三話 どんなにムカついても人に石を投げてはいけません
「ラスター、待てって言っているだろうが!」
会議室どころか、城から外に連れ出されたところで俺はようやくラスターの手から逃れられた。見張りの騎士達の視線を集めてしまうが、今はそんなことに気を遣っている余裕はない。
きっ、とラスターを睨む。
「ラスター、俺は忙しいんだ! 騎士達の休暇を割り振らなければならないし、山積みの書類も片付けなければいけない。これ以上の被害が出る前に、悪魔への対策も早急に考えなければならないというのに」
「まあまあ、落ち着けって。遊びに行くんじゃなくて、手伝ってやるって言ってるだろ?」
俺の剣幕には流石に思うことがあるのか、両手を軽く上げてラスターが宥めてくる。
「会議室でも言ったけどよ。オレさ、旅先で『天使の鏡』っていうアイテムを見たことがあるんだ。あの鏡があれば、悪魔がどれだけ巧妙に隠れていようが一発でわかるようになる。それだけでも、騎士達の負担はかなり減ると思うぜ」
「天使の鏡……人間や動物に擬態している悪魔の真実の姿を映すという、ノーヴェ大神殿の鏡か?」
「お、知ってたか。流石、物知りだな」
ラスターの言葉に、記憶を思い返す。天使の鏡とは、この世界で一番大きくて神に近いと言われるノーヴェ大神殿で作られている鏡だ。聖なる神の恩恵を受けた鏡は、擬態した悪魔の真実の姿を映すことが出来るという。
製造方法はよく知らないが、とにかく貴重な品で教会や王族の間でしか出回っていない。
「確かに、天使の鏡があれば悪魔を見分けるのは容易だろうが……どうやって手に入れろと? 一枚作るのに、どれだけの時間がかかるかわかっているのか?」
「貴重で効果てきめんなアイテムを作り出すのが錬金術だ。お前、リネットを援助する時に課題を出してるんだろ? それなら、次は天使の鏡を課題にすれば良いじゃねえか。悪魔を探す手間は省けるし、リネットは援助金を貰える上に工房の評判も上がるだろうぜ」
あっけらかんと笑うラスター。かなり無謀だが、理想的なアイデアではある。現状、他の案が思いつかない以上はこのアイデアに乗っかるしかないか。
「……わかった。とりあえず、リネットに話を聞きたい。本当に錬金術で天使の鏡が作れるのかどうかを確認してからでないと、判断出来ない」
「おう、そうだな。それじゃあ、行こうぜ」
颯爽と歩き出すラスターは、どうやっても振り切れなさそうだ。仕方ない、今日だけの我慢だと自分に言い聞かせて、俺はラスターを追いかけた。
※
「おーい、リネット。居るかー?」
錬金術工房の前まで行くと、ラスターが中を覗きながらリネットを呼んだ。そういえば、援助金としてそれなりに纏まった金を渡したが、彼女は何に使ったのだろうか。昨日は家賃がどうの、と言っていたが。それを払っても十分余るくらいには渡した筈だ。
見たところ、工房のおんぼろ具合は変わっていない。せめて、防犯対策として壁や窓くらいは直して欲しいところだが。
「……返事がねぇな」
「留守か?」
「んー、でも工房は開いてるみたいだぜ」
ドアに掛けられた『開店中』の札を指差しながら、ラスターが首を傾げる。
「……仕方ねぇ、中に入ってみようぜ」
「おい、ここは錬金術工房であると同時に、一人暮らしの女性の家でもあるんだぞ」
「そうだけどよ、お前もこの中を見たことあるだろ? リネットが万が一倒れてたり、素材に埋もれてたらどうするんだ」
「やめろ、不安になることを言うな」
工房の中を窺いながら、ラスター。彼の言う通り、あの散らかりようなら十分にあり得ることだが。
「開店中の札が出てるんだから、少しくらい様子を見に入っても文句は言われないだろ。オレが様子を見てくるから、ヴァリシュはここで待ってろよ」
「お、おいラスター!?」
俺の制止も聞かずに、ずかずかと工房の中に入ってしまった。ううむ、このまま待っているべきなのだろうか。
「あーあ。ヴァリシュさん、あの勇者さんといつまで一緒に居るんですかぁ? 鬱陶しくて仕方ないですよー」
どうしようか迷っていると、どこからともなく
鬱陶しい、には激しく同意だが。
「……今日一日は離れてくれそうにない。命が惜しいなら、お前は部屋で大人しくしていた方が良いんじゃないか?」
「そんなこと言っちゃってー! 私の知らないところで、また女子を
「俺がいつ誑かしたと言うんだ、というか話が噛み合ってないぞ……」
ふんすふんすと鼻息を荒げるフィアに、やれやれと肩を落とす。勇者であるラスターは勘が鋭く、悪魔の気配には人一倍敏感だ。
まあ、部屋ではフィアのことをただのペットだと思っていたようだから、大人しくしていれば大丈夫そうだが。
「それで、またこの工房ですか。今度は何を――」
「なんでいきなり入ってくるのよ、こんのバカ勇者ああぁ!!」
「いってえ!? こら、やめろ! 石を投げつけるのだけはやめろ!!」
ガシャン、パリンと何かが壊れる音と共に飛び出してきたラスターを反射的に避ける。次いでリネットが出てきたが、なんだか様子がおかしい。
昨日と同じ服に、いつもは結ってある筈の髪はボサボサで葉っぱが引っ掛かっている。目の下には隈が出来ており、いかにも完徹しましたと言わんばかりの形相である。
「女の子の家に断りも無しに乗り込んでくるなんてサイテー! 勇者だからって、何をしても良いと思ってるわけ!?」
「開店中なのを確認したし、ちゃんと外からも声を掛けぞ!? 返事がなかったから、心配して様子を見に行っただけだって!」
「悪かったわね! 徹夜で半分寝てたから声には気づかなかったし、昨日からずっと札をしまい忘れたのよっ」
「うわあ。この娘、お風呂入らない上に完徹とか……女子力皆無ですねぇ」
ぎゃんぎゃんと喚く二人に、フィアが呆れたように溜め息を吐いた。このまま帰りたい欲求を抑えつつ、とりあえずリネットを落ち着かせようと彼女に歩み寄る。
「落ち着け、リネット。驚かせて悪かった。だが、ラスターにも悪気があったわけじゃないんだ」
「ふんっ。こういう男は悪気が無いから質が悪いのよ! 今、ここでビシッと言っておかないと、絶対に反省しないんだから……って、あれ。ヴァリシュ……?」
「それにしても、お前は一体何をしていたんだ。屋内で葉が髪に引っ掛かるなんて、なかなか無いぞ」
ピンク色の髪に引っ掛かっていた葉っぱを摘んで取ってやる。イチョウのような変わった形の葉だが、これも薬草か何かなのだろうか。
「あ……え、えっと。な、なんで」
「ん? どうした――」
「なんでこんな時にアナタが来ちゃうのよぉー!!」
顔を真っ赤にさせて、工房に逃げ帰るリネット。思わず呆気に取られてしまう。
「……出直した方が良いのだろうか」
「とりあえず、このまま待っててみようぜ。それにしても、オレとヴァリシュとで随分反応が違うよな」
「お前が驚かせたのが悪いんだろうが」
「いや、ヴァリシュさん……流石に鈍すぎるのでは」
ニヤニヤ笑うラスターに、はあーとこれみよがしな溜め息を吐くフィア。ラスターはまだしも、何故フィアにまで呆れられてしまうのか。腑に落ちないが、俺達は再びリネットが顔を出すまで待つしかなかった。
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