三話 無茶ぶりされるアイドルってこういう気分なのだろうか


 そして目が合ったかと思えば、両手に持ったド派手な団扇を見せてきた。それぞれ『名前を呼んで♡』、『契約して♡』と書いてある。

 あんなので俺の気が変わると思っているのか……何だか、良い感じに頭が冷えた。


「ラスターなら……そうだな、あいつは割と脳筋だからな。拳で殴り合え、とか言いそうだな。悪いが、そんな汗臭いのは御免だ。俺の趣味ではない。だが――」


 だが、それでは彼らは納得しないのだろう。ならば、多少は付き合ってやるしかない。俺は壁際にあった木剣を手に取り、メネガットに向ける。


「良いだろう、俺が騎士団長であることに不満を持つ者は挑んでくるが良い。誰か一人でも俺に勝てたら、潔く騎士団長の座を譲ろう」

「はっはっは! 随分と思い切ったことをなさいますなぁ。しかし、騎士に二言はありますまい?」


 案の定、メネガットが前に進み出て剣を構えた。昨日の盗人とは明らかに違う実力者だ。気を抜いたら負けてしまうだろう。


「俺が勝ったら、今後は俺の指示に従って貰うぞ」

「もちろんです、ここに居る全員が証人ですからな。待った、は無しですぞ!!」


 その言葉を皮切りに、床を力強く蹴ってメネガットが斬り込んできた。咄嗟に木剣で受け止めるも、単純な腕力の差は圧倒的だ。扱っているのは木剣だが、このまま力負けすれば確実に大怪我をするだろう。


 ――まあ、力負けしなければ良いだけの話なのだが。


「どうしました、ヴァリシュ様。やはり貴方の細腕では、騎士団を束ねるどころか剣を振るうことも難しいのでは?」

「……メネガット隊長。待った、は無しだぞ」


 俺はニヤリと、口角を吊り上げる。確かに力では勝てそうにないが、剣は力だけで振り回すものではない。そもそも、力で押し切ろうとする剣を退けるのは得意である。

 子供の頃から数え切れない程、相手をしてやったあいつもそうだった。


「ふっ、懐かしいな。幼い頃のラスターと同じ、猪のような剣だ」


 俺の中に、ヴァリシュとしての記憶が流れ込んでくる。意識しなくとも、両足が床を踏み締め耐える。びくりともしない俺に、メネガットが表情を引き攣らせるのに時間はかからなかった。


「な、なぜ!?」

「何だ、これで終わりか? ならば反撃させて貰うぞ」


 こういう手合いは、決まって相手を自慢の力で屈服させたがる。どこまでも真っ直ぐで、単純。強力だが、拮抗をひっくり返すことは難しくない。

 腕から切っ先にかけて、ほんの少しだけ刃を傾ける。それだけで、真っ直ぐに俺を押し潰そうとしていたメネガットの巨体が大きく揺れた。

 俺がかわせると思わなかったのだろう。バランスを崩したメネガットとは対象的に、俺は軽々と身を翻して今度はこちらから仕掛けた。狙いは彼の剣。勢いそのままに剣を振り下ろし、メネガットの手から剣を叩き落とす。

 仕上げに、相手の眉間に切っ先を突き付ける。勝負はあった。


「何だ、もう終わりか? 今後は人を見た目で判断しないことだな」

「ぐ、ぐぅう……!」


 鬱陶しい長髪を払いながら俺が言えば、メネガットは呆気なくその場に膝を着いた。ダメージはほとんど受けていない筈だが、俺に負けたのが相当ショックだったのだろう。


「さて、まだ文句がある者が居るならかかって来い。遠慮しなくて良い。今日はこれまでの詫びも兼ねて、とことん付き合ってやる……って、あ……あれ?」


 木剣を下ろして、メネガットから騎士達の方に目を向ける。だが、返ってきた反応は全く想定外だった。てっきり、次々と俺に不満があるやつが名乗りあげてくるかと思っていたのに。

 ぽかん、というか。きょとん、というか。とにかく、そんな感じの空気になってしまった。どうしよう、やり方がマズかったのか。


「ええっと……や、やはり騎士団とはいえこういうやり方は相応しくなか――」

「す、すごい……凄いです、ヴァリシュ様!!」


 俺の声を遮ったのは、マリアンだった。目を爛々と輝かせて、大声で俺に賞賛を浴びせた。いや、興奮しているのは彼女だけではなかった。


「い、意外だ……ヴァリシュ様って、強かったんだな」

「なんて無駄がなく、美しい剣だ。まるで剣舞をみているようだった」

「メネガット隊長の剣をいとも簡単に……今の剣は一体」

「なな、何だ。なぜ皆、そんな物珍しいものを見たかのような反応なんだ!」


 思ってもいなかった反応の数々に、逃げ出したくなるのを何とか堪える。確かに見直した、とかそういう理解を求めてはいたが。

 ここまで過剰な視線は想定していなかったのだが!


「だって、仕方ないじゃないですか! 自分達は、ヴァリシュ様が剣を持ってお相手してくれたのを見たのは初めてなんですから!」

「何だと?」


 興奮気味にアレンスが言った。そんなわけあるか、とも思ったが。ふと、考えてみる。そういえば、ヴァリシュは基本的に団体行動が苦手で、ラスターが居た頃はほとんど騎士団に顔を出さなかった。

 大抵は裏方で事務仕事をしていたり、城に来た貴族の護衛などをしていたのだったか。それでいてラスターの訓練に付き合わされたり、ストレス発散に近くの森で魔物退治などをしていたから腕自体は鈍っていなかったようだが。

 

「……では、これで納得して貰えたということで良いだろうか。メネガット隊長、あなたも騎士なのだから二言は無いな?」

「ええ、ありませぬ。ヴァリシュ様のお力は想像以上のものでした。これならば、騎士団の団長として相応しいでしょう」


 緩慢な動きで立ち上がるメネガット。何はともあれ、ようやく騎士団長として堂々と行動することが出来る。


「ヴァリシュさん、かっこいい……」


 窓の向こうでフィアが団扇を握り締めながら何か言ってるが、無視だ無視。気を取り直して、こほんと咳払いをしてから皆の方に向き直る。


「さて、これでようやく本題に入れるな。メネガット隊長、それから第二部隊のヴィルガ隊長と第三部隊のエルー隊長は前に来てくれ」

「はっ!」

「他の者は訓練に戻れ」


 訓練を再開した空間はずいぶん騒々しい。そんな中、メネガットの隣に並ぶようにして、二人の人物が前に出た。

 一人はヴィルガ隊長。年齢は三十歳で、スラッとしたモデルのような体躯の女性騎士だ。長く豊かな赤毛をポニーテールにしており、凛とした雰囲気が人気の騎士である。

 もう一人はエルー隊長。四十二歳の中肉中背、針金のような硬質の黒髪に無精髭といった風体。無口で物静かな性格だが、何気に新婚である。

 この二人の部隊長も、特に俺への文句はもう無いらしい。


「今日集まって貰ったのは、騎士団全体に関わる問題を解決する為に協力して貰いたいからだ」

「問題、ですか?」


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