第二章
異世界での働き方改革
一話 イケメン騎士の弱点、それは……
自慢じゃないが、俺は
沼のような深い眠気に微睡む。いや、いい加減に起きなくてはと思っているのだが。何だろう、金縛りにあっているのだろうか。
……何か、妙に柔らかくて温かいものが傍にあるような。
『ヴァリシュ様、おはようございます。起きていらっしゃいますか? 陛下から昨日の件で、朝食を済ませたら謁見の間へ来て欲しいとの事付を預かっているのですが』
聞き覚えのある声。これは誰のものだったか。そうだ、昔から世話になっているメイド長だ。古株である彼女は俺の寝起きの悪さを熟知していて、たまにこうしてドア越しに声をかけてくれるのだ。
ただ、今日は陛下からの事付があるからだろう。失礼しますよ、と断りを入れてから部屋に入ってきた。
「全くもう。寝起きの悪さだけは、いつまで経っても治りませんねぇ。ほら、ヴァリシュ様。遅刻してしまいますよ、起きてくだ――」
「う、うーん」
起床を促され、俺はようやく目を開けることに成功した。だが、身体を動かすことが出来なかった。何故だ、何故こんなにも左腕が重いのか。疲れているのか、左腕だけ。
顔だけ動かすと、予想通りメイド長がベッドの傍に立っていた。小柄で鷲鼻の、魔女のような中年女性で、いつ顔を合わせてもほんわかとした笑顔ではあるのだが、おかしい。
なんか、ニヤニヤしてないか?
「あー……これはこれは、失礼しました。そうですよねぇ、ヴァリシュ様ももう立派な大人の男性ですものねぇ、うふふ」
「んあ……? 何だ、何を笑って」
毛布を押し退けて起き上がろうとした瞬間、全部理解した。メイド長がニヤニヤ笑っているのも、身体が重いのも。
俺の左腕を枕にしてむにゃむにゃと寝ぼけているフィアが、あらゆる誤解を生み出していることに。
「うふ、うふふ。お邪魔虫はさっさと退散しますわねぇ。あ、でも陛下の事付は忘れないでくださいねぇ。それではー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これは違う、そういうのじゃ――」
「むにゃ……うー、さむいですよぉ」
そそくさと出て行くメイド長を追い掛けようとするも、暖を求めしがみついてくるフィアのせいで、結局一歩も動けなかった。マズい、どうしよう。
毛布のお陰でフィアの翼が隠れて、彼女が悪魔であることがバレなかっただけラッキーだったと思うべきか? しかも、よりにもよってベビードールとは。
男のベッドで惜しげもなく晒される雪のような肌。滑らかで傷一つない白を、ピンク色の可愛らしいフリルやらリボンやらが飾り立てるという光景に目眩がしてきた。
「ふわあ……んー、人間は無駄に早起きですねぇ」
「……お前、なんてことをしてくれたんだ」
「ほえ? 嫌ですねー、ヴァリシュさん。何にもしてませんよ。私、色欲の悪魔ですけど淫魔とは違うので。いくらヴァリシュさん相手でも、女を安売りしたりしませんよ! ……まあ、今すぐ私と契約してくれるっていうのなら話は別ですけど?」
ふふん、と得意げにフィアが鼻を鳴らす。おかしい、昨夜も窓から追い出した筈なのに。いや、そういえばその後で窓に鍵をかけた覚えがない。
寒かったから、部屋に戻ってきて俺のベッドに潜り込んだのか。しかも図々しくも人の腕を枕にしやがって。
妙に大きくて柔らかい感触が手に残っている気がするが、絶対に思い出さない方が良い。今すぐ忘れろ、頑張れ俺。
「あれあれ。ヴァリシュさん、お顔が真っ赤ですよー? うふふ、私の魅力を思い知っちゃいましたか。私と契約さえすれば、好きなだけお触り自由で……。ヴァリシュさん、本当に凄い顔色してますけど。もしかして、こんなにカッコイイお顔している癖に女に慣れてなかったりするんですか? かーわいいー! キュンキュンしちゃいました!」
「や、やかましい!! いい加減に帰れ、お前とは絶対に何が何でも契約しないからな!」
きゃっきゃとはしゃぐフィアに、俺は今にも沸騰するのではと心配になるくらいに熱い顔面を両手で覆うように隠すしかなかった。
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