第三章
他人の夢を笑うな!
一話 いざ、採取へ!
騎士団の働き方改革は順調に進んでいた。無駄な仕事や習慣を極力排除し、効率化に重点を置く。仕事が減って、休みが増える。すると、騎士達の意欲がどんどん向上してきた。
意見交換も盛んになり、流れる空気も新鮮なものになった。加えて、見回りルートの改造が想像以上に効果を見せ始め不届き者の検挙率も伸びた。城下街からも高評価を得ている。もう俺が団長であることに不満を言ってくる者など一人も居ない。
まあ、騎士団の方はこんな感じで何の問題もなく進んでいるのだが。
「なるほど、聖水の量産に成功したのか。凄いじゃないか、リネット」
手の平に収まるサイズの小瓶に入れられた、透明な液体。これは聖水と呼ばれる代物で、人間が悪魔に対抗することができる数少ない道具の一つである。
これまでの聖水の作り方といえば、まずは教会が管理する井戸水を汲み上げ、それを女神像の前で掲げ信徒達が祈りを捧げてから満月の光を一晩浴びせると神の力を授かるという手間がかかる上に数も限られていたのだが。
錬金術で色々な素材を混ぜ合わせた結果、聖水と同じ力を持った液体を作ることが出来たのだとリネットが報告しに来たのだ。これだけでも十分課題はクリアといっても過言ではないのだが。
「うーん、でもさ。この液体の状態だと使い勝手が悪くない?」
「聖水とは元々こういうものだろう? 悪魔に取り憑かれたり、操られた者にかけたり飲ませたりするのだから」
「それは押さえ付けられた人に対して、でしょ? 暴れ回ってる人に対してはどうするのよ。闇雲に投げ付けるわけにもいかないじゃない?」
リネットが執務室のソファに座って、出されたクッキーをガツガツ頬張り紅茶をグビグビ飲みながら言った。食い意地が張り過ぎだが、見逃してやろう。
ちなみに聖水の品質に関しては文句の付けようがない。またもや黒い鳩になって机の上に陣取るフィアが、凄まじく不満そうに睨んでいるからだ。
「アタシ、やるからには自分が納得するまでやりたいのよ。対悪魔のアイテムなんてボロ儲けもいいとこ……じゃなくて、人間にとっては生死に関わる問題でしょ? アタシみたいなか弱い人間でも悪魔から身を守れるように、使い勝手も良いアイテムを作りたいの! 錬金術に不可能なんてないことを思い知らせてやりたいしねっ」
ふんふんと鼻息を荒くするリネット。そうは言っても、記憶では常人が使える悪魔避けのアイテムは聖水くらいだったのだが。
ラスターは旅の道中で悪魔を滅する剣とか杖とか色々獲得していたが、まさか錬金術でそんなものは作れないだろう
「ちょっとヴァリシュ、アナタもムリだろって思ったでしょ?」
「いや、想像が出来ないだけだ」
「ふっふっふ、言ってなさい。実はアイデアはあるし、ほとんど出来てるんだけど。あとは『
「破裂草?」
毒消し草や麻痺治しの木の実などは知っているが、そんな物騒な名前の草は生まれて初めて聞いた。
「破裂草はね、動物とかに食べられるとその衝撃でパンッて弾けるの」
「何だそれは爆弾みたいだな、危険じゃないのか?」
「強く踏み付けたり、握り締めたりしなければ大丈夫よ」
「というか、その破裂する要素は必要か?」
「絶対に必要よ!」
びしっと断言されてしまった。なんだか物騒な気配がしてきたが、大丈夫だろうか。
「というわけでヴァリシュ、採取についてきてよ。この辺りだと、北の森の奥にしかないのよ。約束したじゃん!」
「約束はしたが……ちょっと仕事が立て込んでいてな」
先日、訓練場の点検をしていたメネガットから備品の買い替えを切り出されたのだ。木剣や鎧などが使い古されていることは確かで、訓練の質に関わってくる問題である。
急ぐものではないが、放置すれば騎士達の志気に影響が出てくるだろう。他の仕事もあるし、早めに片付けてしまいたい。
「明日……いや、明後日ならどうにかするが」
