六話 助けた少女は錬金術師でした
すったもんだの末、何とか捕まえた盗人を駆けつけてきた騎士達に押し付けた。信じられないような目で見られたが、気にしないでおこう。
あと、やたら頭上を見られている気がする。
「あ、あのヴァリシュ様!」
「うん? お前は確か……アレンスだったな、どうした?」
慌ただしく駆け寄ってきたアレンスの方を見やる。先程の険しい表情とは違い、UFOでも見たかのような顔をしている。
「先程は失礼しました!!」
「うわ、びっくりした!」
「怪我人を出さず、こんなにも迅速に解決されるなんて……貴方の実力を侮っておりました。偉そうに抗弁を垂れたことをお許しください、必要とあればどのような処罰でも受けます!」
青ざめた表情と、震える声。どうやら俺の実力を認めてくれたようだ。うーん、嬉しいが何だか擽ったい。
「いや、アレンス。お前の言葉は事実だからな。有り難い説教として受け取っておく」
「きょ、恐縮です。今後はこのようなことが無いよう精進致します、何でもお申し付けくださいませ!」
俺の言葉にほんの少しだけ、アレンスの表情が和らぐ。どうやら、頼れる味方が出来たらしい。思わぬ収穫だ。
「それなら、あとは任せても良いか? 盗人から共犯者などの情報を洗いざらい吐かせろ」
「はい、了解しました!」
「それから、明日は今後のことを団の皆と話し合いたい。手配出来るか?」
「お任せください!」
びしっと一礼してから、盗人を連れて行く騎士達を見送る。やれやれ、とりあえずは一件落着か。
「あれあれ? 良いんですか、ヴァリシュさん。あの泥棒さんの手柄、他の人に取られちゃうんじゃないですか?」
いつの間にか、再び頭の上に戻っていたフィアが不満そうに言った。さっきから騎士たちがちらちらと俺の頭上を見ていたのはこいつのせいか。
陰で変なあだ名とか付けられていたら……考えないでおこう。
「それならそれで構わない。むしろ、これ見よがしに手柄を立てたと言い張る方が鼻につく。今の俺の状況なら尚更だ。この程度の手柄くらいならくれてやるさ」
「強がっちゃってー! ま、何でも良いんですけど。ささ、ベリーパイの為に帰りましょう!」
さあさあ、と急かしてくる。くそ、覚えていたか。しかし、パイを焼けるようなオーブンは部屋のキッチンには無い。
食堂のものを借りるか。材料も揃っていそうだが、流石にそれくらいは自分で用意した方が良いか。
「わかったわかった。それなら、もう少し街を回ってから買い出しに……ぐえっ!」
街の中心部へ向けた足が、無理矢理に止められる。忘れていた。ていうか、まだ残っていたのか。
「助けてくれてありがとう、騎士さま! 怖かったー! ぶっちゃけ、あなたイケメンだけど全然強そうに見えなかったから心配しちゃったよ!」
「ま、マントを引っ張らないでくれ」
ぐいぐいとマントを引っ張りながらはしゃぐ少女。先程、盗人に人質にされていた女の子だ。実は、彼女のことを俺は知っている。
ピンク色のサイドテールを揺らしながら、キラキラとした緑色の瞳で見上げてくる。マントを離して正面に回ると、今度は俺の両手を掴んで上下にぶんぶんと振った。
「アタシ、リネット・クォーク! リネットって呼んでね。騎士さま、お名前は?」
「はあ……ヴァリシュだ。ヴァリシュ・グレンフェル」
「えっ、もしかして噂のイケメン不良騎士団長さまだったり!? きゃー! 友達に自慢して回っちゃおうっと!」
満面の笑顔で、リネットが騒ぐ。そうだ、彼女はリネット・クォーク。このティーン特有のハイテンションなノリは間違いない。だが、こう見えてかなりの重要人物だ。
ていうか、不良って……いや、もう何でもいい。
「そうだ、えーっと……騎士団長、さま?」
「ヴァリシュで良い。きみは、この国の出身ではないのだろう?」
「何で知ってるの!? あ、もしかしてアタシの『錬金術工房』って国内でも有名だったりする?」
「いや、この辺りでは見ない服装なのと、喋り方が特徴的だと思ってな」
「え、そう……なんだ」
しゅん、と落ち込むリネット。王国の女性はワントーンのブラウスにロングスカート、もしくはワンピースなどの露出が少なくシンプルな服装が多い。しかし、リネットはレースのシャツに膝上丈のスカート、編み込みのブーツという装いだ。
「錬金術? 錬金術って、何ですか?」
「よくぞ聞いてくれたわね! ……って、あれ。今、女の人の声がした気がするんだけど?」
「き、気のせいだろう」
きょとん、と首を傾げる
「ふうん。まあ、良いわ。錬金術っていうのは、物質の本質を解明し更に上の物質を作り出すという学問よ。この素晴らしい技術を世界に知らしめる為に、ルアミ共和国からこのオルディーネ王国に来たの! 優秀な錬金術師なのよ、アタシ」
えっへん。控えめな胸を張るリネットを見下ろしながら、思い出したことを整理する。そうだ、彼女はこの国で唯一の錬金術師だ。錬金術といっても、実態は化学と魔法を組み合わせたような技術である。
「って、あれ? バカにしないの?」
「馬鹿にされたいのか? 一応、錬金術工房の存在は把握している。有用さもな」
正直に言えば、この世界で錬金術はドが付くほどのマイナーな技術である。ルアミ共和国が辺境の地に存在する小さな国であることもあって、一般的には現実味が無くオカルトっぽさの方が強い。
ただ、錬金術自体は優れている。この技術が発展すれば、薬や食料不足が緩和されるだけではなく、品質も向上し生活水準が上がる。場合によっては、世界の根幹にさえ関わるのだ。
「本当? どうしよう、すっごく嬉しい! 故郷を出てからずっと錬金術なんてインチキだー、とか夢物語だーって言われてたから……嬉しい! ありがとう、ヴァリシュ! アタシ、アナタのこと大好き!」
「あ、ああ。そうか」
「だ……大好き、だと?」
「ねえ、これから少し時間ある? お礼したいから、アタシの工房に来て欲しいの!」
さあ、行こう! リネットにぐいぐいと手を引っ張られるまま、彼女の工房へと向かう。頭上の鳩が不満たらたらに唸ったが、ひとまず気が付かないフリをすることにした。
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