32
町に着くと多くの人が移動をはじめていた。
「これからどこに向かうんですか」
「この東にある渓谷に、国が秘密裏に作っていた町があります。そこに避難させます」
用意周到だけど、大丈夫なのだろうか。
「そこは安全なんですか」
「特殊な結界もあるのでこの国の人しか入れません」
それなら初めからそこを拠点にしていてば良かったのに。そうすればロンだって……
「ただし、効力は限られていますし、生活もしにくい。一ヶ月は凌げるでしょうが、半年は――」
「そりゃあ、そうか。そこまで都合の良い所も無いよな」
割り切ったように言っているけど、ライトの表情は暗い。
「さて、もうひと頑張りです。私達も急ぎましょう」
城下町の住人達が全員馬車に乗り込み町を発ったのを確認して俺達も後を追う。
「防衛部隊が時間を稼いでくれたのが大きいね」
ミカドさんが呟くが誰も反応出来ない。その先を想像してしまう。
「皆さん、疲れているでしょう。流石にここまで来たら安心です。休める人は休んで下さい」
誰も返事をしない。アタルさんがいて安全だとはいえ、流石にこの状況で寝ようとは思えない。
無言のまま馬車が走る音だけが響く――その音が急に止まる。
「何かありましたの」
ミステルが怯えた様に声を上げる。
「大丈夫。私が見てくるよ」
ミカドさんが外に飛び出したので、その後を追う。
「俺も行く」
「ミュート! 待ちなさい」
アタルさんの声がしたが無視だ。外に出ると、二人組の男女が一人の女に詰め寄っている。その傍には壊れた馬車と、傷を負った人達が倒れてる。
「カーミラ様、それは魔王様――お父上のご意向とは違いますな」
「そうかなー。でもーこいつらは殺してもいいんじゃない。臭いしー」
「そうおっしゃらずに。戦闘スキルを持たないモノは殺すなと仰せつかっておりまので」
「ふーん。つまんないのー」
やりとりが聞こえて来るが、殺そうとはしなかった。
「カーミラ様、あちらの者達ならばおそらくは」
女の一言で視線が一斉にこちらを向く。
「ミュート、すぐにアタルを――」
「あー! いい匂いの人!」
ミカドさんの指示を遮って、一番手前の女が指を指してくる。
「なんだ、ミュートの知り合いか」
思いっきり睨まれるけど、身に覚えは――あった。あの時のキス魔だ。
「昨日、森で会ったんです」
「森? 狩場の森か」
「はい」
「ちっ! つまり昨日から侵入を許してたのかい」
ミカドさんには悪いが、そんな事を悔やんでも仕方ない。すぐにアタルさんを呼びに行かないと。
「おや、もしかして幹部の方達ですか」
呼びに行くまでも無くアタルさんが降りてくる。
「それをお前に教える必要はない」
男が高圧的な感じで睨んでくる。
「なるほど、それは答えと思っても良さそうですね」
「どう受け取ろうと勝手だ、どうせここまでの命だ」
確かに強そうには見えるけど、アタルさんの方が強いんじゃないだろか。
「私が時間を稼ぐので、二人はすぐに馬車に乗って下さい」
「アタル! それじゃあお前は」
「ミカドさんはこの子達を守ってやって下さい」
「駄目だ! 私も戦う! お前を一人でなんか――」
「ミカドさん。私は貴方にも生きて欲しいんです」
二人が互いに引かずにやりとりしていると、キス魔が割り込んで来る。
「ねぇねぇ。盛り上がってる所悪いんだけどー私の要求言っても大丈夫?」
なんかそれ次第で助かりそうな言いようだ。
気まずそうな先輩二人にキス魔がニカっと笑う。
「それじゃーそこのーいい匂いの人だけ置いて行ってくれたらー他の人は行ってもいいよー」
「姫様! 勝手な事を――」
後の男が驚き戸惑っているが、キス魔改めて姫さんが睨むとダマってしまった。
全員の視線が俺に集中する。
「わかった。俺は残る」
「やった♪」
この選択が現状ベストだろ。
「ミュート――いいのかい」
「いいも何も……二人は早く行って下さい。あの二人をよろしくお願いします」
「そうだよー。私の気が変わらない内に早く行きなよー」
二人が馬車に向かって歩いて行く。
「ありがとう。必ず助けに行きます」
アタルさんの声が残るが、それは虚しく響くだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます