31

 そんなやりとりを繰り返した所で、くそ野郎が動きを止める。

「もういいかぁ。飽きてきたなぁ」

 つぶやきが聞こえた瞬間に身構えたが、俺の方には気配が来なかったのでライトを見る。その姿を見た瞬間全身の毛が逆立った。

「ちっきしょうが!」

 体勢を崩しながら後に走り出しているライト。それが意味する所は――

「ミステル! 逃げろ!」

 ライトの悲痛な声は届いている筈だが、ミステルは動かない。その背後には腕を振り下ろすクソ野郎の姿――

 何も出来なくて、無意味だと分かってるいるのに手を伸ばすがもちろん何の効果も無い。

――絶望

 心が諦めかけた瞬間、クソ野郎がこちらに吹き飛んできて俺達の隣を通り過ぎ転がっいる。

「――えっ」

 いったい何が起きた? その正体はミステルの隣に膝をついていた。

「皆さん、遅くなってすみません」

 痩せ細っている筈の男は妙にデカく見えた。

「ミカドさん。ミステルさんと変わってあげてください」

「それはいいが、でもアタル――」

「いいんです。最後くらい綺麗な体にしてあげましょう」

 その言葉にまたも心がフリーズする。待ってくれ、それじゃあまるでロンは――

「二人とも良く耐えましたね。ここから先は、私に任せて下さい……いえ、ライトは大丈夫そうですね。では、少し手を貸してください」

 そんな言葉が聞こえたけど、どこか遠い。正直何が起きているのか分からない。何故、どうして、また。

 視界がボヤけている。目の前で起こっている戦闘も理解できない。

 誰かの腕が飛び、首が飛ぶ。また別に誰かの上半身と下半身が切断され、その隣に腹に穴の空いた誰かが落ちて潰れる。戦い――いや、虐殺はあっと言う間に終わる。

 その虐殺を生み出したと思われる人が俺に近付いてくる。

「ミュート。大丈夫ですか」

 寂しげな笑顔が俺に向けられているが、俺はそれを見上げるしか出来なかった。

「アタル。終わったよ」

 後から声がかかるが、そっちを見る事が出来ない。

「ありがとう、ミカド」

 その優しい声が俺の心をエグる。ライトがそっちに歩いて行くのが分かるが、俺には無理そうだ。目の前がチカチカしている。

「おい、ミュート。もう最後だぞ」

 ライトの言葉とミステルのすすり泣く音が聞こえる。

「最後……」

 短い間だったけど、俺達は確実に仲間だった。多くも無い思い出だが、どれもかけがえの無いモノの様に思える。

 やっとの思いで立ち上がり、ロンの元に行く。傷は塞がっているが、ローブはボロボロだ。

「もっとジャス打ってやればよかったよ」

 何故かそんな言葉が出てきた。

「そうだな。俺だって……」

 俺もライトもそれ以上の言葉が出てこない。だが、いつまでも感傷に浸っている訳には行かない。顔をあげアタルさんに確認する。

「砦はどうなったんですか」

「あそこはもう駄目です。今、生き残った人達が敵を食い止めながらこちらに向かっています」

「そうですか……」

 ダリルの行方が気になったけど、聞くのが怖い。

「ダリルは一緒では無かったんですね。砦で見なかったので、てっきりミュート達といるものかと思ってたいましたが」

「アイツは武器だけ持ってすぐに出ていったぞ。町に向かったのかもな」

「それなら良いのですが、我々も、町に向かいましょう――その前に」

 アタルさんはロンの元に行き呪文を唱える。何度か見た事がある、死者にしか使えない埋葬の呪文だ。

 ロンの体が地面に沈んで行くのを眺めながら、戦争が始まったのだなと実感する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る