二話 一難去る前にまた一難
私室とはいえ、まさか女性を連れ込むだなんて。それも悪魔を。いや、たとえ人間だったとしても婚約もしていない女性と一夜を共に……神に誓って何もしてないけどな! くそう、完全に濡れ衣である。
噂はすっかり城に広まっているようだった。これから陛下に会うことになっているが、場合によっては土下座まであるな。そんな覚悟をしていたのだが、謁見の間でのやり取りは何故だか和気あいあいとしたものだった。
「聞いたかエルランドよ、あのヴァリシュに、
「ええ、ええ聞きましたよ陛下! あの人間嫌いで潔癖なヴァリシュに、他者を愛する心があったとは」
もはや玉座を放置して、ハグをして喜びを分かち合う王と大臣。ていうか、そこまで言うか。
「うう、これで悩みが一つ減ったぞ。悪魔の存在も厄介だが、それと同じくらいヴァリシュの潔癖さが心配だったのじゃ。敵ばかり作って、周囲と馴染めず。本当は優しい子なのに、このまま誰も寄せ付けずに独りで生きていくなんて不憫で……うう」
「も、もう良いので。話を、本題を始めてください!」
「そうじゃった。昨日の盗人の件を聞いておるぞ、よくやった」
せっかくの手柄なのに、あっさり済まされてしまった。騎士達が正確に報告してくれたのは良かったが。
「最近はラスターの働きもあってか、悪魔の勢力も随分大人しくなっておる。だが、油断は出来ん。引き続き、警戒を怠るでないぞ」
「はい、心得ております。それでは、俺はこれで」
※
変な追求をされる前に、謁見の間を逃げ出してからしばらく。俺は騎士達が居る訓練場へと向かっていた。ひと先ずは、これで騎士団の団長としての面目は保てたか。ほっと、安堵に肩から緊張が抜けていくのがわかる。
同時に、ふと陛下の言葉が思考の隅に引っ掛かる。妙だな。陛下はラスターの働きで悪魔勢力が大人しくなったと言っていたが、ラスターの存在は悪魔にとって一番の脅威だ。記憶ではラスターを排除する為に、悪魔たちは土砂崩れを起こしたり船を破壊したりなど、あらゆる妨害行為を企てていた筈だが。
「考えていても、仕方がないか」
今は長々ととってしまった無断休暇を騎士達にどう詫びるかが先決だ。陛下達には謝り倒せば良かったが、騎士達は部下だ。謝罪は必要だとしても、威厳を保てなければ反発の声は更に強くなるだろう。
行動で示していくしかないだろうが。そこまで考えた頃には、訓練場の出入り口が視界に入った。
よし。とにかく舐められないように、それでいて誠意を持って――
「おまえ……いい加減にしろ!!」
「ッ!?」
突然の怒号に、思わず飛び跳ねる程驚いてしまった。俺!? い、いや。違うな。まだ訓練場に入ってないし。訓練場の扉は両開きで、片側だけが開いている状態になっていた。
入る前に様子を窺ってみるか。開いていない方の扉に背中を付けるようにして、訓練場の中を覗く。中は体育館くらいの広さで、大勢の騎士達が居た。
騎士達は第一、第二、第三の三つの部隊に分かれており、一部隊が約三十人。常時それぞれの部隊が見回りと城内待機を交代で行っている。
普段ならば打ち合いなどの訓練をしている時間なのに、全員が手を止めてしんと静まり返っている。
全ての視線を注がれている女性騎士は、マリアンだ。よく見えないが、その場に座り込んでしまっていたらしい。
「も、申し訳ありません!」
「謝れば済むと思うな! これで何度目だ!? 自分の持ち場さえ把握出来ていないとは、これが戦場だったらどうするつもりだ。敵が襲撃してきたらと考えろ、おまえが開けた穴から悪魔が入り込み街に被害が出たらどうするんだ? 陛下がお怪我をされたら、住民達が命を落としたらと想像することも出来ないのか!?」
ぐあぁ、胃が痛い正論! いや、俺に言われたわけではないのだが、俺も想像したことなかったし。
「た、隊長。落ち着いてください!」
「うるさい!! ジョセフ・ドレッセル元騎士団長の娘だからと言って、これ以上甘やかすことなど出来るか! 被害が出てからでは遅いんだぞ!」