「ダメ! その間に悪魔が街で悪さしたらどうするのよ!」
リネットも譲る気は無いようだ。くそう、そんなことを言われたら言い返せないじゃないか。
「仕方ない、援助金とは別に小遣いをやる。それで冒険者でも雇ってくれ」
「ヒドイ! アナタって、お金で解決する人だったのね!? サイテー! 約束守れない人はキライよ!」
「確かに、約束を守れない人はダメですね。でも良い感じです、そのままヴァリシュさんのこと嫌いになっちゃえー」
ぎゃんぎゃん喚くリネットに、くるっぽーと機嫌よく啼くフィア。何だ、このカオス。どうやって切り抜ければ良いか全然わからない。
あー、久し振りにゲームがしたいなー。牛とか畑とか育てる系のシミュレーションゲームが良いな。なんて現実逃避していると、ノックが三回聞こえてきた。返事をすれば、アレンスが怪訝そうな顔で入ってきた。
「失礼します……何だか、凄い声が聞こえてきましたが。何かありましたか?」
「聞いてよ、アレンス! ヴァリシュったら約束破ったのよ!? 女の子との約束を破るなんてサイテー!」
いつの間に顔見知りになっていたのか、リネットがアレンスに苛立ちをぶつけ始めた。ふむ、と話を聞いたアレンスが俺を見る。
「ヴァリシュ様、仕事というのは先日メネガット隊長に報告された訓練場の備品の件でしょうか?」
「ああ。秋に新人が入ってくることも考慮すると、予算が足りるか微妙だからな。追加で申請するなら、早めにしないと大臣が面倒だ」
「でしたら、それは自分にお任せ頂けないでしょうか。丁度手が空いていたので、案を纏めておきます。ヴァリシュ様には、その確認をお願いすることになると思いますが、それで半日程は時間が空くかと」
「む、良いのか?」
「ええ。前々から言おうと思っていましたが、騎士の中で一番休んでいないのはヴァリシュ様なんですよ。休憩時間もほとんど取っていないこと、バレバレですからね? 働き方改革をするなら、まずは団長がお手本を見せてくれないと」
ふっと笑うアレンスに、顔が引きつるのがわかる。以前の無断欠勤の罪悪感が凄すぎて、つい休みを取るのを遠慮してしまっていたのだった。
これぞ、元日本人の悲しい性である。
「完全な休暇、ではありませんが。最近は良い天気が続いており、森に行くのも良い気晴らしになると思いますよ」
「ふっ、わかった。そこまで言うなら、お前に任せるぞ」
「え、じゃあヴァリシュが一緒に来てくれるの? やったー!」
ソファから飛び跳ねるように立ち上がって喜ぶリネット。準備してくるから一時間後に北門で集合、と言い残して、彼女はそのまま嵐のように去って行った。
「…………」
「付いてくるなら、好きにしろ」
無言の圧力。見つめてくる鳩の頭を突っつく。ちなみに、鳩のもふもふな胸とか羽とかを触ると「えっち!」と騒がれるので注意が必要である。
「そうだ、ヴァリシュ様。良ければマリアンも連れて行ってあげてはくれませんか?」
「構わないが、何故だ? 今は訓練中だろう?」
「そうなのですが、何だか彼女……最近、様子がおかしくて。体調が悪いわけではなく、何か悩んでいるみたいで」
アレンスの申し出に疑問を返す。見習いは騎士よりも訓練時間が多いので、俺が面倒を見られない時はメネガットに任せているのだが。
「またメネガット隊長と問題があったのか?」
「いえ、違うと思います。それは本人が否定していました。しかし、自分が相手ではそれ以上話してくれなくて」
「わかった。彼女も彼女なりに何か悩んでいるのだろう。気分転換させてやろう。それでは、留守を頼んだぞ」
「はっ、お気をつけて!」
椅子から立ち上がると同時に、フィアが鳩のまま頭に乗っかってきた。いつの間にか、すっかりお決まりになってしまったスタイルのまま、俺は部屋を後にした。
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