五話 これぞハングリー精神!


 課題クリアによる援助金を持っていく約束をしてから、リネットとは工房で一旦別れた。それから、城に戻りアレンスの手を借りつつマリアンを彼女の自室に運び込んで、二時間ほど。

 マリアンが目を覚ましたのは、そろそろ夕方に差し掛かる頃。俺が執務室で今日のことをアレンスに話していた時だ。


「こ、この度は本当に申し訳ありませんでしたっ!」


 執務室に駆け込んでくるなり――ノックは当然のようにしなかった――俺の前にスライディングで躍り出たかと思えばそのまま土下座をキメるマリアン。凄いな、スライディング土下座を実際に目撃することになるとは。

 ちなみに、マリアンはシズナに乗り移られていた間のことをしっかり覚えているそうだ。


「……弱みに付け込まれた挙げ句悪魔に身体を乗り移られ、更にはヴァリシュ様に剣を向けるとは。ヴァリシュ様、これはもう庇いきれません」


 脇に控えていたアレンスが、額に手を添えながら言った。びくり、とマリアンの肩が跳ねる。


「マリアン、今回の件はきみが全て悪いわけではない。だが、悪魔の接近に気がつけず危うく惨事を引き起こしかけたことは見過ごすことは出来ない。ヴァリシュ様が止めて下さったから良かったものの、もしも誰かに怪我を負わせていたらどうするつもりだったんだ?」

「も、申し訳ありません! 全ては自分の不始末であります!」

「あー、とりあえず土下座はもう良い」


 女性に土下座させるというのは胸が痛い。恐る恐る立ち上がるマリアンの顔色は真っ青だが、シズナに乗っ取られていた後遺症などは無いようだ。

 それだけは運が良かった。


「ヴァリシュ様、いかがしますか? これは懲戒免職もあり得る事案だと思いますが」

「そこまでする必要があるか? マリアンを罰するよりも先に、二度と同じことが起こらないよう対策を練るべきだと思うが」


 弱みなんて、人間ならば誰にでもある。人々を護る騎士たるもの、日々心身を鍛え意識を高く持っておくことは大切だが。弱みに付け込まれたからと言って、処罰するなんて。

 それよりも、シズナがどうやってこの街に来てマリアンを狙ったのかを知りたい。フィアのように姿を鳥か何かに変えていたのかもしれない。だとしたら、どうすれば皆を悪魔の手から守れるだろうか。

 まったく、肝心な時にフィアはどこに行ったんだ。先程俺の部屋に寄ってみたが居なかった。一体どこまで逃げたのだろう。


「それは、確かにそうですが」

「じ、自分は取り返しのつかない過ちを犯しました……どのような処罰でも受けますし、騎士を辞めることになってもおかしくないと覚悟しております! どうぞ、思う存分に罰してください!!」


 困惑顔のアレンスに、今にも泣き出しそうなマリアン。もういいと言ったのにまた土下座しているし。被害者である罰を与えるというのも変な話だが、そうしないと収まりがつかなそうだ。

 ……あ、そうだ。良いことを思いついた。


「それではマリアン。お前には三ヶ月間、社会奉仕活動を行ってもらう」

「社会奉仕活動……ですか?」


 罰を受けた身だというのに、足りないとマリアンの目が訴えている。俺だったらラッキー! って思うのに、真面目なやつだ。


「そうだ。お前は今月を含めた三か月間、とある場所に寄付をするんだ。ああ、金額は任せるが自分の給料から捻出するように」

「き、寄付ですか? 一体、どこに」

「それは、これから連れて行ってやる。リネットに援助金を渡しに行くついでだ。アレンス、また留守を頼む。悪魔の対策に何が出来るか、部隊長達と相談できるよう時間を調整しておいてくれ」

