二話 こうしてまた、仕事が溜まっていくのであった
※
「これまで調査の結果、未だ悪魔の侵入経路は特定出来ておりません」
「マリアンからの報告を聞くに、どうやら城内よりも城下で悪魔と接触した可能性が高いようです。ですが、本人の記憶が曖昧な為にこれ以上の詳細を追求するのは難しいかと」
「うう、すみません! 自分がしっかりしていれば……」
今朝はまず、昨日のシズナの件についての話し合いをすることになった。訓練場の隣にある会議室で俺と隊長達とアレンス、そしてマリアンが集まっている。
だが、大した情報は無い。シズナを追い詰めた時に、どこから侵入してきたかを聞けば良かった、失敗である。
「
「……いえ。今のところは何も」
「ふむ……もしも抜け道が無いとなると、残る侵入経路は空か門だな」
「空は目立ちますから、可能性は低いと思います。やはり、一番怪しいのは門ですね」
エルーが気落ちした様子で首を横に振った。
「門だとしたら、厄介だな。まさか、旅人や商人の馬車や積み荷を一々調べろだなんて。なかなか現実的ではない」
「それに、検問をするとなるとかなりの人数が必要になります。どう見積もっても、門だけで一部隊分の騎士が必要です」
人手不足の問題はすぐに解決出来るものではない。ならば、先に悪魔への対策を考えた方が良いか。
「リネットが錬成した聖水やアイテムは、悪魔に対して非常に有効だとわかった。彼女の支援をするのも手だが」
「リネットとは、噂の錬金術師でしたかな? しかし騎士団で出来ることといえば、錬金術の素材を集めてくることくらいしか思いつきませんが」
「それに、未だに錬金術の認知度は低く信頼性も高くはありません。下手に騎士団が支援すれば、反発する者達が必ず現れるかと」
メネガットとヴィルガが難しい顔をした。二人の言うことはもっともだ。それに、リネットの負担を増やすことも避けたい。
参ったな、これは詰んだかもしれない。
「……あの、ヴァリシュ様。本件とは全然関係ないのですが。一つ、気になって仕方がないことがあるのです」
全員が口を噤んでしまった頃合いを見計らって、書記に徹していたアレンスが恐る恐る口を開いた。いや、多分この場に居る全員が気になっていたことだろう。
廊下から注がれる、視線のやかましさに。
「アレンス。気にしたら負け、という言葉を知っているか?」
「仰っしゃりたいことはわかりますが、どうしても気になるんです。何ていうか、仲間に入れて欲しいのに友達に気づいてもらえない子供を見ている気分と言いますか」
「はあ……仕方ないな」
全員の視線を受けながら、俺は一旦席を立ってドアへと向かう。今日も暖かな陽気の為、会議室の窓とドアを開けて風を通していたのだが。先程からずっと、開けっ放しのドアから中を窺う気配があった。しかも、だいぶ露骨に。
これがフィアだったのなら意地でも気づかないフリをするが、勇者ならば話は別だ。俺はドアに歩み寄り廊下に居座る暇人を一瞥する。気づいて貰えて嬉しそうに笑う勇者に、ふっと自然に口角が上がった。
とりあえず、ドアを閉めて鍵をかけてみた。
『って、おいヴァリシュ! ここは勇者さま、どうかお知恵をお貸しくださいって招き入れるところだろうがっ。何で締め出すんだよ!? 寂しいだろ!』
ドンドンとドアを叩く音が響く。マリアンとアレンスがおろおろと慌てる中、付き合いがそれなりに長い隊長達だけは笑いを堪えて肩を震わせていた。
『ヴァーリーシューくーん! あーそーぼー! 勇者直々にご指名だぞー、光栄に思えー!』
「うるさい暇人! 今日は休暇なんだろう!? こんな場所に居ないで散歩なり何なりして来い!」
『良いじゃねーか、今日くらい仕事サボれよ! お前はそんなに真面目な男じゃなかっただろうが!』
なんて酷い言い草だ。
『コラー! 開けろよー! 壊すぞ、こんなドアくらい一発で壊せるからな! ここは騎士団の管轄なんだから、修繕費は団長持ちになるぞ、良いのか!』
「良いわけあるか! 本当に壊したら全額お前に請求するからな!」
