二話 陰口は大体聞こえているので、そのつもりで

 腹ごしらえも済んだことだし。とりあえず、情報と状況を整理しよう。現状、大きな問題は二つだ。

 一つ目は、よく言われる『世界の抑止力』とやらは存在するのか。例えば、ヴァリシュが悪魔側に寝返るのはゲームのシナリオ上で確定している。ならば、俺がどういう行動をしようと、巡り巡って必ず闇落ちすることになるということだ。

 二つ目は、言うまでもなく悪魔の存在である。いくら俺自身が闇堕ちを回避しようが、勇者ラスターが悪魔に負けたらその時点で全ての人間が破滅する。

 まあ、二つ目の問題を解決するのは勇者ラスターの役目なので、ヴァリシュに出来るようなことはない。

 なので、今は一つ目の問題を探ることにしよう。


「……よし、こんなものか」


 王国の紋章が胸に刻まれた白銀の鎧を着込んだ自分の姿に、ちょっとテンション上がった。これでお馴染みの姿になった。

 ただ、不満な点が一つ。


「この髪、邪魔だな。切ってしまおうかな」


 こういうキャラにありがちの長髪。背中まで届くさらさらとした髪が少々鬱陶しい。鎧に引っかかるし、食事の時も纏めないと汚れてしまう。

 どうしてこんなに長いのか……わからん。特に意味はないのかもしれない。


「えー、駄目ですよー! 勿体ない!」


 ……問題はもう一つあった。この悪魔をどうやって追い払うか、だ。


「ヴァリシュさんみたいなサラサラヘアーは貴重なんですからね! それに、その髪はヴァリシュさんのトレードマークなんですっ。皆、その髪でヴァリシュさんだって判断してるんですよ!」

「そうなのか。それは今すぐ切りたくなってきた」

「とにかく駄目です、髪切るの禁止!」


 フィアがぎゃんぎゃんと喚く。彼女が居る限り、髪を切るどころかハサミを手に持つことすら難しそうだ。

 仕方がない。髪の件は保留にしておこう。


「あれ? ヴァリシュさん、お出掛けですか?」

「ああ、仕事に行ってくる。お前はさっさと帰れ」

「え、ええ? まだ契約してないのに帰れませんよ!」


 ヴァリシュさーん! 情けない声を上げるフィアを無視して、俺は部屋を出た。ただ、俺の部屋は一軒家などではなく、オルディーネ王国の国王城の一角に存在する。


「おお……改めて見ると、立派だな」


 豪華絢爛、と言うよりは堅牢で厳かな雰囲気。見慣れている筈なのに、妙に感動してしまう。しかしそんな感傷も束の間。

 上擦った声が、俺を呼んだ。

 

「す、少し宜しいでしょうかヴァリシュ様!」

「うわっ、びっくりした」

「す、すすすみません! おはよう御座います!」


 俺と目が合うや否や、わたわたと慌てふためく女性騎士。この世界は完全に男女が平等に扱われており、騎士団の三分の一は女性騎士である。

 同じデザインの女性用の鎧――ただし、ヴァリシュの鎧は量産された支給品ではなく体格に合わせて作らせた特注品なので細部が異なる。加えて、今は騎士団長なので濃紺のマントなどの装飾品も多い――を着込んでいる姿は明らかに騎士のものだが。

 毛先が跳ねた焦げ茶色の髪に、空色の瞳。緊張感のない垂れ目。確か彼女の名前は、


「きみは確か……マリアン・ドレッセルだったか?」

「自分の名前をご存知だったんですか、感激です!」


 名前を呼んだだけなのに、マリアンがきらきらと目を輝かせる。きみのような美人、一度見たら忘れないさ。なんて台詞、ぜひともこの顔と声で言ってみたいものだが。

 時空を超えても忘れられないトラブルメーカー。それがマリアンである。


「これでも騎士団長だからな。歩く爆弾……いや、入ってきたばかりの新人の名前は記憶済みだ」

「そうだったんですか。先輩方はヴァリシュ様のことを、他人に興味を持てない人間嫌いな社会不適合者だと仰っていましたが!」

「よくも本人の前で言えるな!」

「はっ!? す、すみませんっ」


 再びわたわたするマリアンに、溜め息を吐く。落ち着け、彼女の爆弾の中ではまだ威力弱めな方だ。

 

「それで、何の用だ」

「は、はい。大臣のアボット様よりご伝言を預かっておりまして、至急謁見の間に起こし下さいとのことです!」

「アボット様……ということは、陛下からの呼び出しか」

「ほっ。今日は忘れずにお伝え出来て良かったです」


 マリアンが安心したと、表情を和らげた。彼女を見ていると忘れそうになるが、実はドレッセル家は貴族であり国内でも歴史のある騎士の家系だ。事実、勇者であるラスターの前に騎士団長を勤めていたのは彼女の父親である。

 そんな家柄だからか、トラブルを量産する割には城の重鎮達からの信頼は厚い。真面目で頑張り屋ないい子なのだが。


「ところで、至急だそうだが……その事付を預かったのはどれくらい前なんだ?」

「あ……」


 マリアンの顔が青ざめる。ほら、ちょっと叩いたらすぐ埃が出てきた!


「はあ、もう良い。お前は持ち場に戻れ、ご苦労だった」

「も……申し訳ありませんでしたあぁ!!」


 一目散で逃げ出したマリアンに、呆れやら苛立ちやらがごちゃまぜになった感情を持て余す。

 くそっ、とにかく急がなければ。


「……見てみろ、ヴァリシュ様だ。久しぶりにお姿を見たぜ」

「本当だ。今まで散々職務をサボりやがったから、陛下が直々にご指名だそうだ」

「あの人、騎士に向いてねぇよな。嫌ならさっさと辞めてくれねぇかな。あの人にラスター様の代わりなんて無理なんだよ」


 背後からヒソヒソと、声が聞こえてくる。悪意丸出しなそれに、思わず苦笑してしまう。相手を嫌悪している癖に、直接本音を向けてくる勇気は無いらしい。

 そういうところは、どこでも同じなのか。俺は聞こえなかったふりをしてやり過ごすと、足早に待ち人が居る方へ向かうことにした。

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