四話 鳩騎士とか陰で言われてそうだ
昼間の城下街はとにかく人と物が多い。市場や屋台が所狭しと建ち並び、街の住人だけでなく旅人や行商人もこぞって買い出しに来る。
勢いそのままに出て来たは良いが、こういう人の多いところは苦手だ。かと言って、陛下から直々の頼み……いや、あれは命令と見た方が良いか。
とにかく、今は部屋に帰るわけにはいかない。
「おや、ヴァリシュ様。こんなところで、どうされました」
人混みに怖気づいていると、一人の騎士が駆け寄って来た。三十代前半の男だが、名前がわからない。
「ええっと……お前は、確か」
「はあ。アレンスと申します。アレンス・エリゼオです」
溜め息を吐かれたことを、俺は見逃さなかった。まあ、上司に名前を覚えられていなかったら部下として思うところもあるに違いない。ゲームだとこんな端役に名前なんか無かったから、俺が覚えていないのも当たり前だが。
それに、俺は今年で二十七歳。年下の上司なんて、それだけで鼻につくものだ。騎士団は実力主義なので、こればかりはどうしようもない。
「そ、そうかアレンス。最近、この辺りで盗難事件が多発しているようだが。何か進展はあったか?」
「その件ですか。一応注意して見回っているのですが、有力な目撃情報はまだ」
バツが悪そうに、アレンスが言った。城下街では治安維持の為に騎士が見回りをしているが、見回りの目を盗んで犯行に及んでいるとは。
うーん、どうすれば良いだろう。
「そうだ。盗まれた品物は何か、把握しているのか? 期間はいつから始まった?」
「確か、真珠のアクセサリーや金の腕輪、他国の織物やガラス細工などですね。最初に報告があったのは一週間前で、ほぼ毎日被害が出ているそうです」
「高級品ばかりだが……少し範囲が絞れたな」
城下街では高価な輸入品を扱っている店がいくつかある。だが、そういう店は間接的に貴族が経営していることから、盗難があればもっと大事になっている筈だ。
そうなっていないということは、貴族の店ではなく流れの商人が市場の隅で広げている露店だろう。
露店がある辺りを重点的に見回れば、犯人が見つかるかもしれない。
「よし、ならば人手を増員して市場の方を中心に見回りを強化しよう。俺はこのまま見回りに行くから、悪いが城に戻って手が空いている者を何人か呼んできてくれないか? 十人くらい居れば充分だと――」
「え……それはちょっと無理です」
「は?」
「大臣から、城下街全体の警備の強化を命じられております。既に騎士達には担当地区が割り振られており、ほとんどの騎士が出払っているので今更それを変えるのは難しいかと」
淡々と報告してくるアレンスに、開いた口が塞がらない。何だそれ、初耳なんだが。
「そんな話は聞いていないぞ!? なぜ報告しなかった!」
「お言葉ですが、ヴァリシュ様。報告しようにも、お部屋から出てきてくださらない団長に、一体どのように報告すればよろしかったのでしょうか……?」
うぐっと言葉が詰まる。駄目だ、完全に論破された。
「失礼しました。そういうわけですので、自分は持ち場に戻ります。それでは」
若干すっきりした顔で、颯爽と立ち去って行くアレンスの背中を見送るしかなく。つまり、何だ。これは、あれか。
人望無いのか、俺。ていうかハゲ大臣、さっきはそんなこと言ってなかったじゃないか。
こちらに非があるとはいえ、この理不尽さ。押さえ付けた筈の黒い感情が、再び腹の底から沸いてくるのを感じる。
どうして、俺がこんな目に。そこまで考えた時だった。
――力が、欲しいか?――
……声が聞こえる。頭の中に直接響いてくる。
そうだ。力さえあれば、あんな失礼なやつ俺がこの手で! ……とはならず、聞き覚えがあり過ぎる声に、沸騰しかけていた思考が一気に冷めた。
