二話 溜め込むタイプが一番怖い


 北の森は、北門から出て十分も歩かない距離にある広大な森だ。オルディーネの城からも見える程で、薬草やキノコなどの資源が豊富で小遣い稼ぎ目的で腕に覚えのある者が来ることも多い。

 だが、リネットが欲しがっている破裂草とやらは森のかなり奥地にあるらしい。人里から離れれば離れる程、魔物は出没しやすくなる。しかし大して強い魔物は生息していないので、俺を含めた騎士の相手ではない。


「さあ、早速行くわよ二人共! ビシバシ戦ってもりもり採取するんだからっ」

「お前、今日はやけに大荷物じゃないか?」


 背中のカゴはわかる。以前北門で会った時に見たから。でも、今日はカゴに加えて大きなショルダーバッグを肩から提げている。カゴはまだ空だが、バッグの方は既に何か入っているのかリネットが動く度にガチャガチャと音を立てている。


「ふっふーん、ヒ・ミ・ツ。破裂草を見つけてからのお楽しみよ!」

「そ、そうか」

「ところでマリアン、大丈夫? なんか、ぼーっとしてない?」

「え? だ、大丈夫です! 問題ありません!」


 リネットに名前を呼ばれて、わたわたと慌てるマリアン。ふむ、確かに今日の彼女は少しぼんやりしているようだ。落ち着きがないのは相変わらずだが。


「気を引き締めろ、マリアン。この森の魔物は大して強くないが、今日はリネットが居る。護衛対象が居る時は戦闘の難易度が上がる、気を抜いていたら取り返しのつかない状況になりかねんぞ」

「き、気をつけます!」


 すみません! と頭を下げるマリアン。そんな彼女を見て、頭の上でフィアがクスッと笑った。相変わらず性格悪いな、こいつ。


「リネット、破裂草が生えている場所はわかるのか?」

「ええ、あらかじめこの森によく出入りしている冒険者さんに聞いてきたからバッチリよ」


 こっちこっち! 躊躇なくずんずん進むリネットについて行く。天気が良いこともあって、森を吹き抜ける風が柔らかくて気持ちが良い。


「ねえねえ、前から気になってたんだけど。騎士団で使ってる剣ってさ、皆同じなの?」

「そうですよ。これは騎士団から支給されるものなので、皆が同じものを使っています。性別や好みによって大きさは異なりますが」


 不思議そうに問いかけるリネットに、マリアンが答える。そういえば、リネットがラスターの為に剣を作るイベントがあったな。だから剣が気になっているのか。


「ふうん。ねえヴァリシュ、それって騎士団の決まりなの?」

「いや、決まりというわけではない。例えば、メネガット隊長の剣は彼が鍛冶屋に頼んで作って貰った特注品だ。他にも、自分の体格や使い勝手に合わせて持参している者も居るぞ」

「へえー、そうなんだ。ヴァリシュは自分の剣は作らないの?」


 俺の剣をじっと見つめながら、リネットが聞いてきた。俺が愛用している剣も支給されている汎用品だ。自分専用の剣は作れなこともないのだが、長年使ってきたからか特に必要性を感じない。


「ああ、まだ使えるし不都合は感じないからな」

「へえ、アナタはそれくらいの大きさが使いやすいの? 重さは? 重い方と軽い方だったらどっちが良いの?」


 バッグからメモ帳を取り出し、ペンを走らせる彼女に考える。これはラスターに合った剣が出来るように、俺が情報を提供してやった方が良いのだろうな。


「そうだな……ラスターはメネガット隊長以上の馬鹿力だから、ある程度重い方が良いだろう。俺が持っているものよりも大きくて、とにかく頑丈でないと。あいつはとにかく力でゴリ押しする戦い方をするから――」

「ちょっと、何で急にラスターが出てくるのよ!」

「え? いや、だって」

「アタシはアナタに聞いてんのよ、ヴァリシュ。ちゃんと話聞いてよね!」

「ブフゥ、小娘に怒られるヴァリシュさんとかウマウマでござる」


 ぷりぷりと怒るリネットに、腹立つくらいに満足げなフィア。フィアは後でどうにかするとして、問題はリネットだ。おかしい、ラスターの剣作成イベントとは関係ないのだろうか。