怒鳴っている騎士を、別の騎士が何とか宥めようとしている。一体何があったんだ。様子を窺うのに夢中になっていると、手前に居た数人が顔を見合わせた。
「マズい。完全に頭に血が上ってるぞ、あれは」
「自分がヴァリシュ様を呼んでくる。何とか怪我人が出ないように押さえつけておけ……あ、あれ? ヴァリシュ様ではないですか!」
「うわっ!?」
一番出入り口の近くに居たアレンスが、踵を返して部屋から飛び出してきた。完全に鉢合わせる形になってしまったが、ここで盗み聞きしていたことはバレていないようだ。
よし、落ち着け。俺は騎士団長。ここは臆したら負けだ。出来るだけ堂々と訓練場に足を踏み入れた。
「一体何の騒ぎだ。アレンス、説明してくれ」
「はっ! 本日、マリアン・ドレッセルは終日城内待機なのですが。城下街の見回りだと勘違いしていたらしく」
「め、メネガット部隊長に指導をして頂いておりました。申し訳、ありませんでした……」
よろよろと立ち上がって、頭を下げるマリアン。見たところ怪我などはしていないようだが、その顔は血の気がなく怯えきっている。明らかにやりすぎだ。
彼女の隊の隊長は、メネガットか。昨日の内に、騎士団員達の簡単なプロフィールは把握しておいた。メネガットは騎士団の中でも最年長の五十五歳。俺が見上げる程の大柄な体躯で、自他共に厳しい人物である。
厳しいというか……昔ながらの声を荒げがちな上司といったところか。
「そうか、わかった。その件については後程改善策を相談しよう。今日は第二、第三部隊の隊長も集まってくれているから、まずは――」
「お待ち下さい、ヴァリシュ様」
メネガットが口を挟んだ。やれやれ、スムーズにはいかないだろうと思ってはいたが。しかし改めて考えてみると、親くらいの年齢の人の上司になるとは。
ちょっと緊張する。
「な、何だ?」
「マリアン・ドレッセルの命令違反は今回だけではありません。詳細は省きますが、これまで数え切れない程のミスを彼女は犯しております。これは十分、職務怠慢ではありませんか? 厳重な処罰を要求します」
加えて、とメネガットの黒い瞳が真っ直ぐに俺を見た。
「そうだな、それについては」
「それに職務怠慢、という点に関しては……騎士団長殿にも何か、思うことがあるのではないでしょうか?」
クスクスと、後ろの方で何人かが嗤う。今、それを言おうとしたのにそっちが口を挟んだんだろうが! なんて言って胸倉を掴みたくなるのを何とか堪える。
見かねたと言わんばかりに、アレンスが間に入ってきた。
「メネガット隊長! 今の発言は、あまりに騎士団長に対して無礼では」
「良いんだ、アレンス。……メネガット隊長、弁明する気は無い。陛下には既に謝意をお伝えしたが、皆にも改めて謝罪をさせていただく。申し訳無かった」
「それだけ、ですかな?」
頭を下げて詫びるも、メネガットは納得しなかった。謝り倒して許しを請う、というのも一つの手ではあるが。
「……メネガット隊長。不勉強なのを承知で教えて頂きたいのだが、他に何をすれば良いのだろうか?」
「ほう、おわかりになりませんか。ラスター様ならばどうするか、ご想像して頂ければ、とだけ申し上げさせて頂きます」
嗤い声が大きくなる。くそ、またラスターか。わかっていたこととはいえ、彼らもまだ俺が騎士団長だと認めていないのだ。
そもそも、比べる方がおかしいのだとどうしてわからないのか。どうして、ラスターはこんなにも俺を貶めるのか。
あいつさえ居なければ、俺がこんな惨めな思いなんかしなくて済んだのに!!
「ヴァリシュ、様?」
よほど怖い顔をしていたのだろう。マリアンが怯えた様子で俺を呼んだ。ああ、うるさい。今すぐに目の前の全てを焼き払ってしまいたくなる。
そうだ、もういっそのことそうしてしまえば――
「……ん?」
不意に、視界の端に意識が取られた。見れば、開け放たれた窓の向こうから、フィアがひょっこりと顔を覗かせている。
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