六話 人の夢を笑う者など構う価値もない
「あ、あの……ヴァリシュ様、本当にこれだけで良いんですか?」
マリアンがひそひそと、俺に言った。
「自分は、あなたを傷付けようとしたのに……酷いことを言ってしまったのに、こんな。まるで、自分が善人のような扱いを受けるなんて」
「騎士団長になって、この国を護りたい。そんな夢を目標に頑張っている若者が、善人でなくて何なんだ?」
「そ、そそれは!!」
カアッと顔を赤くさせるマリアン。良かった、あの言葉は本当だったのか。
「うう、忘れてください……いや、いっそのこと皆みたいに笑ってください。高望みだって、ちゃんと現実を見ろって」
「笑わないさ」
「え、だって」
「どんな夢でも、実現に向けて努力出来ることは凄いことだ。指をさして笑ってくる者が居ても無視すれば良い。そういう輩は自分の不満を何かで晴らしたいだけだ。付き合ってやる必要はない」
今の俺は元より、前世ではよくあったことだ。結局、どんな分野の成功者も努力の積み重ねで結果を出してみせた。
足を引っ張るやつに労力を割くなんて無駄である。
「あの悪魔……シズナと言っていたか。あいつはお前の底力を引き出したと言っていた。それが本当なら、お前はいずれ誰よりも強い騎士になる。身を持って思い知った俺がここまで言うんだ、自信を持て。あとは、そそっかしいところを何とかするんだな」
「ヴァリシュ様……! はい、ありがとうございます! そして、これからも頑張ります!」
涙を堪えて、マリアンが笑った。今まで俺が見てきた中で、一番良い笑顔だ。もう大丈夫そうだ。
「うふふ、あのいたずらっ子が本当に立派な騎士様になって」
しまった、エマの存在を忘れていた。母親のような存在にこんなところを見られるとは。今が夕方で良かった、多分耳まで赤くなっているから。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんって騎士さまなの? かっこいいね!」
「ねえねえ、お兄ちゃん達! あたし達と遊んでー!」
「こら、皆。お兄ちゃん達は忙しいんだから」
俺達の存在に気づいたのだろう、いつの間にか子供達がわらわらと集まってきていた。おっとマズい、俺は子供が苦手だぞ。
「……ああ、こっちのお姉さんと遊ぶと良い」
「え、良いんですか!? よーし、お姉ちゃんと遊びましょう!」
「わーい! 鬼ごっこしよー!」
なんと、マリアンは子供が好きらしい。あっという間に子供達の輪に入れてもらって遊び始めた。やはり根は優しいのだ、きっと良い騎士になるだろう。
「あらまあ、助かるけれど良いのかしら。ヴァリシュくんはどうする、お茶でも飲んで休憩していく?」
「いや、他に寄るところがあるから帰る。マリアンにはあまり遅くならない内に帰るよう伝えてくれ」
「そう。じゃあ、わたしは夕食の準備をしないとだから。忙しいとは思うけれど、たまに顔を見せてくれると嬉しいわ」
それじゃあ、またね。手を振って孤児院へと戻るエマを見送って、俺は踵を返す。見回りのついでに立ち寄ることも出来るが、やはり何だか気恥ずかしいな。
「……ヴァリシュさんは、やはり女たらしです。根暗なシズナさんだけではなく、あんな熟女まで手玉に取るとは」
「人聞きが悪いことを言うな。というか、一体どこまで逃げてるんだ」
じーっ、と廃墟の影から覗いてくる視線にはちゃんと気がついていた。無視しても良かったが、色々と教えて貰わなければいけないことがあるのでちゃんと構ってやることにする。
「ぐすん。だってー、あの錬金術師の小娘のせいで肌が赤くなっちゃったんですもん! 私の美肌が穢されました」
「シズナは動けなくなったのに、お前は元気だな」
「元気じゃないですっ! ほら見てください、こことここ! 赤くなっちゃったじゃないですか! ひどい……これじゃあ、お嫁に行けない……」
俺の目の前に立って、左腕と右膝を見せてくるフィア。シズナの身体は火傷のように爛れていたが、こいつの場合はほんの少し日焼けした程度にしか見えないが。
「……これは、ヴァリシュさんに責任を取って貰わないといけませんねぇ?」
「はあ、わかった。またベリーパイか?」
「やったあ! ……って、違います! そ、そうじゃなくてぇ。責任っていうのは、ほら……そういう方法があるじゃないですか」
もじもじ。なんか、急に恥じらい始めたフィアに理解が追いつかない。何が言いたいんだ、こいつは。ああ、契約しろってことか。
