五話 親の七光りもラクじゃない
騎士団の働き方改革を提案してから、一週間ほどが経った。事は意外すぎるくらいに進んでいる。最初は戸惑っていた騎士も居たが、これまでほったらかしにされていた問題が浮き彫りにされ、解決していく様子に反対の意見は徐々に少なくなってきていた。
相当乗り気だった第三部隊長のエルーはもちろん。最初は戸惑っていた第二部隊長のヴィルガも、古参のメネガットも今では精力的に動いてくれている。
「ヴァリシュ様、今年の募集人員案が出来ました。後で確認をお願いします」
「ああ、早かったな。助かる。それからアレンス、新しい見回り経路の案なんだが見てくれるか?」
渡された書類と交換する。アレンスはこういう事務作業が得意らしい。最初は山積みになった書類のせいで、散らかり放題だった騎士団長用の執務室に足の踏み場が出来たのは彼の働きが大きい。
「そうですね……失礼を承知で申し上げますが」
「そういうのは省略して良いぞ」
「はい。この市場の区間ですが、もう少し人員を多くした方が良いと思います。それから北門の方ですが、こちらはこんなに騎士を配置する必要は無いかと」
「北門は流通の大動脈だ。ほとんどの行商は北門から出入りするのだから、相応の人員は必要だと思うが」
「騎士の他にも門番が常駐しておりますし、見晴らしも良い場所なのです。ここでのいざこざはそう多くない為、他の場所に人員を回した方が良いかと」
「む、そうか。それは知らなかった、ありがとう」
うーん、なかなか難しい。騎士一人一人の負担を減らす為の働き方改革なのだから、無駄は極力減らしたい。だが、それで問題が起こったら本末転倒だ。
「……ヴァリシュ様って、案外普通ですね」
「普通?」
「ラスター様が居られた頃は、お姿を見ることさえ少なかったので。何と言うか、こうしてお話していると普通の人なんだなと。あ、いえ! とても優秀な騎士だと思うのですが、なんていうか……その」
あたふたと、アレンスが必死に取り繕うとしている。彼の様子がおかしくて、思わず吹き出してしまう。
「ふっ、はは。そうだな、俺は普通だぞ。お前達と同じだ。以前はラスターを追い越したいだなんて大それたことを考えては躍起になって、やるべきことを蔑ろにしていたが。諦めたら気がラクになった」
「諦めたら、ですか」
「ラスターは神に選ばれた勇者で、俺は普通の人間だ。最初から立っている場所が違うのだから、追い越す追い付くの問題ではない。恨みや嫉妬を抱く方が間違いだった」
そうだ、最初から立っている場所が違うのだ。ラスターは誰よりも高い場所に居るのだから、俺に影が落ちても仕方がない。
「……ええっと、ヴァリシュ様。お言葉を返すようですが以前、ラスター様が――」
「失礼します! マリアン・ドレッセル、ただいま戻りました!」
ノックが聞こえるも、返事をする間もなくマリアンが部屋に入ってきた。何か言いかけていたアレンスが口をつぐみ、頭を抱える。
「……はあ。マリアン、ノックをしたら返事が返ってくるまでドアを開けてはいけないと何度言ったらわかるんだ? ヴァリシュ様が恋人と逢い引きしていたらどうするんだ」
「忘れた頃に傷を抉ってくるのは止めないか!?」
一週間経ってもフィアとの噂は絶えなかった。それも、連れ込んだ女性は俺の恋人であり近々プロポーズするだの何だのと脚色が凄いことになってしまった。
「す、すみません!」
アレンスの叱責に、マリアンが謝罪する。だんだん日常になってきた光景だが、一番の問題は彼女だ。
いや、フィアはフィアで問題だが。
「それで、エルー隊長に会議の件はお伝え出来たのか?」
「はい! 本日の午後三時で問題無いそうです」
「そうか。それで、ヴィルガ隊長からの報告書はどうした?」
「報告書……あ、忘れちゃいました」
