転がっていた。


「……俺が一体倒す間に、お前は三体か」

「だって、どんどん湧いてくるんだぜ? ま、静かになって良かったな」


 あはは、と何事も無かったかのように笑うラスター。改めて、力の差を見せ付けられてしまった。


「それにしても、ヴァリシュって本当にキレイな戦い方するよなぁ。潔癖っていうかなんていうか」

「……戦いに綺麗も何も無いだろ」

「あ、あれ? 何で怒ってるんだ?」


 意図せず低くなった声色に、ラスターが慌てた。恐らく、彼は俺が抱いている黒い感情を理解することなど一生無いのだろう。


「……疲れただけだ。さっさと砂を探して帰るぞ」

「お、おう」


 先を行く俺に、ラスターが慌てて付いてくる。記憶を頼りに進んで行くと、やがて潮の香りが鼻腔を擽った。

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