「はっ!」


 動揺するマリアンを連れ出し、城を出る。市場を抜けて、街の外れにある目的地へと向かう。見回りで何度か近くまでは来たが、こうして足を運ぶのは何年ぶりになるだろうか。

 喧騒が遠のき、代わりに寂れた景色とすえた臭いが鼻をつく。貴族であるマリアンには馴染みが無いのだろう、心細そうな顔で辺りを見回す様子は捨てられた子犬のようだ。


「あ、あの。ヴァリシュ様、一体どこへ――」

「俺とラスターが騎士になったのは、陛下に引き取られて実の子同然に育てて頂いたことへの恩返しだ。だが、そもそもどうして親無しの俺達が陛下の目に留まったと思う?」


 足は止めずに、マリアンの疑問を遮るように俺は話を始める。これは恐らく俺とラスター、それから陛下と大臣くらいしか覚えていないことだ。


「え、えっと……なぜ、でしょうか。わかりません」

「腹が減っていたからだ」

「へ?」

「俺達が居た孤児院はとにかく貧しくてな。パンもろくに食えないような毎日で、俺とラスターは限界だった。それで、食いものが余っているであろう場所から盗んでやろうと二人で忍び込んだんだ。それがどこかは、もうわかるだろう?」

「ま、まさか……お城に侵入したってことですか!?」


 マリアンには想像も出来ないようだが、事実である。夜中に孤児院を抜け出し、下水道から子供が入り込めるような穴を見つけて、忍び込んだ。案の定、騎士に見つかって二人揃って縛り上げられたが、その無鉄砲さを買われて今に至るというわけだ。

 陛下は早くに奥方を病気で亡くされて、結局子供が出来なかった。血が繋がっていなくとも、子供が欲しかったのだろう。

 余談だが、いずれ正式に陛下と養子縁組をするラスターが次期国王となる予定だ。


「そんな社会の最下層で育ったクソガキが今では勇者や騎士団長としてお前達の上に居るんだ。それはきっと、名家で期待をかけられて育ったお前には腹の立つことなのだろう。違うか?」

「い、いえ。あれは……その」

「だから、そんなやつらに自分の給料を寄付をすることがお前への罰だ」


 埃っぽい空気に混じる、子供たちの声。俺とラスターが出会い、一緒に育った場所。孤児院である。

 廃墟となっていた倉庫を改造しただけの粗末な建物だが、ここがこの国で親を失くした子供達の唯一の居場所である。

 俺が居た頃とあまり変わらない。三十人程の子供が、遊具すら無い庭で遊び回っている。


「あ、あれ……もしかして、ヴァリシュくん?」


 不意に、子供達を見守っていた中年女性が駆け寄って来た。使い古したエプロン姿も、まるで子供のようなくしゃっとした笑顔も昔と全然変わっておらず、不思議と安堵を覚えた。


「なんだ、驚かせてやろうと思ったのに名乗る前にバレたか。よくわかったな」

「わかるわ、忘れるわけないじゃない! 水色の髪なんて、今までヴァリシュくんしか見たことがないもの」

「あの、ヴァリシュ様。この方は?」

「この孤児院の院長であるエマさんだ」

「ラスターくんはたまに遊びに来てくれるけれど、あなたは全然来てくれないから心配していたのよ? まさか、こんなに立派で格好良い騎士様になっているなんて」


 大袈裟にも、感極まって目元を指で拭うエマ。これは記憶のほんの片隅にあった裏話だが、記憶にあるヴァリシュはフィアと契約し闇落ちした直後に行方をくらますが、その前にこの孤児院に立ち寄り貯金を全て寄付するということをしていたのだ。

 泣けるエピソードではあるが、それはそれで闇落ちフラグの一つなので出来ることなら折っておきたかった。それに、俺は自腹でリネットの錬金術工房を援助すると言ってしまったのでそこまで余裕がない。

  だから、代わりにマリアンに寄付させようと考えたわけである。


「エマさん、こちらは部下のマリアンだ。孤児院に寄付をしたいと申し出てくれてな」

「え、あ……はい! 全力で寄付させて頂きます!」

「まあまあ、良いんですか? こんなに良い方が騎士団にいらっしゃるなんて、きっと悪魔もあなたを見ただけで尻尾を巻いて逃げ出しますよ!」


 恥ずかしそうな顔をするマリアンから寄付金を受け取るエマ。よし、これでマリアンへの罰にもなるし、孤児院も潤う。フラグを折りつつも結果的には同じことをした。

 優秀だな、俺。




 

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