「あのーヴァリシュ様、観念して中に入って頂いた方が良いと思いますが」
アレンスが扉から距離を取りつつ、俺とドアを見つめた。確かに、このままでは本当に破壊されかねない。その気が無くても物を壊す、ラスターはそういう男だ。
渋々、ドアの鍵を開けてやるとラスターが怒りを露わに室内に飛び込んできた。
「ヴァリシュ! よくも締め出しやがったな、この冷酷非情男め! せっかくオレが手伝ってやろうと思ったのにっ」
「だから、要らんと言っているだろう! 遊びに行きたいのなら一人で行け!」
「オレはお前と遊びたいんだってば!」
なかなか険悪な空気になったが、言い争いの内容が幼稚すぎる。それにしても、何故ラスターはここまで俺に拘るんだ。
記憶の中のラスターは一人で街中を歩いたり、孤児院に行ったり王と話したりしていたのに。
「良いのか、オレが万が一でも悪魔王に負けて死んだら二度と一緒に遊べないんだぞ! 今日が最後のチャンスかもしれないんだぞ!」
「どういう脅しだ……」
不謹慎極まりないことをあれこれ並べ始めたラスターに、もはや呆れて何も言えない。しかし、そうか。思い出した。
ラスターが一人で行動していたのは……その時にはもう、俺がこの世から居なくなっていたからだ。だから、俺が生きている以上は彼の行動に変化があっても不自然ではないのだ。
「だからさ、各門で怪しいヤツが居たら悪魔かどうか一瞬で見分けられるようなアイテムがあれば良いと思うんだよ。そうすれば、門にそこまで人を割く必要は無くなるだろ?」
「おお! 流石です、ラスター様!」
「って、何を勝手に話を進めているんだ!?」
俺がほんの少しだけ感傷的になっていた隙に、いつの間にかラスターが会議室の中心に立って打開策をあれこれ提示していた。
それだけならまだしも、隊長達がすっかりラスターの意見に賛同しているらしい。まあ、俺の前の騎士団長だったからな。
「しかし、どういうアイテムが良いのでしょうか。街の中から、悪魔を見つけられるようなアイテムだなんて」
「実は、そういうアイテムを旅先で見かけたことがあるんだよ。あれをもう少し小型化すれば持ち歩けるし、スゲェ便利だと思うぜ」
「おお、なるほど」
先程の煮詰まっていた空気からは一変し、隊長達の表情も明るくなった。ああ、くそ。ラスターのこういうところが嫌なんだ。
俺が必死に頑張って手に入れたものを、ラスターは当たり前のように持っていることが妬ましい。
「あ、あの……ヴァリシュ様、大丈夫ですか」
「とても怖いお顔をされておりますが、具合が悪いのですか?」
マリアンとアレンスが心配そうに俺を見てくる。マズい、これまで考えないようにしていたが……やはり本人が目の前に居ると、目を背けることが出来ない。
ラスターに抱いていた嫉妬を、闇落ちの引き金となった憎悪を。
「……悪い、二人共。今日の会議はここまでにする。俺はこのまま執務室に戻るから、隊長達が落ち着いたらそれぞれの持ち場に戻るよう伝えてくれ」
「え、ヴァリシュ様!?」
駄目だ。このままここに居たら、頭がおかしくなりそうだ。俺は頭を冷やして来ようと、踵を返して会議室から逃げようとした。
だが、あろうことかラスター本人が俺の右手首を掴んだ。
「な、ラスター!?」
「よし、行こうぜヴァリシュ。そういうわけで今日は一日、団長借りて行くぜ?」
俺が殺したい程憎んでいるとも知らずに、ラスターが満面の笑顔で俺の手を引いた。そういうわけでって、何だ!?
振り払おうにも、ラスターの手にがっちりと掴まれた手首はどうやっても離れそうにない。
「はっ! ヴァリシュ様、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
「お、おおお前達!? 何なんだ、説明しろ!」
どうしてこうなるんだ! 物凄い力で引っ張られるがまま、俺は逃げることも出来ずにラスターと共に会議室を後にするしかなかった。
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