「悪いが、契約はしない。ベリーパイにバニラアイスもつけてやる、それで機嫌を直せ」
「あー、契約……そ、それも大事なんですけど、そうじゃなくて」
「あら、その声はヴァリシュ?」
突然、背後から名前を呼ばれて飛び上がる程に驚いた。フィアが一瞬で黒い鳩になって、俺の頭の上を陣取るのと同時にピンクのサイドテールを揺らしてリネットが傍に駆け寄って来た。
「やっぱりヴァリシュじゃない! こんなところでどうしたの? あ、鳩さん見つかったのね。いつも一緒だったのに、悪魔に驚いて逃げてたみたいだから、心配してたのよ」
「り、リネット!? なんだ、妙なところで会うじゃないか」
心臓が口から飛び出すかと思った。とりあえず、フィアの正体がバレなくて良かった。
「見回りの騎士に聞いたら、アナタがコッチの方に向かったって言ってたから追いかけて来たのよ。援助金を持ってきてくれるって言ってたくせに、いつまでも来ないんだから! 家賃の支払日が今日だったの忘れてて、ピンチなのよー!!」
「わかったわかった。ほら、これが今回の援助金だ」
俺は銀貨を入れた巾着をリネットに手渡した。ほっと受け取った彼女だが、すぐに不思議そうに巾着を開けて中を覗き込んだ。
「……ねえ、なんかちょっと多くない?」
「そんなことはないぞ。想定以上にお前の錬金術の腕が良かったことと、それによりマリアンに取り憑いた悪魔の件が最善の形で解決出来たこと。それらの働きに相応の報酬を渡すことは当然だ」
成果はしっかり評価しなければいけない。正しい評価をされれば、彼女のような生産者はしっかり伸びる。経済はこうして成長していくのだ。
「……うう」
巾着を抱き締めて、リネットが俯く。細い肩が震えているのが見えて、思わずぎょっとする。
え、なんかマズかったか?
「おい、大丈夫か」
「うわあぁん!! ヴァリシュ、ありがとう!」
びええ、と喚くように泣きながら抱き付いてきたリネット。反射的に受け止めるが、思考が一瞬で疑問に塗りつぶされた。
どういう状況だ、これは。
「こ、こら。何をしている!?」
「うえーん! だってぇ、この国に来てからこんなに嬉しかったことないんだもん! マジで故郷に帰ろうと思ってたくらいで……でも、頑張ってきて良かったぁ!! うわーん!」
「きいいい! この小娘、なんてことを! ヴァリシュさんとのハグは私だけの特権なのにぃっ」
「……何なんだ、この状況」
ぎゅうっと抱き締めるリネットの背をあやすように撫でつつ、頭上で喚く
「な、何事ですか……ヴァリシュ様!? こんなところで何をしているんですか?」
後ろを見ると、マリアンが驚愕の表情で俺とリネットを見比べていた。うわあ、また面倒なことになった。
どうやらサイレンのようなリネットの泣き声に、事件だと思って駆けつけてきたらしい。
「ヴァリシュ様……まさか、リネットさんに何か」
「断じて違う」
「えっへへー。役得ってやつ? 良いでしょ、マリアン。これで一歩リードなんだからっ」
抱き付いたまま、マリアンを見てにやりと笑うリネット。何のリード? トラブルメーカーのか?
「と、とにかく。丁度良いところに来たなマリアン。リネットを引き剥がすのを手伝ってくれ」
「うぐっ、ずるい……い、いえ! 自分はそんな大それたことなんて考えていません! ヴァリシュ様は騎士団長で、自分の教官なので!」
「何の話だ!?」
「なんですって!? それって、仕事中でもずっと一緒ってこと? ずるいわ!」
「むきー! ヴァリシュさんは私のなんですってば! この勘違い娘達めっ、斬り刻んでハンバーグにして食べてやります!」
駄目だ、全部噛み合ってない。何をどうしたら収まるのかわからない。今すぐ引き籠ってゲームがしたい。ホラゲーとかして絶叫したい。
って、現実逃避している場合ではないな。しかし、今の状況を打破する方法が何も思いつかない。
もはやアレンスでもエマでも誰でも良いから、助けてくれないだろうか。
「……あれ? お前……ヴァリシュ、だよな」
……前言撤回。誰でも良くない。少なくとも今、背後から名前を呼んで来たこいつだけは駄目だ。お前は俺ではなく世界を救えば良いんだ。そう念じてみるも、思いは伝わらなかった。
ゲームでも
「何、やってんだお前……こんなところで。しかも女の子に囲まれて」
夕暮れの中でも煌く金髪に、海のような碧い瞳。
「……ラスター」
勇者、ラスター・アクロイドがそこに居た。
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