五話 何気に初めての共同作業……いや、考えないでおこう


 人も少なくなった、街外れに差し掛かった時だった。盗人が、近くに居た少女に襲い掛かり手首を締め上げ自分の盾にするように立たせる。

 同時にナイフを取り出すと、少女の顔に突き付けた。


「い、いたい! 痛いってば! 何なのアンタ!?」

「騎士ってだけで偉そうにしやがって……そこから一歩でも動いてみな、このお嬢ちゃんの可愛い顔に傷がつくぜ?」

「うわ、この泥棒さん小物臭が凄いですね」


 もう少しで捕まえられそうだったのに。俺はその場で立ち止まり、盗人を睨み付ける。右手が無意識に腰に差した剣に伸びそうになるのを、何とか堪える。

 帯剣してはいるものの、基本的に騎士は人間相手に剣を抜くことが出来ない。いや、たとえ剣を抜いたとしても今の状況では盗人を煽るだけだ。

 どうにか少女を男から引き剥がせれば、何と出来そうなのだが。


「ちょっ、アンタ! アタシのベリーパイ踏んだわね!? どうしてくれるのよ! せっかく上手に出来たから、近所の人達にお裾分けに行こうと思ってたのに!」

「ああ? うるせーガキだな」

「ガキじゃない! これでも十七歳の立派なレディなんだからねっ」


 ……ていうか、あの女の子。どこかで見たような。少なくとも、モブキャラである盗人よりも圧倒的に濃い。


「べ、ベリーパイ……だと?」


 フィアはフィアで、なんか頭上でわなわなしてるし。視線を落とすと、籠が中身ごと盗人の足でぐちゃぐちゃに踏み荒らされている。少女の持ち物だったのだろう。

 妙に甘い匂いがすると思ったら、そういうことだったか。視線を向けるのも辛い。


「こ、この人間は許せません! 叩き斬っちゃってください、ヴァリシュさん!」

「何でお前がそこまで怒ってるんだ。今まで達観していたくせに」

「だってだって! 私、この世で一番ベリーパイが大好きなんです! 人間界を悪魔が支配したら、選りすぐりのパティシエを百人囲ってベリーパイに埋もれるのが夢なんですもの!」


 やっぱり暴食の悪魔だろ、こいつ。でも、これはチャンスかもしれない。


「わかった。後で俺が作ってやる」

「え、本当に?」

「ただし、この盗人が捕まえられないとパイを焼く時間が無くなる。捕まえるのを手伝ってくれたら、埋もれさせるのは無理だがホールを丸ごと食わせてやる」


 これは契約ではなく、取り引きである。闇落ちには繋がらない筈。うーんとフィアが悩むも、答えは早かった。


「バニラアイスも追加でお願いしますね!」


 そう言って、フィアが勢いよく飛び立った。悪魔は人間には扱えない力、『魔法』を使う。彼女が得意とする魔法の一つは、対象に強力な状態異常を与えるものだ。


「うわ、なんだこの鳩!?」

「うふふ、痺れちゃえー」


 フィアが鳩の姿のまま呪文を唱えると、淡い黄色の光が盗人の身体に纏わりつく。すると、まるで光が絡めとるようにして盗人の動きを拘束した。


「か、身体が動かない!? 何なんだよ、これは!!」

「きみ、早くこちらへ!」

「え? え?」


 少女が突然の事態に盗人と俺を交互に見やり、緩んだ腕から逃げ出した。彼女を背に庇い、安全を確保する。


「はわわ、ありがとう騎士さま! ぶっちゃけ滅茶苦茶怖かったよー!!」

「うぐっ、なぜマントを引っ張る!」

「はっ、ずるい……ヴァリシュさんのマントを引っ張るなんて、私でもまだやってないのに!」


 ぐいぐいとマントを引っ張る少女に、フィアが何故か悔しがっている。引っ張る為に付いているわけじゃないんだが、今はスルーしておくとして。

 あとは麻痺している盗人を捕らえれば――


「この、モヤシ騎士が!!」

「あ、あれえ? この人、状態異常耐性アクセサリーでも付けてるんですか!?」


 フィアの声に、反射的に前を向く。盗んだ物品の中にそういうアクセサリーでも紛れていたのだろう。瞬く間に麻痺が解けた盗人が、両手でナイフを構えて突進してきた。

 背後で少女が両手で顔を覆い悲鳴を上げる。そういえば、俺って陰でモヤシって呼ばれてるんだった。どうしてこんなにも俺は侮られているのだろう。


「やれやれ、そのまま大人しくしていれば無駄に怪我を増やさずに済んだのに」


 せっかくなので、さもヴァリシュっぽいセリフを口にしてやった。すぐ後ろに少女が居るから、俺が避けないと踏んだのだろう。その読みは正しい。だが、対処出来ないわけではない。


「失礼、お嬢さん」

「え? わわっ!」


 少女を片腕で抱き寄せ、マントを翻しナイフを避ける。盗人は動きは素早いが、攻撃は単純だ。

 オルディーネ王国騎士団は完全に実力主義である。ラスターの親友だろうと、国王が贔屓していようが関係ない。

 ヴァリシュが――もとい、俺が騎士団長を任されたのは、ラスターが抜けた時に俺を超える実力者が居なかったからである。


「なっ、避けやがった!?」

「今すぐ降伏するなら、これ以上痛い思いをしなくて済むぞ」

「ふ、ざけんなザコが!」


 鬼のような形相で、盗人が再びナイフを構えて突進してくる。仕方がない。警告はしてやった。

 挑発のおかげで、盗人の狙いは完全に俺に定まった。少女の背中を軽く押して距離を取らせ、代わりに振り翳されたナイフを避けてその腕を掴み捻る。


「なっ!? い、いだだだ!!」


 たったそれだけで、盗人の手はナイフを簡単に取り落とした。それだけでも勝負はあったが、念の為だ。痛みから逃れようともがく身体を地面に倒し、体重をかけて押さえ付けた。

 そう、念の為である。間違っても八つ当たりではない。


「どうだ、まだやるか? これ以上の抵抗は王国への反逆と見なし、相応の目に遭うことになる。具体的に言うと、腕の一本は貰うことになるかもしれないな。ククッ、俺はどちらでも良いが」

「ひいい! すみません、ごめんなさい! 盗んだものは全てお返しします、だから許してくださいぃ!!」


 ようやく自分の身に迫る危機に気が付いたらしい。気を抜いたら笑ってしまうような情けない悲鳴が、街中に響き渡った。


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