第四章

勇者の休日は俺の平日

一話 祝、闇堕ち回避成功!


 太陽のような男だ、とラスターは周りから称されることが多い。俺よりも頭半分大きい体格と、人情味が溢れる性格、加えて金髪碧眼という王子様のようなルックスで誰がどう見ても主人公である。剣の腕前に関しては改めて言うまでもない。

 ……だが、それはあくまでも表向きというか。ラスターは基本的に誰に対しても優しいが、平等というわけではない。自分が信頼出来る、甘えても良いと思った相手にはとことんまで懐く大型犬みたいな習性がある。


 一言で言うと、めんどくさい。


「なあヴァリシュ。オレはさぁ、嬉しくは思ってるんだぞ? 人間嫌いだったお前が、ちゃんと騎士団長やれてるって聞いて泣きそうなくらいだ。でも、女の子を泣かせるのはナシだろ。確かにお前ってそういう見た目してるけどさ。もうオレ、お前が心配で昨日から食欲が出ねぇんだよ」


 うう、と両手で顔を覆うラスター。涙なんて一粒も流れてないことは明らかで、なんなら指の隙間からこちらを見ているのがバレバレである。


「朝から他人の部屋に押しかけて来るや否や朝食を要求し、おかわりを三回も繰り返しておいて何を言ってるんだ」

「いやー、やっぱりヴァリシュのメシが一番美味いな! 結構長く旅したけど、改めてそう思ったぜ」


 米粒一つ残さず綺麗に平らげられた食器に嫌みったらしく言うも、彼はカラッと笑うだけ。からかわれているのか、それとも本当に心配されているのか。どちらにせよ鬱陶しいことには変わらない。

 そういえば、フィアはラスターの存在に警戒して昨日からずっと鳩の姿のままだ。今も食卓に乗っかりつつ、用意してやった葡萄の実を不満そうに突っついている。


「ラスター、俺は忙しいんだ。満足したのなら早く出て行け」

「相変わらずの塩対応! あー、これこれ。ヴァリシュはやっぱりこうだよなー、落ち着くー。実家のような安心感……あ、この城も実家みたいなものか!」


 めんどくさい! 他の騎士なら、忙しいってあしらえば一発で押し黙るのに。


「そもそも、何をしに戻ってきたんだ? 用事でもあるんじゃないのか」

「用事? いや、特にねえけど」

「……はあ?」 

「用事なんかあったら、ここでのんびりメシなんか食ってねえって」


 ははは、と笑うラスター。殴りたい、凄く殴りたい。でも俺がどんなに本気で殴りかかったところで、勇者である彼には絶対に勝てないことがわかっているのが腹立たしい。

 だが、ふと思い出す。記憶では、ラスターがオルディーネ王国に戻って来るイベントはいくつかあるが、それはどれも面倒な用事を片付けなければいけないものだ。中には俺に泣きついてくるようなものもある。

 だが、一つだけ例外のイベントがある。


「そ、そういえばラスター。お前の仲間達はどうしたんだ? 昨日から姿が見えないようだが」


 勇者ラスターは旅をする途中で三人の仲間と出会い、力を合わせて悪魔を倒していくことになっている。

 この世界で唯一、癒やしの魔法を使うことが出来る修道女のリアーヌ。戦士ゲオル。極東の島国出身の忍者カガリ。

 彼らは出会ってからずっとラスターと共に行動する筈だが、一度だけ全員がバラバラに行動するタイミングがあるのだ。


「ん? ああ、ヴァリシュには言ってなかったな。オレ達さー、やっと悪魔王が居る城の結界を破る方法を見つけたんだよ。だから、すぐにでも行こうかと思ったんだけど。他の三人に、もう一回考えて貰おうと思ってさ。本当にオレと一緒に、悪魔と戦ってくれるかどうかを」


 そう。悪魔王の城には強力な結界が張ってあり、それを無効化出来る方法が見つかった時点で一度仲間と別れて自由行動をするというイベントがある。つまり、ラスターはそこまで到達したということだ。昨日、シズナが言っていた情報とも一致する。

 そして、これが一番重要なことなのだが。このイベントが発生するのは、闇落ちしたヴァリシュがラスターに倒された後なのだ。


 と言うことは、時間軸だけで言えば闇落ちフラグは完全に回避出来たことになる。


「勝った!」

「え、何にだ?」

「ふっ、運命に……だ」


 クールにキメてみるが、心の中では踊り狂っている。そもそも、敵城の封印を無効化するアイテムも闇落ちしていた俺が古代神殿から盗んだ宝玉だった筈。

 もう俺が闇落ちしなければならない理由はどこにも無い! 勝ち誇った気分でフィアを見やれば、むすっと不満げに俺を見返してきた。


「運命ねえ……ていうかヴァリシュ、お前ちょっと変わったな」

「む、そうか?」

「無愛想なのは変わらねぇけど。なんか、雰囲気がさ。ていうか、お前がこんなペットを飼うのすらオレからすると意外なんだけど。あっはは! 全然懐かねえな、この鳩」


 ラスターが手を伸ばすと、触るなと言わんばかりにフィアが鳩のままベッドの方に飛び去って行った。そりゃあ、懐かないだろうな。


「可愛いペットのお陰か、それとも可愛い恋人のお陰か?」

「は? 恋人?」

「結局どっちなんだよ、本命は。マリアンか、それともリネットか?」

「何を言ってるんだ、お前」


 何をどうしたら、あの二人が俺の恋人になるんだか。マリアンは同じ騎士団の部下で、リネットはオルディーネ王国の未来を担ってもらう為の投資先である。

 それ以上でも、以下でもない。


「ほう、その反応はマジなやつだな。ということは、本命はまだ別に居ると見た。へえー、あのヴァリシュがなー」

「悪いが、これ以上暇人に付き合ってやる余裕はない」


 食器を手早く片付けると、勝手に面白がっているラスターを無視して仕度をする。大きな心配事が減って、気持ちはなんとも晴れやかだ。

 あとはラスターに、悪魔王を倒して貰えれば俺の平和は完全に保証されるのだから。


「……え、おいヴァリシュ。どこか行くのか?」

「どこかって、仕事に決まってるだろ」

「あー、そうか仕事か……よし、オレが手伝ってやるよ。早く終わらせて、一緒に遊びに行こうぜ!」

「一緒にって……馬鹿なことを言うな。忙しいんだ、俺は」

 

 しゅん、としたりふふんと胸を張ったりするラスターに思わず呆れてしまう。せっかくの機会なのに、どうして俺を付き合わせようとするのか。

 俺など居ない方が、ゆっくり出来るだろうに。


「お前は俺のことなど気にせず、貴重な自由時間を好きなだけ有意義に過ごすと良い。じゃあな」

「お、おいヴァリシュ!」


 ルンルン気分で騎士団長の鎧を着て、剣を腰に差し。最後に髪を払うと、きょとん顔のラスターを置いて俺は部屋を後にした。

 

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