六話 努力の成果が出るのは嬉しいが、認められるのはもっと嬉しい
「……ヴァリシュ様って、お優しいのですね」
「何だ、今更知ったのか?」
「い、いえ! メネガット隊長からは、気持ちが弛んでいると言われ続けてきたので」
「あの人もあの人なりに、お前のことを心配していたんだろう。だらけるのは問題だが、気を張りすぎるのも良くない。先輩からの小言なんて、大して気にしなくても良いことだ。俺も新入社員の頃は失敗ばかりだったから、まずはメモをとることから」
「シンニュウシャイン? あの、ヴァリシュ様。よく聞こえなかったのですが」
「あー、今のは何でもない。忘れてくれ。さて、北門に着いたな」
危ない危ない。追求される前に、視界に入った巨大な門を指差した。この街には東西南北それぞれに門があるが、この北門が一番大きく人の出入りも多い。
旅人や行商人の利用がほとんどで、街の住民達は他の門を利用する。だから、俺も久しぶりにここまで足を運んだ。
結果、アレンスの言葉が正しいことがわかった。ここには門番も多く駐在しており、広い大通りは見晴らしが良い。人通りが多い割に道は清潔感があり、秩序が保たれていることが窺える。
騎士の配置を増やす必要は無さそうだ。
「あ、ヴァリシュ様。ヴィルガ様がいらっしゃいましたよ!」
駆け出すマリアンを追い掛けると、見覚えのあるポニーテールが見えた。ううむ、確かに髪型というのは目立つトレードマークになるらしい。
ということは……俺のこの水色の髪も、相当目立っているのだろうか。
「ヴィルガ隊長! 今、少しよろしいでしょうか」
「おや、マリアンに……ヴァリシュ様ではありませんか。わたしに何か御用でしょうか?」
「はい、本日提出の報告書の件なのですが!」
俺達を交互に見比べるヴィルガに、マリアンが報告書の件を伝えた。ああ、と頷いてヴィルガが表情を和らげる。
「そうだ、今日が締め切りでしたね。午後の会議までには執務室の方にお持ちします」
「はい、よろしくお願いします!」
「ふふ……それにしても、まさか騎士団長が見習いと一緒に北門にまで来るなんて。今日は槍でも降るのでしょうか?」
「別に、北門の様子を見に来たついでだ」
持参した地図を取り出し、忘れない内に北門の箇所にメモをとる。また後でアレンスと相談しよう。
「……ところで、ヴァリシュ様。この一週間、先週と比べて城下街で不届き者を捕縛する回数がぐっと減ったんですよ。どうしてだと思います?」
「ん? まさか、見回りのルートや配置を変えたせいで何か不都合があったのか?」
マズい、そうだとしたら改革どころか改悪じゃないか。だが、ヴィルガの顔は明るい。
「ふ、あはは! 違いますよ。団長、あなたのお陰です」
「俺が? どういうことだ」
「ヴァリシュ様は目立ちますので……ここ最近、あなたの姿を街でお見かけすることが多いこともあって、犯罪抑制に繋がっているんだと思います」
「あれ? でもヴァリシュ様は、見回りの当番には入っていないですよね?」
「それは、何というか……こ、今回のように気になる場所を見に行ったりしていただけだ」
不思議そうに首を傾げるマリアンに、もごもごと口籠りながらも何とか誤魔化す。だが、ヴィルガには悟られてしまったらしい。
「おや、そうだったのですか。わたしはてっきり、ラスター様に倣って自主的な見回りに出て下さっているのかと」
「そそそ、そんなわけあるか! どうして俺が、ラスターの真似なんかしなければならないんだっ」
「残念、わたしの勘違いでしたか。ヴァリシュ様にも可愛らしいところがあったのだなぁ、と思っていたのですが。おっと、長話が過ぎましたね。では、わたしはこれで」
くすくすと笑いながら、ヴィルガがその場を離れた。あれが女性の勘というやつなのか? 確かに、ラスターは暇さえあれば街を散歩していたが。
「……とりあえず、これで目的は果たしたな」
「ええ、ありがとうございました。それでは、戻りましょうか――」
「おーい、ヴァリシュー!」
踵を返しかけた俺の名前を誰かが呼ぶ。振り向くと、今度はリネットが門の方から走ってきた。
背中に大きなカゴを背負っており、中には花や薬草などが詰め込まれている。靴や服が所々土で汚れている様子を見ると、どうやらカゴの中身は外での採取物のようだ。
「リネットか、今日も元気なようで何よりだ。しかし、妙なところで会うな」
