七話 これは有意義な投資……だと、思う
リネットの錬金術工房は、街の中心部から外れた一角にあった。二階建ての建物で、二階はリネットの住居であり一階が工房だ。
「さあ、着いたわ。ここがアタシの工房、錬金術工房リネットよ!」
「うわっ、何ですこの建物。ぼろいし古いし、なんか臭います」
ブーブーと不満を漏らすフィア。そんなこと言うな、と諫めたいところだが。残念なことに、彼女の言う通りだ。
地震が来たら今にも崩れそうな建物。ところどころに亀裂が入り、そこから雑草が飛び出している。
倉庫も無いのだろう、凄まじい量の道具や材料が所狭しと詰め込まれており座る場所なんか無いに等しい。
「……ええっと、どうして工房をこんな場所に?」
「し、仕方ないじゃない! この街、どこもかしこも家賃が高いんだもん!」
建物のぼろさは彼女も思うところがあるのか、リネットがむすっと言った。そうだった。確かに錬金術は優秀だが、リネットは普通の女の子だ。こんな場所であれ、自分の工房を持てただけ立派である。
しかし、このままでは錬金術が広まる前に潰れてしまう。だから、リネットにはいわゆる救済措置があった筈。
「リネット。お前は、ラスターに会ったことはないか?」
「ラスターって、勇者のラスターよね? あるわよ、ここから近くの森で。薬草や木の実を採取している時に魔物に襲われそうになったところを助けて貰ったのよ」
「助けて貰ってばかりなのに、この人は何でこんなに偉そうなんですかね?」
フィアの呟きには同意である。しかし、やはり会っていたか。俺の記憶が正しければ、他でもないラスターがリネットを手助けする筈なのだが。
「ラスターに助けて貰ったけど、あいつにケガの薬をあげたのはアタシなんだから! もちろん、錬金術で作った薬よ? とっても質がいいって気に入ってくれたから、取り引きしたの」
「取り引き?」
「そうよ。勇者って言われるくらいだから、お金をいっぱい持ってると思ってね。工房にちょこっとカンパしてくれれば、旅や悪魔退治に役立つアイテムを優先的に作ってあげるわよって。それなのに、あのドケチ! ずっと待ってるのに全然お金を持ってきてくれないの!」
世界を救う勇者をドケチ呼ばわりとは。なぜかちょっとだけ気分がスカッとするのを感じつつ、案の定な状況に腕を組んで考え込む。
俺の記憶の中でのラスターは、リネットが作るアイテムの有用性を知り、彼女を援助する為に工房へ寄付を行えた筈だ。これが救済措置である。
リネットはラスターの寄付金で錬金術を駆使して次々と便利なアイテムを生み出してラスターを助ける。次第に彼女の錬金術の評判が広まり、工房へは依頼がひっきりなしに舞い込むようになって、最終的には王国の文化と経済を支えるようになるのだ。
ただ、改めて考えるとラスターにリネットに寄付をする余裕があるとは限らない。陛下が援助しているとはいえ、ラスターの旅は基本的に収入がほとんどない。立ち寄った村や町で頼まれ事をこなせば、報酬を貰えることもあるが……。
「あーあ、お仕事も全然来ないし。このままじゃ、あと半年も経たない内に故郷に帰るしかないよ」
がっくりと肩を落とす様子に、ふと考える。俺が思うに、ラスターがこの工房に寄付金を贈ることは今後も難しいだろう。
かと言って、万が一のトラブルで詰んだ挙げ句、ラスターに旅の途中で野垂れ死にされたら困る。そうすると世界が滅ぶからだ。
「それなら、俺がこの工房を支援してやろう」
「え、ええ!? 本当に?」
「ちょ、ちょっとヴァリシュさん。いくら相手が女の子だからって、太っ腹すぎじゃないですか?」
ぱあっと表情を明るくさせるリネットに、フィアがひそひそと囁いた。もちろん、これは暴挙ではない。
ラスターへの支援と、王国の発展の為に投資するだけだ。こう見えて
「別に俺は小遣いをくれてやるつもりはない。しかし、錬金術には興味がある。上手く行けば、王国発展の一端を担う可能性も感じられる。だからリネット、お前に課題を出す」
「課題?」
「そうだ。俺だってタダで支援してやる余裕はない。錬金術とお前の技術を見極める為に、定期的に課題を与える。課題に合格出来たら支援金を払う。どうだ、やるか?」
「もちろん、やってやるわ!」