顔を青くするマリアンに、思わずアレンスと顔を見合わせる。ヴィルガから提出して貰う報告書の期限が今日までだったので、見回りに出ている彼女にマリアンが伝えてくれる筈だったのだが。
「……マリアン。先日渡したメモ帳はどうした? 用事はそこに書いて、ちゃんと見直すようにとヴァリシュ様が仰っていただろう」
「その、すみません! 実は、昨日失くしちゃったみたいで」
どこかに置き忘れたか、それとも落としたか。探してこいと言いたいところだが、それはそれで問題が起きそうだな。
「……わかった。今から俺と一緒にヴィルガ隊長のところに行くぞ。付いて来い、マリアン」
「は、はい!」
「え、わざわざヴァリシュ様が行かなくても。自分が代わりに行って参りますが」
「良いんだ。もう昼だからな、休憩がてら行ってくる。アレンス、留守を頼んだぞ」
アレンスの申し出を断り、マリアンを伴い執務室を後にした。そのまま城を出ると、すっかり春めいたぽかぽか陽気に思わず目を細める。
「ふう、気持ちの良い天気だな。今日も我が国は平和で何よりだ」
「あの、ヴァリシュ様。お手数をお掛けしてしまってすみません」
肩を落とすマリアンを振り返る。彼女は決して悪い人間ではない。俺のように捻くれているわけでも、不真面目というわけでもない。
「気にするな、部下の失態をフォローするのが上司の役目だ。丁度、北門の方を見に行きたいと思っていたところだしな」
「うう、自分はどうしてこうなんでしょう。同期どころか、後輩にもどんどん抜かれてしまって……あ、いえ! 見習いへの降格処分も、ヴァリシュ様が教官となってくださっていることにも不満など毛頭無いのですが!」
「マリアン。お前は、もう少し肩の力を抜いた方が良いと思うぞ」
「……え?」
北門へと向かう道中、マリアンと話しながら俺は記憶を思い返す。マリアンがトラブルを量産する原因はわかっている。本来は、これもラスターが指摘して正してやることなのだが。
それを待っていたら、俺の気が触れそうなので先に言ってしまうことにした。
「お前が職務に集中出来ないのは、今の自分の立場に焦っているからだ。実家の方から、何か言われたんだろう?」
「どうしてご存知なんですか!?」
「ふっ、俺を誰だと思っている」
ちょっとだけ格好をつけてみる。場を和ませようとしたのだが、あまり効果はなかったようだ。
しゅんと項垂れて、マリアンが観念したかのように話を始めた。
「……そうなんです。父から、降格処分になったことで叱られてしまいまして。ああ、いえ。実は、かなり前から自分の不始末について説教を受けていたんです」
「ジョセフ・ドレッセル元騎士団長か。とても厳しい人だったな。今でもお元気なのか?」
「ええ。腰以外は自分よりも元気ですよ!」
マリアンの父、ジョセフとは面識がある。俺が騎士団に入ったのが十五歳で、二十歳になった時に同い年のラスターが団長を継いだ。五年間という期間とは思えない程に扱かれた記憶は今でも鮮明に残っている。
酷い腰痛を患って引退したが、その後も元気でいるようで何よりだ。出来ることなら二度と会いたくないが。
「何とか結果を出して、少しでも父に良い報告が出来たらと思っていたのですが……今のところは悪い報告しか出来ていません」
「それが原因だな。お前は誰よりも一生懸命だが、気負い過ぎているから、空回っているんだ。まずは自分の仕事を一つ一つ片付けていくことを意識するようにしろ。何かに失敗したら、遠慮せず報告してくれ。そこから反省点を学び、少しずつでも改善していけば良い。それを繰り返せば、いつの間にか自分でも驚くくらいに出来ることが増えている筈だ」
うん、そうだ。マリアンのことは新卒採用の新人だと思うことにしよう。失敗するのが当たり前。そこから学ばせてスキルアップに繋げて貰えれば良い。
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