四話 荒療治だと思うことにした
「ふうん。天使の鏡ねぇ、実はレシピ自体はあるのよ。錬成自体も大して難しくないわ」
「え、そうなのか?」
「ええ。ただ、必要な素材が凄く貴重なの。錬金術師の中でも、コストだけで言うならノーヴェ神殿で作られた正規品の方が良いって言われてるから、実際に作る人は居ないわ」
服を着替えて、髪も整えて出てきたリネットに改めて話をすると、そんな答えが返ってきた。実際にレシピを見せてくれたが、専門用語が多く使われているせいでよくわからない。
「素材か……貴重ってことは、そう簡単に採取出来ないものなのか?」
「採取自体は簡単よ。『エリンの
悔しそうにリネットが喚く。古代エリン遺跡とは、大昔に神が滞在していたとも言われている無人島に存在する美しい遺跡だ。もっとも、島の近辺では絶えず嵐が発生している為に人間が船で立ち寄るようなことは滅多にない。
しかも、そこに生息する魔物が特に強敵なのだ。騎士団が総出で出向いても、踏破出来るとは思えない。
「なんだ、あの遺跡にあったのか。よし、行こうぜヴァリシュ! 山盛り取ってこようぜ!」
「ラスター、一発殴って良いか?」
馬鹿かこいつは! 確かに、ラスターには古代エリン遺跡に行って特定のアイテムを取ってくるというイベントはあったが。その時に散々苦労した筈だろうが!
「お前はまだしも、俺が遺跡になんて行けるわけないだろうが!」
「大丈夫だって、この『オリンドの地図』があれば遺跡まで一瞬だから。今から行っても、夕方までには帰って来られるって」
「問題はそこじゃない!!」
「え、ちょっとラスター! 何よその地図!? 見せて見せて!」
ラスターが取り出した地図に、リネットが飛び付いた。オリンドの地図は大昔から伝えられてきたアイテムで、所有者が一度でも到達した場所ならばいつでもどこでもワープ出来るという便利な代物だ。
……って、問題は時間ではなく。
「古代遺跡の魔物だなんて、俺の手には負えない」
「そんなことねえって。この辺りの魔物は弱すぎるって、いっつもぼやいてたじゃねぇか。このままだとお前、せっかくの腕が鈍っちまうぞ」
「う……そ、それは」
言い返せない。実際、先日のマリアンとの打ち合いは我ながら大分だらしないものだった。悪魔に乗っ取られていたとはいえ、剣を弾き落とすことすら出来なかった。
単純な剣の腕だけではない。瞬発力や判断力、騎士としてのあらゆる能力が鈍っている。転生したせいで、人格の統合がまだ上手くいっていないのだろう。今は訓練にもちゃんと参加しているが、やはり実戦での勘は実戦でしか補えない。
だとしても、遺跡の魔物だなんて。
「オレとお前なら何でも出来る、昔からそうだったじゃねぇか」
「子供の頃の話だろ!」
「何だよ。今日のお前、妙に卑屈だな。そういうのを過小評価って言うんだぜ?」
「……自分の実力を思い知っただけだ」
確かに、子供の頃はお互い無鉄砲だったが。今はちゃんと自分の限界を知っている。俺はラスターとは違うのだ。
勇者じゃない、ただの凡人なのに。
「じゃあ、諦めるか? 今も街のどこかで悪魔が潜んでいるかもしれねぇのに、見て見ぬフリをするのか?」
「そ、それは」
「ヴァリシュ、オレがお前にウソをつけないってことを忘れてねぇか? オレが大丈夫って言ってるんだ。正直、今でもまだ相棒を連れて行くこと、諦めてねぇからな。心配するなって、マジで無理そうだったら引き返すからよ」
何の毒気もない笑顔で言い切るラスターに、もはや何も言い返せなかった。なんて自分勝手なんだ。昔からそうだ。
こんなにもずっと変わらない人間が居て良いのか。
「……その言葉、忘れるなよ。少しでも歯が立ちそうになかったら帰るからな」
「よし、決まりだな。じゃあリネット、そろそろ地図を返せ」
「ねえねえラスター、これちょうだい! 分解して実験して、どういう仕組みで人を移動させられるのか知りたいのよ」
「あっはは、研究熱心だなリネットは。だが断る。それがないと色々と困る」
「どうするんですか、ヴァリシュさん。何とかって遺跡のことは知らないですけど、嫌なら嫌って言わないと」
地図を巡って争い始めたラスターとリネットを尻目に、フィアがひそひそと話しかけてきた。凄いな、まさかフィアが常識人に思える日が来るなんて。
「……もう、良い。ラスターに何を言っても無駄だ」
「そうですか。ま、勇者さんなんかどうでも良いんですけど。ヴァリシュさんに何かあっても私が守ってあげますよ、私と契約してくれるまでは絶対に死なせませんし、離れませんからね!」
むふっと不気味に笑うフィア。違った、全然常識人じゃなかった。
「リネット。次の課題として、手で持てる大きさの天使の鏡が十個程欲しい。出来るか?」
「むー、素材さえあれば出来ないこともないけど……それ、急いでる?」
「出来るだけ早く欲しいが……」
妙だな。前回は飛びついてくる勢いだったのに、リネットの返事は歯切れが悪い。別の仕事が入っているのだろうか。
先程も何やら思いつめていたようだし、働き方改革を勧めている俺がブラックな依頼人になるわけにはいかない。そうだ、ラスターの地図があるのだから素材を集めたら他の国の錬金術師に外注しても良いな。
そこまで考えた時、不意にラスターが思い出したかのようにリネットに何かを手渡した。深い紺色で、向こう側が透き通るそれは一見すると色水で作った氷のようにも見えたが。
「あ、そうだ。リネット、地図はやれねぇけど……この鉱石ならやるよ」
「え、あれ……これって、まさかシュバル鉱石!?」
「シュバル鉱石?」
何だっけ、それ。記憶を探ってみるも、上手く思い出せない。何となく聞き覚えはあるんだが。
「こ、これ! 良いの!? 本当に?」
「ああ。今作ってるものに必要だろうと思ってな。旅先で金策用に持ってたんだが……お前に譲るよ。だから、ヴァリシュに協力してやってくれ」
「そう、これが欲しかったのよー! これで剣の硬度を保ちながらも軽量化が出来るわ! まさか手に入るとは思わなかったから、代替品をどうしようか一晩中悩んでたんだけど……これで最高の剣が作れる! もちろん、協力するわ!」
両手で鉱石を抱えながら、ぴょんぴょんとリネットが跳ねる。うーん、思い出せない。攻略サイトを検索したい。
「交渉成立だな。じゃあ、早速行こうぜヴァリシュ」
「あ、ああ」
「エリンの白砂は、お砂糖みたいに真っ白でサラサラした砂よ。他にも珍しい素材があったら、たっくさん持って帰ってきてよね!」
いってらっしゃい! シュバル鉱石を大事そうに抱えるリネットに見送られて、フィアを含めた俺達三人は古代エリン遺跡へと向かった。
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