ふんふんと鼻息を荒くして、リネットが大きく頷いた。我ながらゲームじみた取り引きだが、負けず嫌いな彼女には丁度良い。
「それで、それで? 最初の課題は何? 何をすれば良い?」
「そうだな……最初だから、あまり難しくないものが良いか」
リネットの懐状況も考慮しつつ、実用的なアイテムが良いだろう。何か無いだろうか。
「うげー。ヴァリシュさん、投資先はもっと選んだ方が良いですよ。胡散臭いボロっちい工房で、しかもこんなちんちくりんな子供を支援するなんて。赤字まっしぐらじゃないですか。ヤケになって破産したいんですか?」
「……取り憑いた悪魔を追い払うアイテム、とかはどうだ?」
「ちょっとぉ!」
「悪魔払いのアイテムかぁ。中級以上の悪魔に対するアイテムはまだ難しいかもしれないけれど、下級ならイケるかもしれないわ」
リネットが荷物の山の中から一冊の本を引き抜き、ページを捲りながら言った。悪魔には階級があり、力や能力によって上中下の三段階に分けられる。
下級、中級ならばまだしも。上級ともなると、騎士団全員で挑んでも勝てるかどうかという具合である。だからこそ、戦況が比較的落ち着いている今のうちに打開策を見つけておきたいのだが。
流石に、そう簡単にいく話ではないか。
「それなら、まずはそこから始めよう。下級悪魔だろうが、対策は必要だ。出来るだけ低コストで、誰でも扱えるような代物が良い」
「わかったわ、やってやろうじゃない!」
「出来上がったら、俺のところまで持ってくるように。門番には話をつけておく」
「ええ。期待して待っていてよね、ヴァリシュのことをぎゃふんって言わせてやるわ!」
手をぶんぶんと振るリネットに見送られながら、俺は錬金術工房を後にした。帰りは静かで人通りの少ない道を選んだからか、途中でフィアが鳩からいつもの姿に戻った。
度胸があるのか、それとも緊張感がないのか。
「あー、やっぱり姿を変えるのは疲れちゃいます。でも、この解放感……カイ、カン」
「お前……誰かに見つかったらどうするんだ?」
「その時は、その時です」
隣に並んで、うーんと腕を伸ばしてフィアが言った。まあ、ほんの少しだが手を貸してくれたのだから大目に見てやるか。
「……ところで、ヴァリシュさん。まさかとは思いますけど、あの娘が作ったアイテムを私に使おうなんて考えてません?」
「お前以上の実験体がどこに居る?」
げえっ、と嫌がるフィア。リネットのアイテムでフィアを追い払えたらとても助かるのだが、残念ながら簡単にいく話ではない。
「ふ、ふん! 残念でした、私は上級の中でも指折り力のある悪魔なので! 小娘が作ったアイテムなんかじゃ追い払われませんよーだ!」
ぷいっと顔を背ける鳩。そう、残念なことにフィアは上級悪魔だ。だから、アイテムで簡単に追い払うことは出来ないだろう。
……改めて考えると、今の俺は物凄く危険な状況に陥っているのかもしれない。自分で言うのも何だが、俺は勇者ラスターの次点くらいには実力はあると思う。
それでもフィアが本気を出してきたら、太刀打ち出来るか微妙なところだ。
「そもそも、お前はいつになったら帰るんだ。俺はお前と契約など絶対にしない。ここで時間を無駄にするよりは、新しい獲物を探しに行った方が良いんじゃないのか?」
「騎士団長さんとして、その発言には問題があるかと思いますけど! 時間なんてどうでも良いんです。私はただ、ヴァリシュさんの手作りベリーパイが食べたいだけです。手作りですよ!」
ふんふんと意気込むフィアに、溜め息を吐いた。仕方ない、ここでスルーしたらそれこそ何をされるかわかったものではない。
「……そういえば、錬金術って何でも作れるんですよね? あのリネットとかいう娘が持っていたベリーパイも、もしかして錬金術で作ったのでしょうか。あれ、本当に本物の食べ物で出来たベリーパイだったんですかね?」
「なるほど。……お前、なかなか良いところに気がつくじゃないか」
先程よりいくらか落ち着いた街を歩きながら。リネットからの食品の差し入れは絶対に食べないでおこうと、俺は固く誓った。
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