四話 騎士団の働き方改革開始!


 ヴィルガが怪訝そうに尋ねてきた。この反応は予想通りである。


「そうだ。まずは先日の盗難騒ぎだが、騎士達の見回りの目を掻い潜ることが出来る抜け道があった。毎日同じルートを見回るのは良くないと判断した。なので、今後は日替わりでルートを変更したい。そうすれば、今回のような抜け道を探られるようなことは防げるだろう」

「なるほど、確かにそうですね」

「それから、出来ることなら騎士達の負担を減らしたい。具体的に言うと、騎士達の休日を増やしたい」

「休日を、ですか」


 休日、という言葉にいち早く反応したのはエルーだった。これは前世を自覚した時から感じていた。今の騎士達には休みが足りない。

 城内待機は休日扱いだが、これは文字通り城内に待機していなくてはならず自宅に帰ることが出来ない。ほとんど城内で住み込みの状態で、休みは一ヶ月に一回あるかどうか。

 そんな状況、元日本人でも発狂するわ!


「今の警備体制には少々無駄が多い。一人一人の騎士の持ち場を確認し、改めて分担を見直す。我々のように歴史のある組織は、伝統を重んじるばかりで効率化ということを疎かにしがちだ」

「しかし、あまり大きな改革をすれば騎士団の在り方に不満を持つ者が出てくるのでは?」

「時代は移り変わるのに、騎士団が化石のままであることの方が問題だ。結果さえ伴っていれば問題無い。それに、休みが増えて不満を持つ者が居るか? 自由になった時間を恋人や家族と過ごすことも、趣味に費やすことも出来るのだぞ」

「良いですね、賛成です。家内が喜びます!」

「エルー!?」


 食いつきの良いエルーに、動揺を隠せていないヴィルガ。メネガットは黙っているが、特に文句はなくむしろ興味があるようだ。

 それに、訓練を再開した騎士の中でも明らかに興味を持った者が多そうだ。


「良し。では、お前達には騎士団の『働き方改革』に協力して貰うぞ。まずは各々、無駄だと思えることを洗い出して報告するように。俺はその間に見回りのルートを再考する」

「わ、わかりました」

「それからメネガット隊長。第一部隊は他の部隊よりも人数が少し多いだろう。お前の部隊から二人、俺の補佐に譲ってくれないか?」


 補佐、という言葉に騎士達が露骨に反応した。無理もない。それはラスターが居た頃の俺の立場で、次期団長に一番近いポストなのだから。

 正直、この仕組みも古臭いので変えたいと思っていたのだ。


「ええ、構いません。誰にしましょう?」

「助かる。では、アレンス。来てくれ」

「は、はい!」

 

 びくりと飛び上がって、アレンスが駆け寄ってくる。むっとメネガットが表情を曇らせる。


「アレンス、ですか? 失礼ですがヴァリシュ様。こやつよりも腕の立つ者は何人も居りますが」


 彼が怪訝そうにするのも無理はない。アレンスの腕前は騎士団の中でも平均的、と言ったところだろう。これまでの実力主義だった騎士団では異例の人選だ。

 でも、それで良い。


「俺は剣に長けた者ではなく、仕事を手伝ってくれる補佐が欲しいんだ。アレンスは状況を冷静に判断出来る上に、視野が広く自分の意見を素直に話してくれる。十分信頼出来る男だ」

「お、恐れ多いです……」


 小さく震えながら、赤い顔を俯かせるアレンス。彼の誠実な人柄は信用出来る。いやー、自分がやりやすいように環境を整えられるというのは良いなぁ。


「なるほど。そういう意味でなら良い人選ですな。では、もう一人は如何しますか」

「ああ、マリアン・ドレッセルを貰おう」

「そうですか、マリアンを……え?」


 ええ!? と騎士達全員が声を上げた。別部隊であるヴィルガとエルーまで口をあんぐりと開けている。彼女の悪名は広く知れ渡っているようだ。


「な……お、お言葉ですがヴァリシュ様。彼女は、その。先程の件でご存知でしょうが、何かと問題がある人物でして」

「そそ、そうです! 自分は、ヴァリシュ様の補佐なんてとても務まりません!」


 慌てて駆け寄ってきたマリアンが、ぶんぶんと顔を横に振っている。もちろん、彼女のトラブルメーカーっぷりは正直関わりたくないレベルではある。

 だが、このまま放っておいたら騎士団を内部から爆破しかねない。


「勘違いするな、マリアン。これがお前に下す処分だ」

「処分、ですか?」

「そうだ。お前は一旦、騎士見習いへ降格処分とする」


 新たに入団した者は、半年間騎士見習いとして訓練することになる。見習いには教官となる騎士が付き、訓練や他の雑務などを学ぶ流れとなっている。

 騎士団への募集は秋に行われる為に、春である今は見習い騎士は存在しない。ついでに給料もかなり安くなる。


「え、えっと。では、まさか教官は」

「俺だ。ビシバシ鍛えてやるから、覚悟しておけ」

「ヴァリシュ様……今まで、教官なんてやったことありましたっけ?」

「アレンス、頼りにしているぞ」


 早速アレンスが口を出してきた。自慢ではないが、無い。ヴァリシュ自身、能力を差し引いたらマリアンのことをどうこう言えないくらいの性格破綻者だったのだから。

 でも、前世では新人教育もしてたし、何とかなるだろ。でも、アレンスが居るとはいえこれでは俺の仕事量が少し多いな。


「そうだ、メネガット隊長。マリアンを引き取る代わりに、隊長に俺の仕事をいくつか貰って欲しい。そうだな、騎士達の訓練に関する内容や予定などの全般的な管理を任せたい」

「む、しかしそれは元々ラスター様が担っていた仕事では?」

「隊長も知っている通り、俺はラスターが居た頃は少し騎士団と距離があった。この仕事は、俺よりも騎士団のことを誰よりも案じている隊長にこそ相応しいと思うのだが」

「なんと……わかりました、お任せください!」


 メネガットの声色が明るくなる。やはり、こういうワーカーホリックは重要な仕事を任せた方がやる気が出るらしい。

 団長に反抗した彼の立場を擁護しつつ、俺の仕事を押し付ける。天才的な采配では!


「以上だ。本日からアレンスは俺の補佐、マリアンは見習いとして俺に就くように。部隊長は先程の件を調査し働き方改革を進めること。その他の者も、何かあればすぐに部隊長か俺に報告するように」

「はっ!」


 威勢の良い返事が揃う。うんうん、結構騎士団長っぽくなってきたじゃないか。想像以上に上手く運んでいく状況に満足してしまっていたからか、窓の外に居るフィアのことを完全に忘れてしまっていた。


「……駄目ですよー! ヴァリシュさんは私のなんですからねっ。横取りなんてしたら、木っ端微塵にして豚さんのエサにしちゃいますからね! え、他のですか? 別にー、あの女騎士がどうなろうとどうでも良いので好きにしちゃってください」


 だから、彼女が外で誰かと話していることに、俺は気づくことが出来なかった。

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