三話 すみませんね、髪の毛サラッサラで
「おお、おはようヴァリシュ。そのままで良いぞ、ラクにしておれ」
「……はい」
全力疾走で重厚な大扉の前まで辿り着くと、俺は息を整えてから謁見の間へと足を踏み入れる。そこには思っていた通り、二人の男が居た。
埃一つなく磨かれた床に、高い天井。声がよく響く広い空間に、数段高い位置から笑顔で出迎えてくれる老人。金の装飾がまばゆい玉座に腰かける老人に、もう一人の中年が一段低い場所からきいっと声を荒げた。
「陛下。いくらヴァリシュとはいえ、せめて朝の挨拶だけはしっかりなさってください!」
「そうは言っても、エルランドよ。ヴァリシュはラスターと同じく息子のようなものじゃし、そもそも片膝をついて手の甲にキスをするなんて動作を毎朝するのは面倒だと思わんか」
「今は大臣と呼んでください!」
恒例のやり取り。きいきいと喚く方の中年はエルランド・アボット。この城に長らく大臣として勤めている男である。小太りで、仏頂面。キリスト教の髪型であるトンスラに似た頭をしているが、この世界にキリスト教は存在しないので単純に禿げてるだけだろう。
視線を動かす。玉座に腰掛けている方の老人こそが国王陛下だ。ギデオン・メルヴィ・オルディーネ。たっぶりとした口髭と髪、そして頭に王冠という、いかにもゲームの王様といった装い。国を治める主君であり、俺とラスターを孤児院から引き取り育ててくれた人だ。
だからだろうか、陛下はどうも距離感が近い。
「さて、ヴァリシュよ。よく来てくれた。最近は部屋に籠りがちだったと聞いていたが、体調でも悪いのか?」
「い、いえ。そんなことは」
そうだった。ここしばらくの間、俺はラスターへの復讐計画を練るのに没頭し過ぎて部屋にずっと引き篭もっていたんだった。
「ふん。やはり、こやつに騎士団長など勤まらないのでは? 陛下、今からでも選定し直すべきかと」
「これ、エルランドよ。元々ヴァリシュはラスターが旅立つまで騎士団長補佐だったのだぞ。急に団長の座を任されたのじゃ、最初は戸惑うこともあろう」
蔑むように睨んでくる大臣を、陛下が宥める。このハゲ、どうにも俺のことを目の敵にしているらしい。髪か、このサラサラヘアーが妬ましいのか?
だが、この件の落ち度は完全に俺にある。どうするべきか。
「陛下はヴァリシュの贔屓が過ぎます! ラスターには人を率い、纏める才能がありました。しかし、こやつにはそれがありません。今年の建国記念式典で騎士団の隊列が乱れた時も、自分ではなく騎士の注意力が散漫だったと悪びれることなく言い張っていたではありませんか!」
「エルランド、止めぬか」
「既に騎士団の中からも不満が出ております。このままでは統率が崩れ、いざという時の対応に支障をきたします」
でも、このまま無駄に時間を潰すのも癪だ。ならば、俺がやるべきことは一つだけ。
「……騎士団の中で、俺に対する不満を訴える者が出ている件については把握しております。そして、これまで職務を怠慢してしまったことに関して弁解する気もありません。申し訳ありませんでした」
ひたすら謝って、誠意を見せるのみ。自身の非を認め、謝罪する。その上で、下された処分を受け入れる。
「ぬあっ!? ヴァリシュが謝った、だと? 明日は血の雨が降るか?」
そこまで言うか? いや、確かにプライドが高いキャラではあったが。命や職を失うくらいなら、歯を食いしばってプライドを捨てた方がマシだ。
「ほっほっほ。良い良い、この子は本来これくらい素直な子なんじゃ。ラスターと比べられて、少し拗ねておっただけじゃろう。あれは神が遣わした勇者なんじゃ。比べる方が間違っておる」
「そ、そうですね」
「ヴァリシュよ、もう良い。顔を上げよ」
とりあえずは納得したらしい大臣に、ほっと安堵する。そうだ、他人と比べたって仕方がないし意味も無い。
そう自分に言い聞かせないと、人間は生きていられない。
「では、今後は騎士団の長として誠実に職務に取り掛かるように。わかったな?」
「はい。それでは、俺はこれで」
「おっと、待つのじゃヴァリシュ。お主に一つ、頼み事がある」
踵を返し、この場を去ろうとした俺を陛下が呼び止める。再び向き合った俺を見て、皺だらけの顔がにっこりと笑った。
「最近、城下の方で家の備品や市場の品が盗まれる事件が増えているそうじゃ。見回りの騎士にも既に周知しておるが、未だに盗人を捕らえるどころか尻尾を掴むことすら出来ていない」
「盗難事件、ですか?」
「うむ。今のところ、怪我人などは出ておらぬが……騎士団長の姿を見れば、少しは状況が変わるかもしれんのう」
「わかりました、これからすぐに見回りに行ってまいります」
これは好都合だ。丁度、城下の方も見て回りたいと思っていたところだった。いや、決して観光的な意味ではなく。今後の為に、色々と。
俺は陛下達に一礼すると、今度こそ謁見の間を後にした。
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