「ブフゥッ、ふふ……見ちゃいました、見ちゃいましたよヴァリシュさん」
「……妙な小技を駆使してくるのをやめろ。というか、帰れと言っただろうが」
もふっ。黒い鳩がケラケラと笑いながら頭に乗っかってきた。姿は違うが、これはフィアだ。
悪魔は自在に姿を変えられる。フィアは今のように鳩や黒猫の姿をとることが多い。どんな姿であっても、人語を話すことは可能らしい。
「ふひー、笑った笑った。それにしても、人間ってヒドいですねぇ。ちょっとサボっただけなのに、あの言い方は無いですよねぇ。超ブラック!」
「与えられた役割を蔑ろにした俺が悪い。評判が悪くなるのは道理だ」
「強がっちゃって、このこのー。どうです、今からでも私と契約しませんか?」
「断る。頭から降りてさっさと帰れ」
精神的にも物理的にもずっしりと重くなった頭をそのままに、とりあえず市場へと急ぐ。途中で数え切れないくらい好奇の目を向けられたが、全部無視した。
「もうっ、強情ですね! ちゃちゃっと契約して、ボッと燃やしちゃいましょうよ!」
「不謹慎なことを言うな」
「さっきの騎士さんも、大臣さんも。ヴァリシュさんが力で捻じ伏せちゃえば良いんですよ。きっとあの人達、泣いて跪いて命乞いをしてきますよ。どうです? 考えるだけでもワクワクしませんか?」
「ワクワクしない」
「えー……」
悲しそうな声。何も思わない、ということも無いが。今は市場の様子を探るのに忙しくて、構ってやる余裕がない。
今日は晴れて暖かいからか、いつも以上に人が多い。大した情報も無い中、盗人を見つけることなんて不可能だろ。
「ふわぁ、良い匂い……見てくださいヴァリシュさん、あそこで鳥の照り焼きが売ってますよ! 私、最近鶏肉料理にハマってるんですよ、美味しいですよねー」
「うるさい、話しかけるな気が散る。そもそも、その姿で鶏肉が美味しいとか言うな」
「だって美味しそうなんですもん。帰りに買っていきましょ。あ、ヴァリシュさんが鳥さんを捌いて焼いてくれても良いんですよ?」
こいつ、どこまで食い意地張ってるんだ。色欲じゃなくて暴食の悪魔なのでは? そんなことを考えた、刹那。
「ど、泥棒ー!!」
「へっ!?」
十メートル程先から聞こえる叫び声。慌ててそちらに見やると、凄まじい剣幕の中年女性と目が合った。
この辺りでは珍しく、ターバンを巻いて裾の長いローブを着ている。彼女の前には、やはり変わったデザインのアクセサリーの数々。別の大陸からの行商人だろう。
「ちょっとそこの騎士! 泥棒よ、捕まえて!」
女性が指をさす方に目を向けると、やけに急いで人込みを掻き分ける痩せた男の姿があった。
あいつか!
「ま、待て!」
って、勢いで追いかけてしまっているけれど。マズい、こういう時って応援を頼んだ方が良いんだよな。でも、周囲に騎士の姿は無い。
本当に持ち場が割り振られてるのか!?
「はわわわ、待ってヴァリシュさん。これ酔う、頭がぐわんぐわんしてきました」
頭上で文句を言ってる鳩はガチで無視しよう。人混みを縫うようにして走る。俺は騎士の中で比べると体格に恵まれた方ではないが、その分動作がしなやかで足も速い。
盗人もかなり足が速いが、俺の姿を見て人々が徐々に道を空け始めた。こうなると、確実に有利なのは俺だ。
「おえっ……やば、これ本当に気持ち悪い……さっき食べたフィナンシェと焼き魚が口から出そう」
いつどこで食った。気持ち悪いのは食い合わせのせいだろ、というツッコミは我慢する。
「待て! 逃げられると思っているのか!?」
「くそっ! こうなったら」
「きゃああ!!」
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