 もしかしたら、対悪魔用の武器でも作ろうとしているのだろうか。そうだとしたら、確かにラスターよりも俺の方がずっと常人寄りだ。


「そ、そうか悪い。俺は……そうだな、大きさはこれくらいが丁度良い。だが、重さはもう少し軽いと助かる」

「ふむふむ、なるほど。これならアタシでも作れそうね、教えてくれてありがとう! 出来れば鉱山とかにも行きたいけど、今日はまず破裂草をゲットしなくちゃ」


 さ、行きましょ! 止めていた足を再び進めるリネット。大人しく彼女に続くが、それからもマリアンの言葉数は少ないままだった。



「さ、ついたわ! 多分、この辺りに生えてると思うんだけど」

「ふう、随分奥まで来たようだが。本当にこの辺りで合っているのか?」


 汗で項に張り付いた髪を払う。リネットに連れて来られた場所は、ほとんど人が踏み入っていないような奥地だった。足元の草花は背が高く、木々も青々と生い茂っている。

 運良く大して魔物にも遭わなかったこともあり、想定していたよりも時間はかからなかったが。やはり街の中を歩くのとは全然違う。

 

「ええ。この大きなアンヒェの老木が目印よ。多分この辺に……あ、あった! ほら見て、二人とも。これよ、これが破裂草よ!」


 リネットが草を掻き分けながら足元をきょろきょろと探すと、すぐに地面に向かって指をさした。そこには、小さな葉が何重にも重なるように生えた赤い草が生えていた。

 現代でいうとクローバーに近いだろうか。俺が破裂草に目をやると、リネットがブーツの先で葉を数枚踏んづけて見せた。

 すると、まるで風船が弾けたかのような破裂音が森の中に響いた。 


「こうやって、ちょっと踏んづけると……ほら、パンッて言ったでしょ?」

「お、おい。危なくないのか? と言うより、そんな草をどうやって持って帰る気だ」

「平気だってば。この草はね、押し潰さないようにナイフで葉っぱだけを切って採取すれば大丈夫よ。他にも良さそうな素材がたくさんあるから、カゴいっぱいに持って帰っちゃおうっと。ヴァリシュ達は休憩していても良いわよ」


 古びたナイフやスコップを取り出して、リネットがしゃがみ込んで草や木の実を採ってはカゴに放り込み始めた。やれやれ、俺が見ても何が錬金術の素材になるのか判別出来そうにない。

 採取はリネットに任せて、俺は辺りの警戒に努めたほうが良いか。それに、彼女のことも気になる。


「マリアン、大丈夫か?」

「え、ええ。大丈夫です、これくらいは問題ありません」


 少し離れた場所で待機していたマリアンに歩み寄り、声をかける。どことなく上の空のように見える。


「……お前、最近調子が悪そうだな。アレンスが心配していたぞ」

「アレンス様が?」

「自分が聞いても何も話してくれないから、気分転換を兼ねてお前を連れ出してあげて欲しいと頼まれてな。何か問題でもあったのか? 俺に出来ることがあれば、協力するぞ」


 俺の言葉に、マリアンが軽く俯く。いつもの彼女ならば「まさかお二人にそこまでご迷惑をかけていたとは、気が弛んでおりました。申し訳ありません!」と慌てて頭を下げそうなものだが。


「……自分の話を聞いてくれますか? 以前もお話したように、自分は代々続く騎士の家系の生まれです。女として生まれましたが、自分は父のように立派な騎士に……騎士団を率い、オルディーネ国を護れるようになりたい。その思いを旨に、これまで努力してきたつもりです。でも、騎士団を率いるどころか一人前にすらなれない……」

「マリアン……? お前、何だか様子がおかしいぞ」


 いつもの彼女とは別人のように、ワナワナと手を震わせた。目も据わっていて、俺の方を見ていない。

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