「アナタこそ、こんな場所で何してんのよ。しかも、中々の美人さん連れちゃってー、デート?」
「違う、仕事中だ」
「あ、あの……ヴァリシュ様。こちらの方は?」
マリアンが俺とリネットを交互に見やる。俺が紹介するよりも、リネットがふふんと胸を張った。
「アタシはリネット・クォークよ。知らない? 錬金術師リネット、錬金術工房が市場がある大通りのほんのちょっと外れたところにあるんだけど」
「錬金術、工房……すみません、自分は存じません。あ、自分はマリアン・ドレッセルと申します」
「そっかぁ……ま、いいわ。よろしくね、マリアン」
しゅんと肩を落とすも、一瞬で気を取り直すリネット。そんな彼女に戸惑いつつも、よろしくお願いしますと一礼するマリアン。
……なんか、女性の知り合いが増えてきたような。
「ところで、リネットさんは先程門の外からやってきたようですが」
「ふっふっふ、一狩り行ってきたのよ」
「か、狩りですか?」
「そ、錬金術の基本は素材よ。お店で買っても良いんだけど、お金ない……じゃなくて、新鮮な採れたてが欲しかったからね!」
ちらっちら、とリネットが俺を見てくる。まだ課題をクリア出来ていないのだから、援助金は出せないぞ。
「しかし、街の外は魔物が出ます。リネットさんお一人では危険ですよ」
「う、でも冒険者を雇うお金なんてないし……」
門から外に出ると森や平原が広がっているが、そこは魔物のテリトリーである。腕に覚えが無い街の住民、それから大量の物を運ぶ行商人は冒険者を護衛として雇うことが多い。
冒険者はダンジョンに潜ってトレジャーハントしたり、魔物を狩って毛皮などを売って生計を立てている。護衛業も貴重な収入源なので、賃金は必ず発生する。
タダで何でも出来る、なんてウマい話は残念ながらこの世界にはない。
「そうだ! じゃあ、マリアンが付いてきてよ。休みの日に、一時間だけでも良いからさ!」
「え、自分がですか!?」
「そうよ。アタシ達、もう友達でしょ? 絶対にお礼するからさ、おねがーい!」
ね、ね? とマリアンに言い寄るリネット。前から思っていたが、彼女は中々のコミュ強だ。俺みたいなコミュ障からすると信じられない常識で動いているように見える。
「す、すみません。自分は見習いの騎士なので、単独で街の外に出ることが出来ないのです」
「え、そうなの? そんなぁ……」
がっくりと、落胆するリネット。そういえば、そんな決まりごとがあったな。
「そっかぁ、見習いの騎士はダメなのかぁ……見習いじゃない騎士の知り合いなんて、一人しか居ないしなぁ……」
じー。突き刺さって血が出るのでは、と思うくらいに見つめられる。おいおい、これでも騎士団長で結構忙しいのだが。
しかし、このまま一人で出かけられて怪我でもされたら。結局根負けしてしまい、溜め息を吐きながら頷くしかなかった。
「……わかった、外に行きたい時は声をかけろ。門が開いている時間内であれば、付いて行ってやる。だから、今後は一人で外には行くな」
「ほんと!? やったぁ! ヴァリシュ大好き! カッコイイ! いつにする、明日? 明後日?」
本当にわかりやすいな、この娘は。飛び跳ねて悦ぶリネットの頭を、ぐりぐりと押さえ付けるように撫でてやる。前世で子供の頃、実家で飼ってたチワワがこんな感じだったな。
妙な懐かしさに癒された、その時。
――孤児院出身の雑種が、偉そうに――
咄嗟にリネットから視線を上げて、辺りを見渡す。まるで氷のような、抑揚のない冷酷な声。人間ではないものが紛れ込んだかのような悪意に、背筋に詰めたい汗が流れるのがわかる。
「ヴァリシュ、どうしたの?」
「い、いや」
怪訝な顔のリネットに、慌てて首を振る。周りは先程と何も変わらない。気のせい、だったのだろうか。
……違う。今の声は、
「どうしました、ヴァリシュ様」
「マリアン、お前……今、何か言ったか?」
「自分が、ですか? 気のせいではないでしょうか。それより、そろそろ戻らないと。休憩時間が終わってしまいますよ」
「そうか、そうだな」
リネットとそこで別れ、マリアンを伴い城へと向かう。外での仕事はこれで終わりだ。道中、錬金術について言葉を交わすも、彼女に変わった様子はなかった。
だから、自分の中で気のせいだと片付けてしまった。
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